第3話 絶対病原って名前からしておかしくないですか?
『【
先天的固有スキル。
このスキルを保有する者は、自身が究極の病原となる。』
目の前に透明度の高いスクリーンが展開され、その文字が展開された。声によると異世界転生者はゲームのように自分の状態を可視化できるらしい。それは面白いと少しだけ僕は思ったが、今表示されている文字が不穏すぎてすぐに不安に掻き消される。あまりに現実離れしていて言葉の意味が簡単には飲み込めない。
「えーと、つまり僕がウィルスそのものになって転生するんですか?」
口に出して確認してみてもどういう状況かをいまいち想像できない。友人から異世界転生フィクションの話をちらっと聞いた時、人間以外に転生している話もあったからありうる……のかな?
「いえ、ウィルスそのものではなく、ウィルスを撒き散らす者ですね」
「なるほど、それは厄介……最早、テロですね」
未だ当事者意識が無い僕は、他人事のように相槌を打つが人がウィルスを撒き散らすのは無差別テロだとは思うの本音だ。
「ええ、テロです」
声も僕の意見に同意した。
「あの~ちなみに、どのくらい危険なウィルスなんですかね?」
「即効性・致死性ともに抜群です。感染経路も問いません。具体的に言うと、貴方の半径5メールにいるだけで普通の人間なら数秒で発病し、1分程度で意識を失って3分程度で絶命します」
病気というか最早猛毒じゃん。それ。
「ええと、そんな強力なウィルス存在しましったけ?」
「貴方が創り出してしまうんです」
なるほど、転生したら僕は大罪人確定、と。
でも良かった、まだ転生していない!
もともとそんなに乗り気じゃなかったけど、丁重にお断りしよう。
「では、誠に残念ですが転生はしなくて大丈夫です。このまま成仏ということで」
と、サラッと断ってみたものの、それはつまり死が確定するという事。ちょっと怖くなってきたかも。
少し身震いしてしまう。
「それが……」
そんな僕の様子を見てか、声が発言を躊躇する。
「そんな気を遣っていただかなくて大丈夫ですよ。僕は1回死んでいるのですから」
言いよどむ声に、助け船を出す。
僕の命惜しさに無差別に大勢を殺すのは、忍びない。そもそも生きていたという実感の無い人生だ。死を受け入れた方が絶対に良い。
「できないんです」
「えーっと、何がです?僕は全然平気ですよ」
「貴方のお気持ち関係なく、転生を取り消すことができません」
「ははは、冗談お上手ですね」
と言いつつ、内心ホッとしている僕。自分勝手さに少し情けなくなる。
「冗談ではありません」
「で、でもほら、神様的な存在ならできないことなんてないんじゃ……」
自分は悪くありませんよ、というアピールのために様々な可能性を探っているフリをする。社会人になって身につけた狡いスキルだ。絶対病原よりは全然可愛い物だけど。
「もちろん、技術的には可能です」
神のプライドに障ったのか、食い気味に声が言い返す。
「ただ、制度上不可なんです」
現世で業務中によく聞いた言葉だ。会社……いや、組織全般かな。とにかく、組織というものは、規模が大きくなるほどに手続きが複雑になる傾向がある。簡単にできそうな事でも、その手続きを通して複数の人・部署の思惑が絡み合い、NOを突き付けられるのが僕の日常だった。
仕事できる先輩に「根回しが大事だぞ」とよく言われたが、根回しとは具体的に何をすればいいのかまでは教えてくれなかった。チューリップの球根でも回しておけば良かったのかな。そんなわけないか。
神の世界もスケールが相当大きそうだから、その制度は人類には理解不能なほど複雑なのかな。だとしても今は緊急事態だと思うから、進言はしよう。
アピールは徹底的に行わないと演技だと疑われてしまうからね。
「大変差し出がましいかと思うのですが、今は制度上と言っている状況ではないかと存じます。転生先の多くの人の生死がかかっています」
「お気持ちは分かりますが、神のルールは絶対なのです。神がルールを破れば神の存在意義がなくなってしまいます」
ルール至上主義は現世でも多く出会ったなぁ。そういう人たちに何を言っても無駄なんだよなぁ。
とりあえず完全な死は回避し、転生する事は確定したけど罪も無い多くの人を無差別に殺すのは絶対に嫌だ。そんな罪の重さに耐えられるほど人間を辞めてはいない。
少し考えて解決策をすぐに思いついた。答えはシンプルじゃないか。
「簡単な解決方法があるじゃないですか。転生はするとして僕がこのテロスキルを使わなければいいんです」
「……残念ながらそうもいかないんです。このスキルは初期レベルの場合、発動を所有者がコントロールできず、常時発動します」
「作った奴、頭おかしんじゃないの!?」
あまりの理不尽さに社会人マナーの会話フィルターを通らず、言葉が出てしまった。
「お気持ちはよく分かります。それは我々も感じていて廃棄の稟議があがっています」
即決裁して廃棄実行しておいてほしかったなぁ。
だけど、こういう事態は現実世界でも往々にしてあった。なんとか折り合いをつけてやるしかない!
「あっ初期レベルってことは、レベルが上がればなんとかなるんですよね?そこをうまいことすれば!」
「レベルを上げるためには、このスキルで生物を殺さなければなりません。絶命させた回数に比例してレベルが上がります」
やっぱり、作った奴は頭がおかしい。これは詰んでいるかもしれない。騙し騙しやれるレベルじゃない。
「……率直にお聞きしますが、神って世界を作るんじゃなくて壊す存在なんですか?」
スキルの凶悪具合に思わず、失礼な質問をしてしまう。
「そういう側面もあります」
あるんかい!……確かに神話でも度々神の怒りに触れて世界壊されていた気がするなぁ。
「念のため確認しますが、スキルの交換とかもやっぱり制度上難しいんですよね」
「お察しの通りです。ただ、廃棄協議中のスキルが選ばれたのはバグの可能性があるので、念のため上に問い合わせてみます」
長い沈黙が続いた。いろいろと上と協議してくれているのだろう。それは心労がミルフィーユのように重なる嫌な作業だ。僕のために本当に申し訳ない……と思ったけど、僕何か悪いことしただろうか?
いつかのネット記事で怒る人は無能な人と書いてあってすごく納得したもんなぁ。上司が怒ってた時って別に怒らなくても良くない?むしろ、怒る時間とエネルギーが無駄じゃない?って事が多かったしなぁ。
また思考の迷宮に足を踏み入れていた僕に神が声をかける。
「お待たせしました。結論からお伝えします」
結論から言う。やっぱり仕事ができる。
「私が異世界に同行する事になりました」
どうして、そうなった!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます