第10話 「はたして、果たし状!?」
「えー、ただいまから、泉美沢冬斗氏の緊急記者会見をはじめます」
フラッシュが一斉に俺様を襲う。果たし状が届き、すぐさま記者会見を開いた。会場に多くの報道陣が押し寄せ、部屋は熱気に包まれる。カメラのレンズが俺様をとらえる。ジョージさんの挨拶で、会見が始まった。会場前方に設けられた席に俺様は座った。細長い机に白い布が張られ、マイクと水、それから指揮棒が用意してあった。背後のスクリーンに果たし状が映る。
「まず、今回の果たし状について本人から説明します。冬斗さん、どうぞ」
「はい」
手元のマイクを握り、スクリーンを指揮棒で示す。
「本日、俺様が郵便受けを確認したところ、こちらの果たし状が届きました」
スクリーンに便せんの上部が映る。”果たし状 泉美沢冬斗殿”と、筆で書かれたような文字が躍る。おぉ……と、どよめきが起こった。カメラのフラッシュが強くなる。眩しさに負けるものか、と俺様はフラッシュに対抗して、体から美しい光を放った。
「うおっ! まぶし! 眩しいです、冬斗様!」
「続いて、果たし状の内容を映します」
合図を出し、ジョージさんに一行目から順に映してもらう。
「俺様が読み上げます」
果たし状 泉美沢冬斗殿
運命の相手(貴様が勝手に呼んでいるだけで、絶対に認めないからな)は預かった。
返してほしくば、下記の住所まで来い。
貴様の恋心とやらを粉々に砕いてやる。
繰り返すが、絶対に貴様を認めない。
運命の相手と一番近しい者より
読み終わった。拍手が起こる。会場の興奮度が増し、報道陣の方々は涙する。
「なんて美しい声!」
「素晴らしい!」
「宇宙で一番ビューティーな朗読だ!」
冬斗様ブラボーの歓声がやまない。指揮棒を持った美しい手と、持っていない美しい手、両方を動かし、観客の歓声を指揮した。みなが、果たし状の文章を歌いだす。まるで、オーケストラを指揮するように俺様は指揮棒を操作した――美しいハーモニーが記者会見の会場を埋める。
「感動的で美しい果たし状だ! なんて革新的なんだ!」
「こんなに心を打つ果たし状の合唱は聞いたことが無い!」
沸き立つ皆様を前に、スクリーンの映像が一転する。大音量の衝撃的な音楽と共に、黒い画面に白い文字がパッと浮かぶ。俺様は文字を読んだ。
「果たし状は誰からなのか! それが問題です!」
会場はざわめきを取り戻した。参加者は、誰だ、一体誰が果たし状を出したんだ、と囁きあう。
「俺様は、果たし状に書かれた文字の分析を行いました」
「流石、冬斗様! 文字の特徴からハンニンを割り出すんですね」
指揮棒でスクリーンを指す。ジョージさんがパソコンを操作し、果たし状の一文字一文字を拡大した。
「えーと、この文字は美しいですね。はい。美しい意志を感じる美しい文字ですね。はい。まるで俺様のようですね」
「つまりハンニンは誰なんですか、冬斗様」
「えーと、美しく白状しますと正確にはわかりません!」
「なんて潔いんだ! 美しい!」
美しいぞコールが方々から上がる。会場にウェーブが起こる。ぱちん、と手を合わせると会場のライトが切り替わった。一瞬で暗くなった会場、スポットライトが俺様だけを照らす。
「はい」
俺様は、美しい手をスッと上げた。二の腕を耳につけ、優等生のごとくしっかりと挙手した。
「泉美沢くん、どうぞ」
ジョージさんが俺様を指名する。マイクを握り、俺様は席から立ち上がる。
「俺様、差出人はハッキリとわかりませんでした。ですが、容疑者に心当たりがあります」
「そ、それは……?」
「ここにご注目ください。最後の一行です」
便せんの最後の一行、”運命の相手と一番近しい者より” と記載がある。ハルに一番近しい者、それは――、
「お父さん! お父さんしかありえません! これは、未来の婿に対する挑戦状なのであります!」
鋭く美しい名推理に、会場はどんちゃん騒ぎだ。
「まさか、早くもお義父さんと対決する日がやってくるとは思いませんでした。俺様、頑張ります!」
報道陣の中にうちわを持った方がいた。うちわに”お義父さんって呼んで(ハート)”、”婿入りして(ハート)”と文字が並ぶ。
「俺様、命をかけてお義父さんと戦ってきます! お義父さんと呼ぶのを許してもらってきます!」
大声援につつまれ、記者会見は終了した。ジョージさんの誘導のもと、会場の報道陣はその場を去った。俺様はジョージさんに礼を言った。
「ジョージさん、今日もいろいろとご協力していただきありがとうございます」
「いえいえ。朝いきなり連絡をいただいて、間に合うかどうかギリギリの時間での記者会見。スリルがたまりませんでした。こちらこそありがとうございます」
テープで引っ張り上げたまぶたの下の瞳が弧を描く。口元が緩み、ジョージさんはにやりと笑みを浮かべた。ギリギリに打ち勝った快感に浸っている。
「今日の映像は、”泉美沢冬斗 記者会見コレクションVol90”として配信しておきますね」
「気づけば、もうそんなに記者会見してたんですね」
「ええ。新記録を立てる度、革命を起こす度、美しさに磨きがかかった度、などなど節目節目にやってますからね」
「ですね」
後片付けをジョージさんに任せ、俺様は会場を出た。照とニエと合流した。三人で移動する。照は果たし状をまじまじと見つめる。隣からニエが文面を覗き込んだ。
「まさか、お義父サンから果たし状が来るとはナ……」
「いや、冬斗がお義父さんって決めつけてるだけだからね」
「じゃあ、行くか」
「ちょっと、ちょっと、冬斗。そっちじゃないって。こっちが指定された住所でしょ」
焦った様子で、照は俺様の前に立つ。そして俺様の進行方向と反対を示す。照が指す方には街、俺様が進む方には自然豊かな山がある。
「フユト、ソッチ進んだラ、山に行くゾ」
「ああ、山に修行に行ってくる」
「な、なんでだい?」
「なんでだと!? 甘い! 甘すぎるぞ、照!」
目を白黒させ、照とニエは混乱する。俺様が山へ向かう理由を説明しなければならないようだ。お義父さんとは、いわば、難攻不落の最高最強の敵である。生半可な美しさでは、お義父さんの了解を決して得られないだろう。だから、
「山へ行き、厳しい修行に入る」
「ええっ!?」
「さっさと現場に行けヨ!」
「お前ら、お義父さんの強さを知らないのか! お義父さんは愛のラスボス。宇宙一強い敵だ!」
「お義父さんって敵なのかい……?」
「デ、山でいったい何を鍛えるんダヨ」
「美しさだ」
胸を張って答えたが、照とニエはよくわからないといった表情を見せる。
「いいか、お義父さんはな、甘っちょろい実力で勝てる相手じゃない」
「まあわからなくもないけどさ……」
「美しさの全体的なレベルアップが必要だ。攻撃値、防御値、精神値、香り、粘り強さ、味、のどごし、とか」
「美しさってそういう評価項目だっけ」
「てか、攻撃値ってなんだヨ。お義父サンに攻撃でもするのカ」
「ああ。どちらが生き残るか、をかけた戦いだ」
「なんで両親への挨拶がそこまで物騒になるんだよ!」
山にこもり、滝に打たれ、木に登り、ヒグマと戦う。美しさを鍛えて、目指すはひとつ。あのセリフをお義父さんに、美しく言えるようになることだ。厳しく辛い修行になるに違いない。俺様の美しい脳細胞が、妄想を開始する。美しいまぶたを閉じた。
修行のために入った山で、俺様は師匠に出会った。山奥で、美しさを吐くような過酷な日々が続く。滝に打たれ、体が震える。例のセリフを言おうにも、口から発する音が全部ビブラートになる。滝の周囲に美しイオンが充満する。水は輝き、苔は光る。
「おおおおおっ、おどうざざざざん、む、むむむむむむすめめめめ」
上手くセリフを決められない。近くで見守る師匠が活を入れる。
「こら! ちゃんとお義父さんにアイサツせんか!」
「ぶおおおお! し、ししょおおおお、だ、だだだだききき、だきは、む、むり……」
「頑張らんか! いいか! 両親へのアイサツっていうのは、どういう状況でやるのか、予想がつかん!」
たしかに。ご両親へのアイサツをする場所が、滝じゃないとは限らない。深海かもしれないし、サウナの中かもしれないし、ジェットコースターの頂上かもしれない。いつでもどこでも、美しくセリフを言えるようにならなければ。流石、俺様の師匠だ。
「ぶああああいいいいい、し、ししょおおおお」
「だから! いかなる状況においても、アイサツができないといけないのじゃ! ホラ! もう一回」
「お、おおおおっ、おどうざざざざん、む、むむむむすめざんと、おれざまのけっこ、げっこ……」
「美しさが足りんぞ! 弟子の美しさはそんなものか! もっと腹から美しさを入れろ!」
師匠の厳しくも温かいコトバに美しい涙があふれる。俺様の美しい心臓が美しい意志でみなぎる。体に跳ね返る滝が、美しイオンを生み出す。強くなる意志に反応して、美しイオンの力が高まる。
「おっ、おおおっ、おどうざささささ……」
「な、なんじゃ! 滝が変色して……宇宙に変わった!」
もしかしたら、ご両親への挨拶は宇宙でやることになるかもしれない。だから俺様は美しさで宇宙空間を生成した。先ほどまで山だった一面は、真っ暗な宇宙に変わる。俺様の美しさには劣るものの、綺麗な星々が宙に漂う。
「宇宙でも、見事にアイサツしてみます」
「よし、じゃあ我がお義父さん役やるわ」
「行きますよ! 師匠兼お義父さん!」
「修行の成果をみせてみろ!」
師匠が座布団を二枚取り出す。俺様は正装に着替える。ふたりで座布団に座り、向かい合う。緊張する。ここまで育ててくれた師匠へ恩返しだ。俺様は、アイサツをばっちり決めてやる!
「くらえ! 名付けて、”お義父さん! 娘さんと結婚させてください、俺様は娘さんと一緒に幸せになります。仲人Oをお願いします……」
「ちょっと待て。長い、長いぞ。必殺技は短い方が美しいと教えたじゃろう!」
「……えっ、そんな泣かないでください、お義父さん。こちらこそありがとうございます。俺様が出会えたのはお義父さんとお義母さんが……」
「我泣いてないじゃろ! だから長いって!」
「……わかりました!……」
「わかってくれた?」
「……はい、ハネムーンはムーンにします……」
「まだ続いてる! 我、菓子でもとってくるわ」
「……ビーム!」
「グワアアア! 不意打ちは美しくないといっておるだろ! ギャアアアアア……」
こうして俺様は師匠を超えた。永遠にも思える修行だった。宇宙でアイサツができたんだ、きっと地上でもできるはずだ。俺様の中に、美しい自信がみなぎった。
私と君と陽炎荘 第10話 「はたして、果たし状!?」 【 第11話へ続く 】
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