第5話 臭いものには蓋をするんですね?


 暗い。


 先ほどの物音はやはり人が倒れる音だった。原因は言わずもがな、僕の狂ったスキル。ルイーゼ様とのお話しに夢中で人の気配を察知できていなかったのがまずかった。でも、女神の応急処置で一命を取り留めたからぎりぎりセーフ!……ということにしよう。

 女神曰く、僕から発せられた病原は僕がある程度離れると数秒で死滅するらしい。病状がそこまで進んでいなければ数日で自然回復できるとのこと。

 また、現状では感染者から感染が広がる事はないようなので、そこまで凶悪じゃなくてホッとしている。いやそれでも、この世界の人にとって、厄介以外の何物でもないよね、僕は。バレたら、多分世界中から命を狙われるよね。くわばら、くわばら。

 新型何某でも、どこが発生源なのかで大国が揉めてたもんね。国際指名手配で、一躍有名人だ。あはは。


 ちなみに倒れた彼はこの森林地帯に発生している魔物を討伐しに来た冒険者だったみたい。駆け出しだったようで、初めての冒険で死に至らずに本当に良かった。

 最初の冒険で魔物に殺されるならまだ分かるけど、病死って意味不明過ぎるよね。持病があったのに冒険者になったんかい!って総ツッコミ受けるかもね。

 それにしても、この世界は本当に魔物とか出るんだね。なんか皆、日々が命がけっぽいし。ホント、違う世界に来たんだなぁ。

 というか、異世界の満喫してくださいとルイーゼ様はおっしゃっていましたが、これが満喫する方法ですか?なかなか斬新ですね。自分を見つめ直すことができそうです。

 ただ、旅というか人生というかは、人との繋がりに醍醐味があると思うんです。けれども、繋がるそばから、相手が死んでしまうのでは、これはもう詰みですね、やっぱり。


 目が慣れても何も見えない。

 変な臭いもする。

 いつまでもこうしていればいいんだろう。

 もしかしたら、このまま放置されて脱水か何かで死ぬのを待っているのかなぁ。それなら事故に見せかけられるし、神の上層部の皆さんもミスをもみ消せてウィンウィンですねぇ。……いやいや、僕は独り負け!


 そんな思考が堂々巡りしている。「ここに隠れていてください」と洞窟に押し込まれて、入り口を大きな岩で塞がれてから、かれこれ2時間くらいは経ったのだろうか。いや、頼りが体内時計しかないから本当は5分くらいしか経っていないかもしれない。

 それにしてもルイーゼ様って力持ちだなぁ。あんな岩を一人で動かすなんて。今思い出しても衝撃映像だ。

 

 嗚呼、暗闇って人を不安にさせるよなぁ。やっぱり、火を扱えるようになったのは人類進歩の最大の要因なんだなぁ。

 火、火……。そういえば、魔法で火を起こすのってファンタジーの定番だよね。僕、魔法とか使えたりしないのかな。ええと、ステータスは、念じれば開くんだよね。


 半透明のスクリーンが展開される。

 力とか素早さと魔力とかは僕のやってた往年のRPGと変わらない感じに数値化されている。ただ、僕の数値が高いのか低いのかは、基準が分からないので判断できない。

 僕のやったことあるゲームで言えば、最後の幻想的なゲーム F F 竜にまつわる冒険的なゲーム D Q ではその数値の重みが一ケタ違ったりする。

 まぁ高かろうが低かろうが、まずこの身に宿る凶悪スキルをなんとかしないことにはどうにもならないから、どうでもいいけど。


 さて、今大事なのは自分が魔法を使えるのかどうか、だ。ステータスにその項目があるから、どうやら魔法という概念はあるらしい。

 転生の特典として特に説明は無かったから、この世界では一般的に魔法が使用されているのだと推測できる。

 魔法の項目を表示させてみると、「ファイアーボール」と使用可能魔法の欄に明記されている。


「よし、これは使えそう!」


 思わず、ガッツポーズと声が出てしまった。

 さて、どう使うのか。ステータスの流れからしたら念じれば良さそうなものだけど。

 ファイアーボール、ファイアーボール……

 うん、出ない。じゃあ、今度は唱えてみよう。


「ファイアーボール」


 誰も聞いてはいないけど、ちょっとした恥ずかしさもあり小声で唱えてみる。

 すると、手の平の上に小さな火球が生まれ、辺りが照らされる。狙い通り!!

 

 ぱあっと明るくなった視界に、目の前でゆっくりと動く物がある。拳大ほどの二つの穴を中心に、チロチロと赤黒い細長の何かが細かく動いている。

 火球をその物体に近づけて、その正体が大蛇だと分かった瞬間には、僕は丸のみされた。叫ぶ間も無い一瞬の出来事だった。

 飲み込まれて、大蛇の内部器官の生温かさを感じ始めてからようやく声が出る。


「た、た、た、食べられたーーーー!!!」


 叫んでみても、もちろん状況は打開しない。

 蛇は咀嚼をしないので、今のところ痛みはないことが救いだった。

 蛇の身体の奥へ奥へ、気色の悪い器官が僕をゆっくりと押し進めていく。これから胃酸的なもので溶かされるんだろうなあ。


 結局……僕が来たのは異世界じゃなく地獄なのかな?


 そんなことをしみじみ思っていると、突然、大蛇が洞窟内をのたうちまわり、体を壁に当てて大きな音を響かせる。数秒それを繰り返すとついに、力尽きて倒れた。気色の悪い器官も動きを止める。

 なるほど。僕の凶悪スキルは大蛇にも有効らしい。こんなスキルに感謝することになろうとは、人生って不思議だね!


 さて、体液の嫌な感触は仕方ないから我慢して、匍匐前進で進もう。数分かかって蛇の口からなんとか生還する。体半分なんとか外界に出たところで、洞窟を閉ざしていた岩がルイーゼ様によってどかされて太陽光が差し込んだ。いろんな意味でとても眩しい!


「……何をやっているんですか?」


 呆れた表情で僕を見下ろしてルイーゼ様は言う。


「あれ、伝わりませんか?異世界を満喫しています」


 体液まみれの僕は、少しだけ皮肉を込めてそう言った。

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