第11話 「ご本人登場だ!?」
頭に衝撃を受けた。
「し、師匠!? 宇宙で倒したはずでは……!?」
まぶたを上げる。ついさっき宇宙で倒したはずの師匠ではなく、ニエが目の前にいた。チッと舌打ちをし、片手にハリセンを握り締める。後頭部がジンジンと痛む。俺様は痛む箇所を手でさすった。
「ニエ、お前も修行しに宇宙に来たのか?」
「ここは宇宙じゃねーヨ。まだ寝ぼけてるなラ、もうイッパツいくカ?」
ハリセンを構え、ニエは俺様に狙いを定めた。今にも襲い掛かってきそうな様子のニエを、照が必死になだめる。
「冬斗、イマジナリー師匠は置いておいて。果たし状に書かれた所に早く行こうよ」
「いきなり両手を合わせて体と声を震わせたカと思えバ、宙に浮いてビームを放ちやがっテ」
「そうそう。僕たちびっくりしたんだよ」
「次から次にネタが溜まるだろうガ。とても描ききれんワ。ニエちゃんを寝不足にさせる気カ」
「怒るポイントはそこなのかい」
改めて、果たし状で指定された場所に移動する。果たし状の文面をじっと眺め、照はなにやら考える。
「うーん。この果たし状さ。冬斗を呼び出すための嘘っていうのも考えられるよね」
嘘か。正直、俺様は果たし状が嘘である可能性は全く考えていなかった。果たし状を受け取った時にハルの姿が陽炎荘にあったならば、真っ赤な嘘だと判断できただろう。しかし、陽炎荘にハルはいなかった。シュカさんもいなかった。一階の居間に駆けこんだ際、ちゃぶ台に書き置きがあった。
”冬斗さんへ ハルさんは、約束があると言って朝早くから出かけました。ワタシも大事な急用ができましたので、外出します。夕方までには帰ります。 シュカより”
よく考えれば、少し妙だ。ハルが連れ去られた同日に、シュカさんに急用ができるなんて。まさか。
「ま、まさか! シュカさんも自身のご両親の手に!」
「ご両親が悪役みたいな言い方になってるよ」
「なんてことだ。ハルのお父さんに挨拶作戦を成功させ、ハルを救ったのち、シュカさんのご両親にも挨拶に行こう」
「なんでだヨ」
「ハルのお父さんへの挨拶が終わったら、次はなにがある? 結婚式だ」
「自分で聞いといて、自分で答えを出すのはやめてよ」
結婚式には何が必要か。ケーキだ。ケーキ作りにはシュカさんがいなければ。なので、シュカさんのご両親にも挨拶をし、シュカさんを救い出す。ご両親含め、みんなでケーキを作る。そして、
「みんなでケーキ入刀だ!」
「みんなで!?」
「ああ、シュカさんのご両親も一緒に、だ」
「味見ならニエちゃんにまかせとけ! ニエちゃん、味見の腕はバッチリだヨ! シュカのお菓子をいつも味見してるからな!」
ニエは握りこぶしで自身の胸を叩く。頼もしい限りだ。
「味見として全部食べてやル!」
「味見の域を余裕で超えてるだろうが!」
記者会見の会場から歩き続け、とうとう目的地に到着した。指定されたのは、近隣のとあるドームだった。競技場、ライブ、展示会、俺様のファン倶楽部感謝祭、など多岐にわたる催し物に使われる会場だ。いよいよ、お義父さんに会えると思うと、緊張と喜びで胸が満たされる。俺様は、瞳を閉じ、脳内で練習した。本番さながらに手を動かす。
「よし。イメージトレーニングはばっちりだ。行くぞ、ニエ、照!」
「なんのイメトレだい?」
「ケーキ入刀」
ふたつの大きなため息が聞こえ、ハリセンが俺様の頭を直撃した。
* * *
競技場の扉を開ける。視線を左右に動かし広い空間を見渡すも、誰の姿も無い。好機だ。
「いでよ!」
手を掲げ、俺様は美しさを放出する。俺様は光に包まれた。体が回転する。照とニエは無言でサングラスをかけた。光は徐々に消え――、
「冬斗が!?」
「タキシードに着替えてル!」
「変身完了だ! これで、お義父さんと心置きなく戦える!」
真っ赤な薔薇の花束を手に、俺様は白いタキシードに着替えた。戦闘力が上がった。両親への挨拶って多分タキシードではないと思うよ、と照がツッコミを入れた。
俺様はこれから、愛の道のりにおいて最も高い壁に挑むのだ。お義父さんへの挨拶、絶対に成功させなければ。
「いいかお前ら。第一印象が鍵だ。良い第一印象を与えるんだ」
「それはまあ、フツーのニンゲン関係でもそうだよね」
「ウンウン、第一印象は大事だナ」
「俺様の良さを、お義父さんにわかってもらうにはこれしかない!」
両ひざ、両手を地面につける。できる限りの大声で叫んだ。
「お義父さん! 結婚を認めてください!」
「おおーっと、冬斗選手、初手土下座を繰り出しました!」
「エエ。全身を床にすりつけてでの土下座ですネ」
「だが、冬斗選手、うつむいたまま、頭がふらふらしています!」
「おそらく、目を動かしテ、お義父サンを探してるんでしょうネ」
果たし状の通りドームまで来たはいいものの、肝心のお義父さんの姿がどこにも無いのだ。呼び出した以上、どこかにいるはず。だが、地上や観客席には誰もいない。残りの可能性は……、地下だ!
「探す!」
隠れているのなら、俺様から見つけるまで。両手両足に美しさをまとわせ、地面を掘り進む。猛スピードで掘る。地面をえぐる振動が、ドーム全体に伝わる。
「冬斗選手、土下座の体勢で地下を掘り進めています!」
「地下でお義父さんにバッタリ会った時、変な体勢だと失礼になるからな!」
しばらく掘り進めたがお義父さんと出会えない。姿を完全に隠している。なんて恥ずかしがり屋なんだ。振動を避け、照とニエは観客席に移動した。
「お義父さーん! どこですかー! 返事してください! 恥ずかしがらなくてもいいですよー!」
「恥ずかしがりだからっテ、地面の下には隠れてないだロ」
「こうなったら奥の手だ! 速度上昇!」
地表近くをどんどん掘る。お義父さんに俺様の美しい気持ちを伝えるんだ。たとえ、土まみれになったって、一般的には美しくなくても、お義父さんに拒絶されたとしても、俺様はできることをやる!
「こ、これは! 冬斗選手、文字を作っています! ドームの地面になにか書いています!」
思いを描き終わり、俺様は地上に出た。タキシードの袖で、額の汗をぬぐう。最後に、薔薇の花びらを会場に散らす。完成だ。俺様の美しさを受け、光る薔薇が舞う。俺様が書いた文字は――、
「”結婚を認めてください”、地面いっぱいに書けたな。よし、完璧だ」
「いやー、ニエ監督。これだけ大きい文字だと、会場のどこにいても見えますね」
「ハイ。何度も同じ文章を書くことデ、圧力もマシマシですネ。お義父サンからの反応が楽しみですネ」
美しい文字が躍る地面に、四角い影が落ちる。
「認めないぞ!」
機械的な低い声がドームに響き渡る。俺様たちは、天井を見上げた。天井の一部が開き、四角いゴンドラが現れた。細い金属の棒がぐるりと周りを囲う、檻のような見た目だ。ゴンドラは地表にゆっくり近づき、中身が確認できる位置まで下りた。三人でゴンドラまで駆けた。
「ハル!」
ゴンドラの中で、ハルが横たわる。品質のよさそうなふかふかの布団で寝る。俺様は美しい瞳を見開き、ハルを観察した。単に眠っているだけだ。危険な状況ではない。視線を移すと、ハルの横に黒いマントが見えた。マントは直立し、無言でこちらに向く。あれはきっとお義父さんだ。マントを頭から被り、サングラスをかけ、口と鼻と頬をガスマスクで覆う。素顔がほとんど見えない。
「なんて恥ずかしがり屋なんだ!」
「恥ずかしがり、なのかなあ……?」
「大丈夫! 怖くないですよ。俺様、単に美しいだけですから。無害ですよ」
「ドームの地面に怪文書書いたヤツは十分怖いダロ」
賑やかな雰囲気の中、ハルは気持ちよさそうに眠る。よほど深く寝ているようだ。起きる気配が全くない。お義父さんはハルをちらりと見て、ゴンドラから出た。ピッと短い電子音の後、ゴンドラの扉が閉まる。
黒いマントがまっすぐ歩く。俺様の目の前で止まった。サングラスのレンズは色濃く、ほぼ不透明だ。
「ワタシは貴様を認めないぞ」
ガスマスクは音声を変換し、機械のような低音を出力する。声も隠すなんて、どこまで恥ずかしがり屋なんだ。まずは素顔で会話できるようにしないと、などと考えていると、お義父さんが分身した。
「いや、ワタシたちは貴様を認めないぞ」
お義父さんの背後から、別の黒いマントが現れた。グオオオオオ、グオオオオオと高い叫びがガスマスクを通し、耳に届く。
「ま、まさかお義父さんも分身ができたなんて……!」
「なんでだよ。違うよ」
「後ろのヒトも、実在するヒトだと思うゾ」
つまり、分身ではなくお義父さんがふたり現れた。
「そんな! お義父さんAとお義父さんB、いったいどっちから攻略すればいいんだ!」
難易度が跳ね上がったお義父さんへの挨拶に、俺様は美しい頭を抱えた。
私と君と陽炎荘 第11話 「ご本人登場だ!?」 【 第12話へ続く 】
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