第33話「ガルディガルド武闘大会」

―――マレッタ自由国へ通じる街道


ザァーーーーーーッ……


 この日は、久しぶりの悪天候だ。もう、とっくに正午過ぎではあるのだが、空は厚い雲に覆われ、なんとも薄暗い。大粒の雨が馬車の屋根布や湖面を激しく打ちつけ、普段は心地の良いはずの風が、冷たく肌を刺す。この天気に全く気分が乗らないアビーは、馬車の中でスライムのように溶けている。


「陛下、見えてきましたよ。」


 ラド君の声かけを受け、運転席に身を乗り出す。外を覗いてみると……、


(まるで、万里の長城だな……。)


 湖の途中から、地の果てまで、街道と並行して巨大な壁がそびえ立っている。


「あれがマレッタ自由国との国境です。」


「しっかし、どえらい物を建設したもんだね。」


「資金力は豊富な国ですからね。不法入国者の侵入を減らす目的で建設されたと聞きますが、軍事防衛的な意味合いも当然あるでしょう。」


 エレナも馬車の前方に顔を出す。


「ロパンドの外壁よりも強固な感じがします。」


「確かにね。こっちの方が、若干分厚くて、高さもある気がする。」




―――マレッタ自由国 ゴリン王国側の税関


「次の方どうぞ。」


「陛下の番ですよ。」


「……うん。」


 ラド君に促されて、前へ出る。

 元の世界にいた時も含めて、初めての入国審査だ。加えて、現在、指名手配中の身というおまけ付きである。妙な緊張感に、汗が背中を伝う……。


「入国の目的は何でしょう?」


「か、観光です。」


「それでは、ハグワアイムへ?」


「ええ、まぁ……。」


「プライベートカードを提示して頂けますか?」


「あ、どうぞ。」


「……あぁ、貴方が噂に聞く。」


 スマホの画面を見せると、入国審査官は口を開けて頷く。


「…………。」


「心配なさらずとも結構ですよ。我々は、どなたでも平等に受け入れます。ようこそ、マレッタ自由国へ。」


 入国審査は、肩透かしをくらうほどすんなりと終わった。身体検査や荷物検査もあるにはあったが、非常に形式的なものだった。

 ……その代わり、ガッポリと入国税をむしり取られた。ゴリン王国の通貨で、一人、12両(約120,000円)だ。鉄壁である万里の長城に加えて、この高額な入国税では、難民や貧困層は容易には入国できまい。

 入国税を支払うと滞在パスが発行された。期限は3か月で、それを過ぎてマレッタ自由国に滞在する場合、再度、入国税を支払わなければならない。交易都市スパエナ、観光都市ハグワアイム、娯楽都市ラマスカの三大都市を有し、商業面でも、レジャー面でも、人々を惹きつけるこの国において、入国税の歳入に占める割合が少なくないのは想像に難くない。ちなみに、支払いは自由国の通貨はもちろん、共和国の通貨でも可能とのことだ。


(……なるほどね。『どなたでも平等に受け入れます。』とは、“金さえ払えば、”の条件付きだった訳だ。)




―――税関付近にある、とある建物内


 純白の鎧を身に付けた男二人が、双眼鏡を覗き込みながら会話をしている。


「天気はだいぶマシになってきたなぁ。」


「良かったですね。視界が悪いと見張りも一苦労ですから。」


「……んっ?アイツ等は。」


「やはり、やってきましたか、死神一派……。」


「あぁ、ビワー湖に沿って南下していると聞けば、当然、目的地はマレッタだろうよ。」


「最新の情報では、何でもあのヴァーティゴを一蹴したみたいですね。」


「……らしいな。となると俺らが真っ向勝負を挑んだところで分が悪い。」


「そうですね。表立って我々がやられる訳にはいきませんから。」


「とりあえず、聖騎士団長殿の判断を仰ぐか。そろそろスパエナに着く頃合いだろ。」


「それがよさそうですね。」


「それじゃあ、追跡と先回りの二手に分かれて、早速、行動開始だ。」


「はい。」




―――交易都市スパエナ


 税関を抜けた先には、マレッタ自由国の玄関口らしく、旅人向けに設けられた店や宿屋、食堂などの施設がいくつも立ち並んでいた。各主要都市へアクセスするための夜行馬車も出ている。この日は、近くの町村まではまだ距離があったため、税関付近で食事を済ませ、一泊することにした。次の日も朝から馬車を走らせて、交易都市スパエナには、その翌々日の夕方に到着した。


 ……世界最大の海上貿易港を有するスパエナは、物凄い賑わいだ。ロパンドも大きな街だったが、規模がまるで違う。港には、多数の大型船舶が停泊しているのが見える。交通網も綺麗に整備され、バスのような馬車が行き交っている。また、政府の拠点が置かれており、マレッタ自由国の首都機能も有している。


「すげぇなぁ。大都会だよ。」


「コタローさん、海ですっ!海が見えますよ!ワタシ、生まれて初めて見ました!」


 エレナはハイテンションで海を指差す。


「オレも海なんて久しぶりに見たなぁ。」


 夕日に照らされた海は、なんともノスタルジックな雰囲気を醸し出す。


「綺麗ですねぇ。」


「うん。」


ガヤガヤガヤガヤッ……


 レストランのテラス席では、人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族が、分け隔てなく、笑顔で酒を酌み交わしている。街自体はもちろん賑わっているのだが、それに加え、どことなく周囲はお祭り騒ぎといった感じがする。ちょっと気になったので、街を歩く老紳士に話を聞いてみる。


「あのぉ、すいません。」


「おや、何だね?」


「自分たち、今スパエナに着いたばかりなんですけど、随分と街が活気に満ちてるなぁって思いまして。これからお祭りか何かでも始まるんですか?」


「はっはっは、何も知らずにこの時期に、スパエナにやってきたのかね?ほら、これだよ。」


 老紳士は、街中に貼られたポスターの一つを指差す。


「第358回ガルディガルド武闘大会!?」


「……あぁ、そう云えばそうでしたね。」


 ラド君が思い出したように口を開く。


「スパエナで年に一度行われる武闘大会だよ。マレッタ国内からだけじゃなくて、ゴリン王国やシシド共和国からも多くの観戦客や参加者がやってくるのさ。まぁ、この街の一大イベントだね。」


(……そう云われてみると、街にはガタイの良い奴が多い気がするなぁ。)


 続いて、ラド君から武闘大会の成り立ちについて説明を受ける。


「ガルディガルドとは、400年前の大魔合戦で戦果をあげた武闘家です。もともとはゴリン王国側の人間だったのですが、合戦後は故郷である南部に戻り、マレッタ自由国の独立運動の旗頭の一人となりました。とても徳のある人物だったそうで、死後、その功績を称えられ、始まったのがこの武闘大会です。」


 ラド君の話に耳を傾けていたところ、老紳士が思わぬ提案をしてくる。


「どうだい?若人わこうどたちも記念に参加してみるかい?」


「えっ?まだエントリーを受け付けているんですか?」


「あぁ、確か明日の正午までだったかなぁ。参加費は、一人30文のはずだよ。」


「そうなんですね。色々と教えてくれてありがとうございます。」


「礼を云われるほどのことじゃないさ。それじゃあ、よい旅を!」


 老紳士にペコリとお辞儀をしたのち、みんなでポスターの内容をまじまじと確認してみる。


『…………。』


「あっ、杖っ!“賢者の杖”です!!」


 エレナが興奮気味にポスターを指差す。


「優勝賞金、1,000両。副賞、賢者の杖か。」


(ちょうど杖を探そうと思ってたから、確かにタイミングは良いけど……。)


「后様、良かったですね。賢者の杖はとても貴重な品にございます。」


(えーっと、ラド君!?もう、手に入れた前提で話が進んでない??)


「コタローさまなら、優勝なんて朝飯前だもんねっ!」


(……やっぱ、そーゆー流れ!?)


「そうですよね~♪コタローさん、よろしくお願いしますっ!」


(そんな満面の笑みを向けられたら、断れんやろ……。)


「……ええ、出ますよ。出ればいいんでしょ。。」


 大会初日は明後日である。組み合わせは、明日正午のエントリー締め切り後にランダムで決められ、その日の夕方に発表される。参加者数にもよるが、6日程度で決勝までの全カードが終了するとのことだ。

 ルールとしては、武器や魔法の使用は一切不可。使用が確認された場合は、即失格となる。その他は目つきを除き、金的蹴りを含めてあらゆる攻撃が可だ。

 勝敗は、相手が気絶、降参、ステージから落下した時点で決する。また、レフリーはこれ以上の続行は危険と判断した場合、試合を止めることが出来る。

 決勝戦以外の試合時間は、10分+延長5分で、延長でも勝敗が決まらない場合、観客の中から9名が無作為に選ばれ、その投票により勝者が決まる。


(……まぁ、平たく云えば、この世界における、“天下一武道会”みたいなもんか。)




―――スパエナのとある食堂


 この日は、街への到着が遅かったので、そのまま食堂に向かい、スパエナ近海で獲れた新鮮な魚介類に舌鼓を打つ。


モグモグモグモグっ……


 自分は無難に白身魚のソテーを頼んだのだが、アビーが豪快に頬張るロブスターもどきの蒸し焼きがどうにも気になってきた。


「アビー、それめっちゃ旨そうじゃん。一口ちょうだい。」


「いいよー。コタローさまぁ、あ~~ん!!」


 何も考えず、口を開いて身を乗り出そうとすると……、


「あぁ~~んんっ??」


 エレナさんのドスの利いた声に防衛本能が働き、思わず身を引く。


「何さ、エレナぁ!?」


「『あ~~ん!!』はワタシの役割なので。」


 そう云って、エレナは自身のフォークとナイフで、アビーのロブスターもどきを切り分ける。


「コタローさん、あ~~ん!!」


「……あ~ん。」


 自分が口を開けると……、


「それ、アビーのだよぉ!!」


 今度は、アビーが身体を乗り出して間に入ってくる。それからしばらくの間、二人の云い争いが始まった……。


『☆●×▲◎★※◆△#☆……!!』


 ……10分経過。


「男の人はねぇ、おっぱいの大きさで女の人を選ぶんだよぉ?アビーのおっぱい、エレナのよりも大きいんだからっ!!」


「ワタシは、着痩せするタイプなんです~ぅ!!」


(や、もはや、ロブスター関係なくなってますやん……。)


 見かねたラド君が止めに入るも……、


「まぁまぁ、お二人とも、ここはお店の中ですし、他のお客さんもいら……」


『うるさいっ!!』


 一喝されてしまう。


 ……本当にヤバそうな輩に対しては、店員や他の客は注意などしてこない。ただ、遠巻きに視線を送り、台風が過ぎ去るのをじっと待つばかりだ。

 あぁ、この雰囲気の中じゃ、折角の美味しい料理も台無しだよ……。


(ほんと、もう勘弁してくれ~ぃっ!!)





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


無事、マレッタ自由国に入国したまではいいですが、背後にはなんとも怪しい影が……。

聖騎士団とは一体何でしょう?

そして、スパエナへ来て早々、コタロー君は賢者の杖をエレナにプレゼントするため、天下一武道会に出場することになりました。

のっけから非常にバタバタとして参りましたが、

いよいよ、マレッタ自由国編の始まりです!!


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