第7話 一瞬の感覚

次の日の朝。

ネジはごちゃごちゃした夢で目を覚ます。

ウサギが追いかけてきた気がする。

なんだかたくさんだ。

落書きみたいなウサギが、

なんだかいっぱい。

そこまでは覚えているが、

問われると多分ちんぷんかんぷんだ。


ネジが目を覚ますと、

サイカはすでに身支度を整え、

ラジオを聴いている。

あくびをすると気がついたらしい。

「葬儀に出る。とりあえずシャワー浴びて身支度を整えろ」

「はーい」

ネジは起き上がる。

二日酔いっぽい感じはない。

ガツンと来るが、引きの早い地酒らしい。

それにしても喉が渇いた。


シャワーを浴びて身支度を整える。

ネジがシャワーから出てくると、

サイカは昨日のように頭を拭く。

わしゃわしゃと。

とりあえず早めの朝食を取る。

昨日の酒場で軽食をやっていた。

チーズサンドがうまい。

渇いた喉に野菜ジュースがうまい。

これも青白い歯車の産物で、

昔は野菜ジュースには、とても労力がいったらしい。

サイカは静かにコーヒーを飲んでいる。

「それもこれも喜びの歯車のおかげだよ」

おばさんは笑った。


10時を前に、

二人は教会に向けて歩き出す。

車は今日いっぱいかかる見込みだ。

まぁ、サイカが急ぐ旅でないといっていたし、

ネジはのんびり歩く。

黒いコートと、黒いケープがひらめく。

サイカが昨日と同じ、

黒い執事服で前を歩いている。

「サイカ」

「うん?」

サイカが立ち止まる。

「葬儀って何をするんだ?」

「昨日頼まれたことだ」

「いのりととむらい?」

棒読みでネジが返すと、サイカはうなずいた。

「祈りは俺が担当する」

「だから俺は記憶が」

「引き金を引くだけだ」

「だから銃弾が」

「大丈夫だ」

サイカが微笑む。

「俺が大丈夫といったことは、大丈夫だ」

ネジは一瞬あっけに取られる。

サイカはこんなに自信に満ちていただろうか。

「ほら、いくぞ」

サイカは歩き出す。

ネジはあわててそのあとを追った。

腰にはラプター。

忘れていない。


教会には少ない喪服の人がいた。

ネジは思う。

きっと弔いの銃弾がないからだ、と。

昨日サイカが言っていた。

罪人のように腐らせるのかと。

「ええと…」

ネジは一人でつぶやき、考え出す。

昨日の女性のおじいさんは、

弔いの銃弾を使ってしまった。

で、戦争で人を殺した。

命を奪うのは罪人だから、

おじいさんは腐らなくちゃいけない。

弔いの銃弾は、

よくわからないけれど、腐らせない効果があるらしい。

そんな銃弾この銃にあったっけ?

ネジは首をかしげ、ラプターをいじる。

銃弾が入っている以前に、

銃弾というものを入れる場所がないんじゃないか?

じゃあこれは何だ?

銃じゃないのか?

でも、銃だよなぁ、多分。

引き金引いても何もでないぞ、と、ネジは思う。

でも、サイカは自信満々だ。

まるでネジとラプターのことを知っているみたいに。

ネジは首をかしげる。

サイカはネジの過去を知っているのかな。

ネジが記憶をなくす以前のことを知っているのかな。

記憶をなくしたネジを拾ったのじゃなくて、

ずっと前から一緒だったのかな。

そんなことを思う。


ネジはラプターを握る。

瞬間、ネジの身体を何かが駆け巡った感じがする。

感覚としては、痛みにちょっと似ている。

一瞬のことだったので、よくわからない。

反射的に、ネジはラプターを落としてしまった。

ガツンと重い音がして、

ラプターが地面に落ちる。

「ネジ」

サイカが振り向く。

「あ、ごめん」

ネジはなぜか謝る。

多分ラプターは大事なのだ。

弔うにあたって、とても大事なのだ。

「まだ慣れていないんだろう、しばらく腰に下げておけ」

「あ、うん」

「そのときが来たら言う」

ネジはこくこくとうなずいた。


サイカを信じてみよう。

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