第12話 「ご挨拶は大切だ!」
目の前にお義父さんがふたり立つ。お義父さんAとお義父さんB。どちらも見た目が同じだ。黒いマントを頭から目深に被り、真っ黒なサングラスをかけ、顔を広く覆うガスマスクを装着する。
「お義父さんA、お義父さんB、両方の了解を得なければならない。これは厳しい戦いになるぞ……」
「どうして両方お父さんなんだい。順当に考えたら、お母さんでしょ」
「そうか。お義母さんAか」
「Aはいらないだロ。ゲームのキャラじゃないんだヨ」
ズボンのポケットを探り、果たし状を出す。お義父さんとお義母さんに突き付けた。
「これを俺様に送ったのは、あなたたちですか」
「ああそうだ」
低い機械音が、お義父さんのガスマスクから出力された。体をマントで覆い、声を変えるなんて、なんとも恥ずかしがりなひとである。お義父さんの後ろにゴンドラが見える。金属の棒が周囲を囲み、外観が檻にそっくりだ。檻の中でハルは気持ちよさそうに寝ている。さながら、悪役にさらわれたお姫様だ。俺様が絶対に助け出す。
シューシューとガスマスクから荒い息が聞こえる。お義父さんはかなり苛立っているようだ。
「まったく。仕事で少しの間ハルと離れ、戻ってきたら貴様がハルにまとわりついているではないか」
「まとわりついていません。しつこく美しくアタックしてるだけです」
「冬斗、それをまとわりつくっていうんだよ」
「いいか! 絶対に貴様を認めないからな!」
ガスマスクを通じ、お義父さんは高らかに宣言する。後ろに振り返り、お義母さんを連れ、その場を去ろうとした。まずい。このままでは、ご両親への挨拶が失敗に終わる。俺様だって、このまま負けてはいられない。どうにかしてふたりに認めてもらわなければ。俺様は、お義父さんの背中に呼びかけた。
「待ってください!」
ぴたりとお義父さんが歩みを止める。俺様は、準備開始! と叫んだ。畳を敷き、座布団を四つ用意し、机にお茶を置いた。座布団に正座し、緊張した面持ちになる。お義父さん、お義母さんが座布団に座る。照とニエは俺様の後ろで行方を見守る。汗が噴き出し、心臓が激しく鼓動を刻み、手が震える。
「フユトセンセイ! 汗が! 汗で手が震えてますヨ!」
「照! ニエ! 美しい汗!」
「美しいはいらないでしょ」
ふたりがハンカチで汗をぬぐう。これから俺様は手術に臨む。目的部位は――、
「照、メスだ!」
「どこを切るんだい」
「お義父さん!」
「物騒だナ」
「お義父さんの心の壁を切る!」
「メスってそういう使い方もできるんだ」
目的部位は心だ。お義父さんの心の壁を切り、挨拶を成功させる。手術が大成功に終われば、みんなでケーキを作って、みんなでケーキ入刀だ。
「貴様! いい加減にしろ!」
「ほら、怒っちゃったじゃないか。冬斗がメスで切るなんて言うからだよ」
「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「怒るのそこなんですか!?」
「ウワアアアア!」
両手で顔を覆い、俺様は背中から地面に倒れた。感情が高まり、うぅ、と美しく情けない声が出る。倒れ込んだ俺様を、照とニエが見つめる。
「ウワアアアア!」
「冬斗、お義父さんに怒鳴られてショックなのはわかるけど……」
「嬉しい!」
すぐさま立ち上がり、スキップをしてドームを走った。選手交代用の車に乗り、嬉しさのあまり競技場を一周した。電光掲示板に「夢は叶うから美しい」の文字が流れる。おまけでもう一周し、車から降りる。座布団に正座した。
「貴様! なんで嬉しがってるんだ」
「そう言われるのが夢でした。もう一回お願いします!」
「リクエストするなヨ」
「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「もう一回! もう一回! アンコール! 音楽スタート!」
照明が落ち、スポットライトが俺様を照らす。マイクを握り、俺様は歌う。お義父さんに認めてもらうために……。
OTOSAN VS ORESAMA 作詞作曲・泉美沢冬斗 協力:OTOSAN
愛のラスボス その名もOTOSAN
やるぜアイサツ 眠れぬ前日
びりびり感じる 敵意が露骨
(語りパート)
でもね、本当はわかってるんです。
あなただって、ハルが大切なだけ。ハルが幸せになってほしいだけ。
その気持ちは、ハートは、ORESAMAもOTOSANも一緒なんです。
心がひとつだというのに、戦うなんてむなしいじゃありませんか。
だから手を取り合って、平和に、美しく解決しましょうよ
「音楽ストップ! なんだこのポンコツな曲は!」
マントの中からお義父さんはリモコンを取り出し、ボタンを押す。音楽が止まった。
「えー、ここからもいいところなんですよ」
「ここまでも良くなかったわ!」
「あっ、わかった。お義父さん、俺様のアカペラの実力が見たいんですね。わかります。婿のアカペラ気になりますよね」
「そんなわけあるカ」
続きを歌った。
「お義父さん~、俺様は泉美沢冬斗と申します~、ルルル、身長はルルルル~、シーエムの後~~」
「貴様の情報などいらん!」
「身長51cm~~、ルルル」
「またそのくだりやるのかい、冬斗」
「お義父さん~、お義父さんの出生時の身長はいくつですか~~」
「どこの星にお義父サンの出生時の身長を、アイサツで聞くやつがいるんだヨ」
怒りのあまり、お義父さんは座布団から立ち上がる。お義母さんは座ったままだ。お義父さんはお義母さんを掴んで立たせ、ゴンドラへ歩いた。途中、お義父さんが俺様に振り返る。
「いいか! これだけは言わせてもらう! 貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「ウワアアアアン!」
「泣いてもダメだ! 貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
何度も同じコトバをぶつけられる。涙が止まらない。
「なんて、なんて……」
「冬斗、大丈夫かい?」
「なんて優しいお義父さんなんだ! アンコールに応えて、何度も言ってくれるなんて! 俺様感動した! お義父さん、ありがとうございます!」
「だから、お義父さんじゃ……、もういい! お前も何か言いなさい!」
動揺した様子のお義父さんが、お義母さんに発言を促す。お義母さんはゴンドラで現れてから、無言のままだ。俺様たちとお義父さんが、お義母さんに注目する。
「グオオオ……」
グオオオオオ、グオオオオオと音が響く。お義母さんのガスマスクからだ。グオオ、ゴオ、とマスクから似たような音が繰り返し出力される。正直、意味はわからない。
「えーと、個性的なお義母さんですね」
「個性的すぎるだロ!」
「グオオオ……」
音に合わせ、お義母さんは体をゆらゆらと揺らす。心なしか首が頷いているように思える。
「俺様にはわかります。お義母さんは認めます、と言ってくれてるのです」
「言ってない! 絶対に言ってない! というか、お義母さんと言われる筋合いも無い!」
お義父さんと呼ばれる筋合いは無いに続き、お義母さんと言われる筋合いも無いまでいただいた。サービス精神旺盛なお義父さんである。もうちょっとワガママを言うなら、お義母さんから直接、そのセリフを聞きたい。
「いいですね~、お義母さんからも直接聞きたいです! アンコール! アンコール!」
「グオオオオ……?」
お義母さんは深く首を傾げ、グオ、グオと短く喋った後、黙り込んだ。
「冬斗。お義母さんが困惑してるからやめなさい」
照とニエはため息をついた。
「僕、そういうセリフをアンコールするひと初めて見たよ」
「ニエちゃんモ」
「ワタシも驚いた」
「グオオオオ……」
俺様以外がうんうんと頷く。彼らの心がひとつになる。
「冬斗、ご両親の好感度ダダ下がりだよ。これじゃあアイサツが成功しないよ」
「だって、お義父さんに言ってもらったし、お義母さんにも言ってほしいなって」
「我が強いナ。ホント」
「ぐうう。貴様の恋心を砕くのは骨が折れそうだ……」
「はい! 美しくて強くて、ドリルでも穴が開かない恋心です! お義父さんでも無理です! 諦めてください!」
「どうして、ワタシが貴様に諦めさせられるんだ! 逆だ! 貴様がハルを諦めるんだ!」
絶対に諦めるものか。ハッキリとお義父さんに告げた。約二十年、手がかりもなにも無い状態で運命の相手を探したのだ。何度もめげそうになった、諦めそうになった、だが、その度に俺様は美しく立ち上がった。いまさら、ちょっとやそっとのことで傷ついたりしないのだ。
強大な俺様の決意を前に、お義父さんはグヌヌと言葉を失った。ニヤニヤと笑みを浮かべたニエが、俺様にこう告げた。
「お義母さんのついでに、ハルチャンにも言ってもらエ」
「なにを?」
「お前と結婚する筋合いはない! っテ」
「アアアアアっ!?」
極大のダメージを負った。ハルにそう言われる場面が頭に浮かぶ。手足の力が抜け、さっき掘った穴の中に潜り込んだ。泣いた。お義父さんが穴の中を覗き込む。
「貴様、味方からダメージを受けてるじゃないか」
「ニエ、そういうセリフはね。お義父さんとかお義母さんとかが特別なときに言うんだよ」
「ぐすっ、ぐすっ、照の言う通りだぞ。ニエ! お前ふざけるなよ!」
「冬斗がハルちゃんに振られるなんて、いつもの光景じゃない」
「ウワワアアアアア!!」
追撃を受け、俺様は穴を深く掘った。いままで振られた記憶が蘇る。穴の中で、俺様はうめき声をあげた。回復するまで時間がかかりそうだ。泣く。
「おおーっとフユト選手、オウンゴールで振られてしまいましタ! これで振られ数はえーと、オマケして10でス!」
「はい。ニエ監督。非常に厳しい試合状況になってきましたね。いかがですか。お義父さん」
「貴様に勝機など無し! 恋心をサラサラの粉になるまで砕いてやる!」
「グオオオ」
解説席の好き勝手な会話が穴に届く。俺様は美しさドリルで地上に戻った。
「ニエお前! 振られ数を好き勝手に増やすんじゃない!」
地上に戻ると同時に、お義父さんとお義母さんが解説席を立つ。ふたりはゴンドラへ向かった。ゴンドラの中でハルは眠る。起きる気配が無い。
ゴンドラにお義父さんとお義母さんが入る。お義父さんが手元のリモコンを操作した。ゴンドラがするすると上がる。
「ちょっと待ってください! お義父さん!」
「貴様に言われて止まるわけないだろう!」
俺様たちはゴンドラへ走ったが、間に合わない。ゴンドラは高度を増す。
「ちょっと! ゴンドラの気温と湿度は適切なんですか!? 寒かったりしたら承知しませんよ!」
「冬斗が気にするのそこなんだ」
「大切なハルを閉じ込めてるんだから、気温も湿度も適切だ。布団だって品質の良いものを用意した!」
「よかった! ありがとうございます!」
「いいえ! どういたしまして!」
「冬斗とお義父さん、本当は仲良いんじゃないのかい」
天井付近でゴンドラは止まる。競技場のスピーカーからお義父さんの声が聞こえた。
「ハーハッハッ! 貴様を認めてほしいのなら、ワタシを超えてみたまえ!」
「わかりました!」
なるほど。自分を超えられないのなら、ハルを任せることはできない、と。お義父さんの言う通りだ。俺様は気合を入れた。絶対に超えてみせる。頭に、両手に、両足に力がみなぎる。俺様は、お義父さんを越えるために――、
「オリャッ! 美しさロケット、ビューティー立ち幅跳び!」
「ギャア!!」
跳んだ。美しさロケットで跳んだ。ゴンドラを見下ろすまで飛び上がった。いきなり宙に現れた俺様に、お義父さんが驚く。後ずさって、尻もちをついた。お義母さんは直立不動だった。
「越えました!」
「貴様! ふざけるな! 物理的じゃないんだよ!」
「グオオオ……」
地上に着地した。電話の呼び出し音が鳴る。ジョージさんからだ。
「冬斗さん、今のジャンプ、天井ギリギリを攻めてましたね。宇宙新記録の美しさでしたよ」
「ありがとうございます。応援してくれてる皆さんのおかげです」
「ウチュウ・ジンさんからお祝いが届いてます」
「いつも送ってもらって、本当にありがたいです。俺様、まだまだ美しさを伸ばします」
お祝いは後で確認しますと返し、通話を終えた。ゴンドラを見上げ、叫ぶ。
「お義父さーん! 越えましたよー!」
「だからそうじゃないと言ってるだろ! あと、お義父さんと呼ぶのをやめろ! 貴様のお義父さんじゃない!」
「じゃあ、仲人Oさん!」
「Oっテ、ナニ?」
「お義父さんのO」
「冬斗、その命名だと、お義母さんも仲人Oになるよ」
「あっ……」
衝撃の事実に、美しい膝から崩れおちた。握りこぶしで地面を叩く。そんな、仲人Oがふたりなんて。結婚式の進行がややこしくなってしまう……。難問が俺様を苦しめる。
「イヤ、まず名前を聞いてみろヨ」
「たしかに。すいませーん! お義父さんとお義母さんのお名前教えてくれませんかー!」
「貴様に名乗る必要などない!」
「冬斗選手、振られ数が11になりましタ!」
「おい! お義父さんのを回数に入れるなよ!」
ピッ、と短い電子音が鳴る。直後、会場全体が煙に包まれた。足から振動が伝わる、ゴゴゴゴと大きな音がドームに響く。しばらくして、煙が消え去った。
「いいか! 認めてもらいたいなら、貴様の力を見せてみろ!」
迷路が現れた。競技場を全て埋め尽くすほどの巨大な迷路だ。俺様の目の前に入り口がある。三人で通路を進む。背後でガチャンと音が聞こえた。振り返ると、入り口が無い。駆け寄って壁を叩くも、出られそうにない。後戻りはできない。俺様たちは歩いた。突き当りに三つ扉が並ぶ。真ん中の扉の上に、文章が示されている。
「”第一問 ハルの趣味は?”……なんだこれ」
「冬斗! 扉に選択肢があるよ。A 貴様と遊ぶ、 B 通帳を見る、 C 旅行に行く」
「Aだな」
「絶対に違うだロ」
「いや、Aだ! Aしかない! Aで!」
Aの扉の取っ手を掴み、回そうとした。が、照とニエに止められる。お義父さんの声が聞こえた。
「ハーッハッハ! 質問付きの迷路だ! まずは、それを突破してみろ! 貴様がどれだけハルを理解しているか、試させてもらう!」
「わかりました! 全問正解してみせます!」
無事に迷路を突破し、アイサツを成功させる。俺様、照、ニエの気持ちがひとつになる。必ず、出口にたどり着く。俺様はこれだ、と思う扉に手をかけた。無言で仲間と目を合わせ、頷く。
俺様はAの扉を開けた。
私と君と陽炎荘 第12話 「ご挨拶は大切だ!」 【 第13話へ続く 】
私と君と陽炎荘 丸目 瞠 @maru_do
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