第5話「そうだ、偽名を名乗ろう!」

―――商業都市ロパンドを望む丘


 ……まさに大都市といった感じだ。


 全ての建物の屋根は、赤オレンジ色に統一されている。街全体は、15mほどの高い壁に囲まれており、外壁の形はというと……、そう、ペンタゴンのようだ。街の中央には、大きな広場と、60メートルほどの見張り塔、そして、その奥には立派な宮殿のような建物が見える。大きな公園のようなスペースもある。


「これだよ、これ~!!」


 ようやく現れたファンタジー風の世界に胸が躍る。ここに着くまで、まだ昼前だ。馬車で3、4日かかる道のりを僅か1日半とは。流石は、大神官ボディである。


 丘を降り、街に近づくと、関門が見えてくる。


(まぁ、あれだな。国際空港の入国審査場的なやつ。)


 門の横には屈強な一人の男が立っている。そう、その風貌は、まさにデ〇ズニーアニメのヘラクレスのようだ。


(あぁ、今からあの入国審査官に詰問されにいくのか……。)




―――商業都市ロパンドの関門前


「プライベートカードを見せてくれ!?」


 ヘラクレスのナイス低音ボイスが響く。その声といえば、まさにあれだ。BLのドラマCDに出てくるエロ医者。『まさに』とは云ってしまったが、“まだ”、聞いたことはない。そんな、どうにもくだらないことを考えていると、もし、このヘラクレスに、本当にBL適性があったらどうしようと、不安に襲われる。エロ医者からのエロ診察を受けたら、自分もそちらの世界に目覚めてしまうかもしれない……。


(先生ぇ、あっ、そこはダメですっ。イヤぁ~ん♪)


 ……まぁ、その件は一旦置いておこう。


 それにしても、プライベートカードとは??もちろん、カード的な物などは持っていない。ここは素直に聞いてみることにしよう。


「あのぉ……、プライベートカードとは何でしょう??」


「何って。この世に生を受けたら、必ず発行されるだろ?もしかして、お前さんの親、役所に出生届を提出してないのか?」


 いやいや、色々、抜けている部分もある両親だが、流石に区役所へは出生届を出しているはずだ、……たぶん。ただ、そう云われてみると、母子健康手帳なるものを目にした記憶は、これまでに一度もない。元の世界でのことながら、少し不安になってくる。


「そうなんですね~。恐らくうちの両親、出生届出し忘れちゃってるのかな?ハハハハっ……。で、一体どんなものなんですか?」


「ハァぁ、まったく、どうしょうもない親だなぁ……。」


 ヘラクレスは、呆れつつも自身のプライベートカードを見せてくれる。トレカよりひと回り大きく、ラミ加工されたようなカードだ。


「あぁっ!!」


 自分は思わず声を上げる。スマホの画面と同じだったからだ。


(なるほど、これがプライベートカードかぁ。)


「あります、あります。ほらっ、これでしょ?」


 ヘラクレスにスマホの画面を見せる。


「随分と変わった形のプライベートカードだなぁ。ほんと、どこの生まれだよ!?」


「はははは……。」


 別の世界から来ましたとも云えず、得意の愛想笑いで受け流す。


 ヘラクレスは、表示内容を確認すると驚きの声を上げる。


「お前さん、“称号持ち”なのか??」


「へ?“称号持ち”??……あぁ、大神官だかのことですか??」


「随分とことなさげに云ってくれるなぁ。称号持ちなんて、滅多にお目にかかれるもんじゃないんだぜ。」


「えっ?そんなにレアなんですか??」


「あぁ。俺だって毎日ここで門番やってるが、外から称号持ちが来るのは年に数えるほどさ。」


「へぇー。で、その称号持ちになると何かあるんですか?」


「そりゃ、上級の魔法や特殊なスキルを覚えるだろ。身体能力も向上するしな。もちろん士官にも有利だ。」


 なるほど、自分が、大天使様の召喚魔法を習得しているのも、称号持ちだからなのだろう。でもやはり、“大鎌使い”のスキルに関しては謎だ。こちらは、“天職:ヒーラー*”や“称号:大神官”とは、どうにも結び付きを感じない。


(……まぁ、わからないことをいくら考えても、仕方ないっか。)


 今は、“反転魔法”に“大鎌使い”、それに“わんぱく空手”の三刀流、ヒーラー界の大〇翔平ということで納得しておこう。そう考えを巡らせていると、ヘラクレスは突然、自分に問いかける。


「Youは何しにロパンドへ?」


(何故、そこだけ急に口調が変わる??)


 そして、その質問に対して、特段、答えを用意していなかった自分は口ごもる。


「えっ?……え~っとぉ、旅行?いや、出稼ぎですっ!!」


「まぁ、そうだよなぁ。大神官さまだけど、教会に用があるって感じにも見えないしな。」


 とりあえず、納得してくれたことに安堵する。


「一応、通行料が掛かるんだよ、3文。お前さん、お金持ってるか?」


「ええ、もちろん!」


ジャラリラリん♪


 女将さんから受け取ったお釣りをポッケからドヤ顔で取り出す。


「全部で、11文ねぇ……。お前さん大丈夫か?」


 他人にお金の心配をされる。やはり、大金ではなかったようだ。


(確かに、今は出来るだけ節約しておきたいところだなぁ……。)


 ……すると突然、ビビビと悪知恵が回り始める。


「んでね、兄貴っ。一つお願い事があるんですが……。」


 アイテムボックスの中にあった、残りのグリーズの肉を差し出す。


「これで今回は一つ、手を打ってはもらえませんかね?」


「おお、これは天然物のグリーズのヒレ肉だなぁ。ここいらじゃ高級品だぜ。もちろんだ!むしろ、いいのか?」


「ええ、勿論ですとも。」


 自分の顔が、悪い顔になっているのがよく分かる。とりあえず、良かった。ヘラクレスの兄貴は賄賂が通じる口だ。恐らく、雇用形態が市の直轄ではなく、下請けからの派遣なのだろう。


(……それにしても、ヒグマもどきには、もう足を向けて寝られないなぁ。今後は、“始まりの森の守護神グリーズ様”と呼ばせていただこう。)


「いや~、楽しみだ。ありがとな!家内に料理してもらうよ!」


 弾む兄貴の声を聞きながら、自分は、通行料を支払うことなく門を通過できる喜びより、兄貴がノンケであることに、ほっと胸をなでおろす。

 ただ、一つ大きな問題が残っていることを思い出す。兄貴と会話をする限り、まだカルネラ村での噂は、ここまで届いていないようではあるが、あの時、うっかり、本名を名乗ってしまっている……。やはり、この街では偽名を名乗っておくのが賢明だろう。もちろん、兄貴には、プライベートカードを見せているので、当然、名前も見られてしまっている。今、この男の頭の中は、グリーズのヒレ肉のことで一杯なので、自分の名前などは覚えていないと思うが、油断は大敵である。何しろ自分は学習したのだ。草むらがガサゴソしたら、それは小動物ではない。……狩人だっ!!


 まず、自分の偽名を考える。


(う~ん……、苗字が瀬葉だから……、セバスチャン!!)


 我ながら何とも安易なネーミングセンスだ。セバスチャンはいちいち呼びにくいので、次はあだ名だ。


(う~ん……、セバスチャンだから……、セバス!!)


 よし、これでいこう!!アウト寄りのセーフで、ギリギリ、バレないラインではないか?

 ……それではこれより、兄貴洗脳大作戦に取りかかることとする。


「ヘイ、ブラザー!自己紹介が遅れたな!オレの名前は“セバスチャン”。あだ名は“セバス”だョー!Say Yo~!!そう、みんなからは“セ・バ・ス”って呼ばれてるぜ。よろしくなっ!だから、ブラザーも“セバス”って呼んでくれよな。ところでブラザー、名前はなんてんだい?」


 つい、洋画の吹き替え版に出てくるラッパー口調になってしまった。


「おう、俺の名前はスネイルだ!」


 幸い、ブラザーは特段、違和感を感じてはいないようだ。


(よしっ、もう一押し!!)


「へぇ~、スネイルか!マジで良い名前だなぁ。オレなんて“セ・バ・ス”だぜー?普通過ぎんだろぉ。ハハハッ!」


「そんなことないぜ、ブラザー。俺はお前さんの名前好きだぜ。こちらこそよろしくな、“セバス”!」


 ……ミッションコンプリート。どうやら洗脳は成功したようだ。


 自己紹介を終え、急に距離感が縮まりだす二人。その後、仕事の愚痴やらなんやらで、小一時間ほど会話をする。その間も、外から人は来ていたが、スネイルはプライベートカードすら確認せず、3文だけ徴収して中へ通す。この街のセキュリティは、かなりガバガバだ……。


 結局、スネイルとはマブダチになり、非番日の前夜に飲みにいく約束を交わした。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


ただ、入国審査場を通過するだけのイベントなのに、

コタロー改め、セバスは、何をグダグダやってるんですかね笑

普通の人なら1分程度で、街の中でしょう。


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