第2話 どういうリアクションが正解ですか?

「僕が異世界転生を潜在的に望んでいて、貴方がその可否を判断するという話ですよね?」


 例え理不尽な問いでも律儀に返す。それがブラック企業に鍛え抜かれたリーマンクオリティ。


「ああ、そうでしたね。それでは単刀直入に。転生オーケーでーす!」


 声がそう宣言すると、どこからともなくファンファーレが鳴り響き、くす玉が突如現れ割れた。"転生決定おめでとう!"と垂れ幕には書いてある。


「はぁ」


 僕はリアクションに困って曖昧に返事をする。


「あれ?反応薄いですね。大喜びするとか、理由を聞くとかないんですか?」


「いや、潜在的に望んでいたと言われてもあまり実感がないので」


 本音だ。例えばこの国の多くの人は、「貴方は潜在的にアイスランドに行きたそうなので、行かせてあげましょう」と言われてもアイスランドについて何も知らないし、興味も無いから反応に困るだろう。

 そして、僕にとってアイスランドと異世界は同じだ。


「まぁ貴方は異世界について何のイメージも持ってないですもんね。それもポイント高いですよ!いいでしょう。先ほど、耳障りな事を喚いてしまったお詫びです。何でも質問してください」


 何のポイントかは分からないが、評価されたらしい。ブラックにいると、評価される事が皆無なのでちょっと嬉しくなってしまう。


「いいんですか、あまりお時間をかけたくないんじゃ?」


「いいんです、いいんです。どうせ終わらない仕事。平均、1日1件程度承認されていればサボってるとは見做されません。何件面接しているかなんて、上も到底管理しきれませんよ。……ホント腐ってます」


 適度に力を抜くサボる。それが仕事を長続きさせ、健康を守る秘訣だ。と仕事のできる先輩は言っていた。この神っぽい存在は仕事ができるのだろう。

 僕にはそれがとうとうできなかった。だから、不可思議な存在として今ここにいる。

 だけど、この優秀っぽい存在と僕にも共通点があるようだった。それは、組織の上層部にはげしい怒りを覚えている所。ムカつくよねー、指示だけしてその結果に責任も取らずふんぞり返っているやつら。

 それはそれとして疑問を解決しよう。


「ではお言葉に甘えて、そもそも異世界ってどこですか?」


「文字通り貴方が生きていた世界とは違う世界。惑星ですかね。その多くが魔法などの貴方の世界で言うファンタジー的要素を含む世界です。文明レベルは、中世くらいですかね。ちなみに貴方が転生する世界もそれに該当します」


 なるほど。中学生くらいの時にはまったRPGゲーム的な世界なのか。


「転生して何をすれば良いんですか?」


「それは自由です。現世で苦しい思いをされたのですから、来世ではお好きにお過ごしください。我々は何かを強制したりしません。あっ、ちなみに容姿や年齢は現状のままです、あしからず」


 じ、自由!?僕が一番恐怖を感じる言葉だ。小学校の自由時間は何をやっていいか分からず、とりあえず宿題をやっていたらガリ勉と馬鹿にされた。中高は休み時間しか無かったから、とりあえず休んでおけば良かったけど大学は最悪だった。

 まず、授業と授業の空き時間が異様に長い。それは、選択授業をほとんど全て取ることで多少は解決したが、同級生からはやはりガリ勉だと思われた。しかし、要領の悪い僕は、履修はするものの単位を取ることができない授業が多く、同級生からの僕に対する評価は真面目なアホに変わった。

 そして、何よりも嫌だったのは夏休みや春休みなど2か月近くある長期の休みだ。課題なども皆無に等しかったので何をやればいいか、さっぱり分からなかった。同級生に相談しても、笑うだけで真剣に答えてくれなかった。

 仕方ないので母親に相談したら、「やっぱり育て方間違えたかしら……」と呆れられたが、ため息交じりに社会勉強のためにアルバイトでもしたらと言ってくれた。なんだかんだ言って頼りになるのは肉親だ。喉から手が出るほど欲しかった具体的なアドバイスをくれた。

 そして、僕は同僚曰く気が狂ったようにアルバイトをした。とにかく、空白の時間が怖かったので、バイトの掛け持ちを3つくらいした。ただ時間を潰すためだけの行為だが、周りは何故かとても気を遣ってくれた。僕が金銭的に非常に苦労していると思ったらしい。パートのおばちゃんが良く飴などをくれた。

 副次的産物で体力も相当ついた。その体力を過信し、働き倒した結果が「死」なので今振り返るとあまり喜ぶべきことではないのかもしれない。そういえば、両親は悲しんでいるだろうか?


「どうしたんですか?さっきからずっと黙ってますけど」


「あっ申し訳ないです。ちょっとトラウマが蘇って」


「はぁ、トラウマですか……まぁいいですけど。質問は以上ですか?」


「あ、あの!」


 必死さが滲み出て、思わず声が大きくなってしまう。


「そんなに大きな声出さなくても聞こえます。声に出さない念話すら可能ですよ」


 呆れた口調で声は言う。


「他に転生した人達ってどんなことをしているんですか?」


 父が言っていた。誰も指示やアドバイスをしてくれない場合は、周りの同じような人達がやっていることを真似すれば良い、と。それを思い出しての質問だ。


「そうですねぇ、いろいろですよ。国を救ったり、国を作ったり」


「え!く、国ですか?あの日本とかそういう感じの?」


「はい。それ以外にクニってありましたっけ?あとは、ダンジョン攻略したり、野菜作ったり、子供作ったり、ハーレム作ったり、ほんといろいろですね」


 野菜とハーレム・子供を一緒に並べないでください。ただ、他の人がやっている事から推測されることがひとつある。


「もしかして……他の転生する人ってとんでもなく優秀だったりします?」


「ああ!何をそんなに驚いているのかと思ったら、大事な前提が抜けていましたね。転生の際はボーナスがあるんです。なんせ、現世で苦しんだ分を取り返させてあげないと転生の意味がありませんからね。それができるように、神々から特別な力を与えるんです。例えば、とても強くなったり、賢くなったり、器用になったり、成長しやすかったり、まぁこれもいろいろです。死因や故人の特性に関係していることが多いですかね」


「それはつまり、僕にもあるってことですか?」


「そうですが……なんだか浮かない顔ですね。夢のようなことができるようになるので、十中八九、皆さん喜びますが」


 僕は父によく言い聞かされたことがある。「スナオに大きな才能が無くて本当に良かった」と。ちなみにスナオは僕の名前。

 その言葉に違和感があったので知り合いに話したら、「親から嫌われていたのか?普通の親は才能が有る事を願うもんだぞ?」と言われた。違和感の正体が分かったので、思い切って父に聞いてみると、笑いながら答えてくれた。

「大きな才能、能力には大きな責任が伴う。それは背負うのはとても、とても辛い。それこそ死ぬほどな。何事もほどほどが丁度良い。幸せへの近道さ」と。

 28年しか生きられなかった人生だけど、その父の言葉にはとても共感している。

 だから、大いなる神の力なんて、恐怖の対象でしかない。


「どちらかと言えば、怖いですかね」


「大丈夫です、すぐに慣れますよ。どれ、貴方の恩恵を確かめてみましょうか」


「お願いします。できれば、そんな大層なものじゃないことを祈ります」


 数秒後、声の様子が明らかにおかしくなる。


「こ、これは……そんな、よりにもよって……」


 ものすごく深刻そうだ。けど、気になる点がある。それが舞台俳優のように芝居がかっていてわざとらしい。


「ど、どうしたんですか?」


 これまた大袈裟にたっぷりと間を置いて声は言う。


「……前言撤回です。この力は慣れては駄目です。私の知る限り、もっとも忌々しい力です」


 ああ、そういえば僕、くじ運悪かったっけ。

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