第8話 弔いの儀式

教会の庭で、

棺を囲んで静かに葬儀が始まる。

棺の中には、おじいさんが一人。

安らかな顔をしている。

教会の鐘が鳴る。

何度か鳴って、余韻が途切れたころ、

サイカは集まった参列者を前に、祈りを始めた。


青く抜けるような空。

静かに眠るおじいさん。

朗々と響くサイカの祈り。

重たいラプター。

黒い服。

ネジの赤い前髪。


サイカは歌うように祈る。

ネジはその言語をわかる気がした。

気がするだけで、すべてを翻訳できるわけではない。

喜びの元にいる人に、

何かを伝えようとしている。

ネジはもどかしさを感じる。

失うって言うのは、苦しいことなんだよ。

大事な人じゃないか。

苦しくてつらいことなんだよ。

ネジの心はサイカの祈りに同調する。

高く低く心は飛ぶ。

真っ青な抜ける空に、

ネジは雨を降らせたくなった。


「…ギアーズ」

サイカはそう言葉を告げる。

どうやらそれが締めの言葉らしい。

歌のような祈りが途切れ、

あたりは沈黙に包まれる。

「それでは、弔いの儀式に入ります」

サイカが言う。

ネジはそっと前に出てみる。

自分が引き金を引くのだといわれている。

「それじゃネジ、ラプターの引き金をこの死者に向かって引くんだ」

ネジはサイカの方を見る。

「大丈夫だ」

うなずかれ、ネジはかちりとおじいさんの胸に銃口を向ける。

「さよなら」

ネジはそう唱えた。

唱えなくてはいけない気がした。


引き金を引いた。


瞬間、ネジの内側に痛みのような感覚が走る。

痛み?

痛みによく似ているけどこれは違う気がする。

喜びではない感情。

これは感情だ。

ぐるぐる回る歯車。

ネジのイメージの中では透明な歯車。

透明な歯車が狂ったように回っている。

ネジは内側からそれを開放した感覚になる。

痛みに似たその感情が、

放たれる。


ネジの中で永遠に思われたイメージが、

ラプターより放たれ、

おじいさんに着弾する。

一瞬、死んでいるはずのおじいさんが微笑んだ気がする。

おじいさんの輪郭がぼやけると、色が透明になっていく。

きらきら輝いている。

発光しているのではない。

乱反射している。

おじいさんは水になった。

そして、一瞬胸だった辺りに水が集まると、

次の瞬間、すごい勢いで拡散する。


ネジはこの水のにおいを知っている。


すすり泣きが聞こえる。

先ほどまで無言だった参列者から、

すすり泣きが聞こえる。

みんな泣いている。

大粒の涙を流して。


「お集まりの皆様」

サイカが話し出す。

「死者は涙になって皆様を洗います。皆様の目を、心を」

誰かが崩れ落ち、絶叫するように泣く。

「今は涙とともにあるように。傷は時が癒します」

高く低く泣き声が聞こえる。

参列者はとても少ないのに、

涙はとめどなく流れるようであり、

それは雨が降るようでもあった。


サイカが棺の中に手を入れる。

「それでは、この時計は埋葬させていただきます」

「…はい」

大粒の涙を流していた、女性がうなずいた。


鐘が鳴る。

ネジは思う。

鐘の音が、涙で湿った音がする気がする。


参列者は思い思いに去っていった。

「サイカ」

「うん?」

「俺は何をしたんだ?」

「弔いだ」

「あれが?」

サイカはうなずく。

「お前の銃で撃たれたものは、涙になるんだ」

「涙」

ネジはわかっていた気がする。

気がするだけかもしれない。

「死者は涙になって、最後に残るものの目を洗う」

「うん」

「それが弔いだ」

「そっか」

ネジはラプターをなでる。

そして、腰に下げる。


もしかしたら、あの感覚は、

痛みのようなあの感覚は、

純粋な悲しみなのかもしれない。

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