第9話 時が帰る

鐘の音がやむ。

青く抜けた空に余韻が残って静かに消えていく。

教会の庭に二人たたずむ。

サイカは時計をいじっている。

棺の中から取り出したものだ。

「それは」

ネジがたずねる。

「それは、遺品?」

「そうともいえるな」

「それを埋葬するって?」

「そうだ」

サイカはうなずく。

「この時計は、人が死ぬときに残すものだ」

「うん?」

ネジは首をかしげる。

何か違和感がある。

遺品というより、なんだろう、何か気になる。


教会から、誰かが出てくる。

白い服を着た聖職者だ。

初老で、ちょっと困った顔をしている。

「どうもすみません」

聖職者は、頭を下げた。

「旅の人だって言うのに、祈りも弔いも任せてしまって…」

「いや、かまわない」

白い聖職者は、それでもぺこぺこと頭を下げた。

「最近は弔いの銃弾も、なかなか再受付されなくて」

「罪人のようにされるところだったとか」

「そうなんですよ」

聖職者は遠い目をする。

「戦争で戦った人が、守るために戦った人が罪人になる」

「殺したからな」

「教えに背くかもしれませんけど、なんだか割り切れなかったんですよ」

「そういうこともある」

聖職者はうなずいた。

「これを埋葬してやってくれ」

サイカが時計を取り出す。

聖職者はうなずく。

時計を受け取ると、何かを確認するかのように握り締め、

そして、裏手のほうへと歩いていった。

「行くか」

サイカが続く。

あわててネジも続く。


教会の裏、墓地は広い。

けれど、誰が埋葬されているというのは、あまりかかれていない。

ネジは若い森だと感じた。

うっそうとしてはいないが、

墓地というよりは、まだ育つ森のようだ。

「ここでいいかな」

聖職者は腰をかがめると、小さく穴を掘った。

スコップなどはないが、それが仕事であるように穴を掘る。

そして、時計を穴に入れ、土をかぶせる。

土まみれの手で祈りのしぐさをする。

「こうして時は歯車に帰るように。ギアーズ」

聖職者は一言祈る。

「ギアーズ」

サイカが復唱する。

「ギアーズ」

ネジがまねをする。


「人は生まれながらに時を持っています」

立ち上がりながら聖職者が説く。

「時は歯車の集合体、時は時計です」

聖職者は振り向く。

手は土にまみれて汚れている。

パンパンと白い服で土を払おうとする。

どっちも汚れた。

「みんな時を内包していて、最後に止まった時を世界に帰すのですよ」

「帰るかな、あのおじいさん」

ネジがつぶやく。

聖職者は微笑んだ。

「弔ってあげたから大丈夫です。きっと世界の一部に戻れています」

ネジはさっきのことを思い出す。

涙になったおじいさん。

おじいさんの中に時があって、

それが埋められた時計で、

そうして時は世界に帰る。


世界は喜びの歯車で回っている。


みんな笑っている。

みんな一日を一生懸命に生きている。

でも、いつかは死ぬ。

「人に与えられた時は有限です」

聖職者はつぶやく。

「だから、みんな一生懸命で、だからみんな輝いているのですよ」

ネジはわかる気がした。

修理工場の禿のおじさんだったり、

酒場の夫婦だったり、

町を行く人だって、

みんなみんな、今を生きている。

「それが喜びであり、内包した時の輝きだと思うのですよ」

「うん」

ネジはなんとなくわかる。

それが教会とかの教えなのかもしれない。

限りある時を大事に、

精一杯生きよう。

記憶にはないけれど、

そういう教えも悪くないとネジは思った。


「大戦後の世界は平和になった」

サイカがつぶやく。

「本当に平和で、誰も悲しまなくなった」

「そうだろうね」

ネジが答える。

「だから、涙を作ってあげないと、悲しみを感じにくくなってきている」

「そうなの?」

「涙は必要なものだ、雨が必要なように」

ネジは空を見上げる。

青く抜けた空が、顔にかかった赤い前髪越しに見える。


若い森がさわさわとなった。

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