主体性0の社畜、異世界を征く。~神々の傲慢さ故にバイオテロ的存在で転生しほぼ棺桶生活の要介護者だけど、優秀な女神のご指導で魔王になれました。~

筋肉痛

第1話 採用面接?カウンセリング?

 流行病はやりやまいであっさりと僕は死んだ。



 会社に言われるがまま働き倒した上で得た負の報酬”各種基礎疾患”と、上司の大変ためになるご高説罵倒によって精製された”胃潰瘍”。

 この状態異常が流行病の新型何某しんがたなにがしと相性抜群だった。ダメージの相乗効果は10倍を超え、かろうじて日常生活を送れる程度には残っていた僕の現世の生命力HPを根こそぎ喰らい尽した。

 死因の割合は過労7:病気3といった具合。死んだことによる後悔だとか、怒りは現状は沸いてこない。とりあえず、もう仕事をしなくていい。それがとにかく救いだった。


 しかし、不思議なのは今の状況だ。無限に広がる空白で立ち尽くし、独り思考している。最近、あまりに死人が多いので、死後の処理に時間がかかっているのだろうか?

 そこから僕の思考の寄り道が止まらない。人類は1分辺り何人死んでる?死後の魂の処理には一体何人の役人が必要なんだ?いや、そもそも魂の処理ってなんだ?誰がする?と、多くの他人からしたらどうでもいいような疑問がどんどん生じていく。その悪癖のせいでよく手が止まり、その度に上司に怒られた。

 しかし、上司というのは不思議である。時に「お前が考えても無駄だ。とにかく手を動かせ」と叱責したかと思えば、翌日には「そんなこと言わなくても分かるだろ、考えろ」と言う。SNSなどを見ても、上司という生命体はそういう傾向があるから、僕の上司が特別そうだったというわけではないのだろう。あっ……また脱線だ!

 言ったそばからどんどんあらぬ方向へ進んでいく思考をどうにか繋ぎ止めようと深呼吸をしていると、突然目の前に音もなくパイプ椅子が現れた。超常の現象だが、そもそも死後に思考できるていることが超常なので、驚きは少ない。


「お座りください」


 どこからともなく声がする。というよりかは、僕の中に直接話し掛けてくる感覚だった。相手の姿は見えない。


「失礼します」


 ビジネススキルという呪いに侵された僕の身体は、いきなり声がしたことに対する驚きを強制スキップして反射神経的にそう言いながら従順に椅子に座った。


「それでは、時間も限られていますから単刀直入に異世界転生を志望した理由からお聞きします」


「はい、志望理由はですね……今、何て言いました?」


 完全にテンプレートの質問だと勘違いしていた脳に、異質な単語が飛び込んできて急ブレーキがかかる。ビジネススキルが通用しない!?しかも、質問を質問で返してしまった!怒られる!


「異世界転生を志望した理由を聞きました。耳が悪いのですか?それとも頭ですか?あるいは両方?」


 やっぱり怒られた!現世の上司に負けず劣らずのパワハラ系面接官みたい。なぜ絶命後も圧迫面接を受けなきゃいけないのか。どうやら仕事のできないリーマンは、死後は地獄に落ちるのかも。リーマンに救いを!


「いえ、志望した覚えが無いので聞きました。申し訳ありません。ちなみに耳はそれほどですが、頭は悪いかもしれません」


「なるほど、正直でよいですね。職業柄、正直者は嫌いではありません……私にとっても都合が良いかもしれませんし」


おっ褒められた。オウムくらいは会話の通じる面接官なのかもしれない。ただ、小声になった後半部分はどういう意味かは分からない。


「ですが、異世界転生を志望していない?生涯、一度も?」

 

「生涯と言われるとあまり自信はありませんが……自覚している中では一度もありません」


 そもそも異世界転生のことを良く知らない。学生時代の友人からそういうライトノベルが流行っていると聞いたことはある。ただ、社会人になってから、1日の7~10割が仕事で残りは全て睡眠に充てている。昔好きだったライトノベルやアニメを楽しむ時間は、都市伝説と同じくらい存在が怪しくなった。

 だから、異世界転生でどういうことが起きるのか知らない。まさか、流行ったのはライトノベルじゃなくてドキュメンタリーだったのかな!?


「そうですか。抽出のバグは有り得ませんから、潜在意識のみが転生を願っているのでしょう。最近では珍しいですね」


 すごい自信だ。さすが、神っぽい存在。現世で「有り得ない」っていう人は、単に想定が甘いか、性格の悪い嘘つきだったけど、神の世界はきっと違うんだろう。


「珍しい……ですか?」


 パワハラ上司に鍛えられて半自動相槌打ちマシーンとなっている僕は、特に興味もないけど話を広げるために疑問形で相槌を打つ。


「異世界転生という概念が昔はそんなに浸透していませんでしたから、単純に現世が辛く生まれ変わって幸せになりたいと願って亡くなった人々だけが選考の対象でした。まあ、それでも結構な数はいましたが」


 なるほど。僕は潜在意識でそう思っていると。忙殺されすぎて、そう思うことすら億劫になっていたのかもしれない。ブラックに勤めると心まで真っ黒になるんだね!


「最近では、猫も杓子も口を揃えて転生したいと現世で言っていますよ。上の方々はお堅くてクソがつくほど真面目ですから、1回でもそう言ったり願ったりすると選考対象です。おかげで選考担当の仕事が増えていい迷惑です。書類選考ができないので全部面接ですよ!担当一人当たり何人見ないといけないと思ってるんですか!?」


「それはもう1000人とか?」


 こういう時は少なめに見積もっておくと、相手は話しやすいと或る先輩が言っていた。しかし、この採用担当の”声”さんも相当大変なんだな。どんどんヒートアップしている。ただ、冷静に考えると……僕は一体、何を聞かされているんだろう。


「はは、その100倍はくだらないですよ。毎日増え続けます。言ったら、無限ですよ。無限。終わりのない仕事です」


「その、上司的な方にご相談は……」


「当然しましたよ」


 まぁそうでしょうね。知ってて聞きました、すみません。


「そしたら、なんて言ったと思います?神として当然だって。はい、出ました。べき論、やりがい搾取。神になりたくてなったわけじゃないっていうのにね。そもそも転生なんてさせなきゃいいじゃないですか!転生させたってどうせくだらないことしかしないんだから。世界のバランスが~、救世主~とかこじ付けですよ。なんか流行っちゃったから、とりあえずやっとけぐらいにしか考えてないですよ、奴らは。百歩譲って転生させるのは良いとして、どうやって転生させるべき人間を選定するんですか。前世で悪行三昧の奴は論外として、善人多いですよ。特にこの国は。いい意味でドングリの背比べです。選考の意味がまったくない。ナンセンス!もう、希望者全員転生させればいいですよ!!」


 主張が数秒で180度変わったことにちょっと笑いそうになりながらも、自分も似たように矛盾を孕む想いを延々とループしていたことはよくあると思い返し、心を込めて労いの言葉を贈る。


「神様も大変なんですね~」


 深刻な僕の表情に、声は我に返ったのか咳ばらいをして言った。


「あーコホン。お聞き苦しい愚痴をすみません。……で、なんでしたっけ?」


声は無邪気にそう聞くが、それは僕の台詞ではないだろうか。

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