第9話 「冬は諦めない!」


 色彩豊かなドリンクを片手に、俺様と照は遊園地のベンチに座った。冷たい飲料で喉を潤す。疲れが軽くなった気がする。ベンチの前に、屋台がずらりと並ぶ。ニエは屋台で食べ物を買い、次々に口に放り込む。ヤツは両手を頬にあて、満足そうに笑う。

 遊園地に到着し、いくつもの乗り物を回った。ゴーカート、ショー、鏡の迷路、ジェットコースター……。どれもハルの姿は無かった。パンフレットを広げた。さっき乗ったジェットコースターにバツ印をつける。バツ印がどんどん増える。パンフレットを埋め尽くす勢いだ。


「ハルちゃん、どこにいるんだろうね」

「くそぉ。次は、遊園地で二番目に危険なお化け屋敷にしよう」

「たしかに、お化け屋敷は怖いもんね」

「ああ。親切なお化けさんが後押しして、カップルがいちゃつくところだ。もしハルが迷い込んでしまったらと思うと、恐ろしい」

「そういう意味の怖さかあ……」


 ニエと合流し、俺様たちはお化け屋敷に向かった。学校、病院、廃墟と迷路を混ぜたような外観だ。赤いペンキ、骨の模型、破れたお札、0点のテスト用紙が壁に張り付き、怖さを演出する。きゃあ、きゃあと悲鳴がひっきりなしに聞こえ、順番待ちのひとびとに安全な恐怖への期待を与える。俺様たちも、最後尾に並んだ。


「怖く感じるものを全部取り入れた見た目だね」

「悲鳴が結構聞こえるから、まあまあ怖いんだろうな」

「ウウ……」


 いつも元気なニエにしては珍しく、腰が引けている。お化け屋敷なんてズカズカと乗り込んで、漫画のネタにでもしそうな性格なのに。


「ニエ、怖いのかい?」

「ウウ……お腹が苦しい……」

「腹かよ! そりゃあ、あんなに食べたら苦しいだろ! しょうがないな……オラッ!」


 美しさを手のひらに集め、ニエの腹めがけて投げつけた。ニエは眩しさに目を細める。美しさがニエの腹に入り込んだ。


「ギャッ!?」

「冬斗、いったい何をしたんだい」

「ニエの胃腸に美しさを送って、励ました。俺様の応援で、胃腸の動きが活発になるはずだ」 


 途端、ニエの腹がグルルルキュウウルルとやかましく鳴った。ニエの表情が明るくなる。

 

「オッ! ちょっとラクになっタ! アリガトウ、フユト!」

「いいってことよ。……お、そろそろ順番だ」


 スタッフに案内され、お化け屋敷の入り口に立つ。スタッフはでかい三角定規を持ち、真っ赤な白衣を着て、壊れたコンパスを持ち、頭から作り物の脳みそを垂れ流す。建物同様、怖い要素を無理やり詰め込んだ格好だ。


「待っテ! 準備ができてナイ! ちょっと準備をする時間をチョウダイ!」

「ニエ、そういうときは深呼吸をするといいんだよ。ほら、吸ってー」

「スゥウウ……」

「吐いて~」

「ギャアアアアアアアアア!!!」


 鼓膜を破るほどの大声が辺りに響いた。照と俺様はニエの叫び攻撃をモロにくらい、その場に倒れた。スタッフもびっくりして目を見開く。


「ヨシ、怖いトキに叫ぶ準備完了ダ!」

「それはぶっつけ本番でいいんだ!」

「ほら行くゾー!」


 目を白黒させたスタッフに見送られ、俺様たちはお化け屋敷の中に入った。踏み入れてすぐ、お化けが現れた。さっそくお出ました。今まで、数多のカップルが、お化けに助けられて、いちゃつく大義名分を得たことだろう。キィィィィッ(美しい高音)。


「美しい俺様が来た以上、もうカップルの背中を押させはしないぜ! いでよ! 美しミスト!」


 俺様の皮膚から、霧状の美しさが放出される。お化け屋敷の入り口のあたりを、瞬く間に埋め尽くした。恐怖を漂わせた空間が、モデルハウスのように変貌を遂げる。


「げほっ! げほっ! なにしてるんだい、冬斗!」

「この空間の恐怖を美しさで中和してる」

「どうして?」

「ハルとコイビトがイチャイチャできないようにだ! イチャイチャの芽を美しさで摘み取ってやる! 全然怖くないお化け屋敷にしてやる! ワハハハハ!」

「考えがあんまり美しくないんだよ」


 恐怖を美しさで薄めながら、進路を進む。美しミストによって、小道具が劇的な変化を遂げる。赤いペンキはパステルの可愛い色に、中身がドロドロした標本は美味しそうなトロピカルジュースに、おどろおどろしい棺桶は花畑に、井戸は足湯に、血まみれの診察台はマッサージ台に変わった。


「もう完全に別物だよ! リラックスするための建物になってるよ!」

「でも、お化けさんも嬉しそうだぞ。ほら」

「ヴ、ヴヴ~ヴヴヴ、ヴヴ。ヴヴヴ」

「足湯でリラックスしてるネ」


 半分ほどまで進んだ。階段を上って突き当り、小さな赤い鳥居が見えた。鳥居の奥にはぼろぼろの賽銭箱がある。破れたお札が、鳥居と賽銭箱に張り付いていた。俺様は鳥居に近づく。財布から硬貨を出して、これでもかと突っ込んだ。硬貨なら諸事情でたくさん持ってるのだ。手を合わせて、願いを呟いた。


「俺様の恋が実るよう、勇気をください!」

「僕、お化け屋敷の中でお祈りするヒトを初めて見たよ」

「ニエちゃんモ」

「ついでに、赤い糸を焼き切るための火炎放射器も貸してください。安心してください! 赤い糸を焼き切るためにしか使いませんから!」

「神社に火炎放射器があるわけないだろう」


 お祈りが終わった。お化け屋敷の恐怖もだいたい、良い感じで中和されただろう。これで、もしハルとコイビトがお化け屋敷にきても、リラックスはしてもイチャイチャはしないはずだ。俺様は瞬時にスーツへ着替えた。ついでに照もスーツ姿にしておく。片手に無線機を持つ。


「えー、こちらビューティーアンドピース刑事(デカ)。聞き込みを開始します」

「冬斗、それおもちゃの無線みたいだけど、どこに繋がってるの? 誰と話してるの?」

『ピイー、ガガガガ、ケントウヲ、イノリマス……ウチュウノミンナガ……オウエンシテマス』

「イヤ、どうやって通信してるんダヨ」

「光通信だ。俺様がフンって気合を入れたら出てくる美しい光、による通信だ」

「わあ、とってもエコロジー」


 ふたりにも無線を渡す。聞き込みを行えそうなお化けを探す。近くに、黒髪の人形風のお化けさんを見つけた。まず、そのお化けさんに話しかけた。


「すいません、お化け屋敷にこういう女の子来ませんでしたか?」

「お化けに聞かないでよ。写真を持ってる感じの手を見せるだけで、写真を持ってないじゃないか。特徴を言ってあげないと」

「だって、まだ写真なんか一緒に撮れないよ! きゃっ! 恥ずかしい! 美し恥ずかし!」

「いいかラ早くハルチャンの特徴を言エ。ビューティーアンドピースデカ、略してポンコツデカ」

「どう略したらポンコツになるんだよ!」


 特徴か……。俺様はハルの姿を思い浮かべた。今までの俺様なら、運命の相手を脳裏に描くことさえできなかった。でも、ハルに出会えた。まさか、陽炎荘から近い公園で会えたなんて。改めて、嬉しさが心に湧き上がる。俺様は嬉しさのあまり、両手を天高く掲げた。


「えへへ。本当に出会えてよかった。生きててよかった! ジンセイって美しい!」


 バッシーンと大きな音が鳴る。ニエがハリセンで俺様の頭を叩いた。音の割りには痛みは少なかったが、ニエの冷たい視線が俺様に刺さる。


「お化けさん。俺様の運命の相手っぽい見た目の女の子です」

「何も説明できてないよ」

「もうイッパツ欲しいのカ?」

「ヴヴヴヴ……」


 お化けさんは顔を小刻みに振り、その説明ではわからない、と態度で示した。もっと具体的に伝えないとダメなようだ。


「えーと、まず可愛い」

「うん」

「次に、キュート」

「うん。どうせ最後に、プリティとか言うんだろう?」


「そして、身長154センチ、薄桃色の瞳、前髪を5本のピンで留め、髪の毛をひとつにまとめる。今日はパーカーにデニムスカート、膝上の黒いスパッツに、ピンクのスニーカーの姿だ」

「オチを外さないでよ! 恥ずかしいじゃないか!」


 予想が外れ、照はうっすら汗をかく。笑みを浮かべたニエが、元気出せよと照に告げた。お化けさんは首を傾げ、口をもごもごさせる。情報を吐きやすい環境を作ってあげなければ。取り調べ室の机上のランプのように、俺様は体を光らせる。光をお化けさんに浴びせた。


「で、どうなんですか。お化けさん!」

「ヴヴ……ヴヴ……マブシッ……ヴヴ」

「吐け! 証拠はあがってるんだ! ニエ! あれを持ってこい!」

「了解デス! メッチャポンコツデカ! くらえ! カツ丼!」

「ベタだね!」

「を収めた腹!」

「腹なのかい!?」

「で腹踊リ! よ~いよいよい!! ヘイ! イエア!!」

「ブフッ! ヴう……、ええと、あの、そういう子はこちらに来てませんね」

「そうですか……。ありがとうございます」


 ほかのお化けさんにも聞き込みをし、カツ丼の腹踊りを突き付けたが、誰もハルらしきヒトを見ていなかった。収穫がゼロだ。ハルはお化けが怖くて、お化け屋敷に入っていないのかもしれない。オーカワイイ。それか、入れ違いになったのか。

 ええい、こうなったら俺様自ら、お化け屋敷を隅から隅まで探すしかない! 俺様は体の一部に美しさを集める。そして――、床を蹴った。


「秘儀! 天井壁走り!!」

「うわっ! 冬斗! どこに行くのさ!」

「アイツ、天井とか壁をフツーに走ってル!」


 自由自在にお化け屋敷を駆け抜ける。途中、大勢のヒトとすれ違うがハルはいない。照とニエはだいぶ遅れて、俺様を追いかける。


「冬斗! どうやって走ってるんだい!?」

「美しさを足裏に集めてるんだよ!」

「なるホド! 美しさの力で壁から落ちないようにくっついてるんダ!」

「違う! 壁や天井の方が俺様を引っ張ってるのさ! 美しさを接種しようと足裏を吸引してるのだ!」

「なんダヨそれハ!」


 意外な場所から突然現れる俺様に、お化けさんがパニック状態になる。


「ヴ、ヴうわあああ! 妖怪・ムジュウリョックだああ!」

「お化けさんの方が驚いてるよ!」


 お化け屋敷の終わりが近づく。ハルが見つからない。代わりに俺様の視界にアレが現れた。


「ぎゃああああ!!」

「冬斗! なんか怖いお化けでもいたのかい!?」

「イチャついてるカップルがいるううううう!!」


 出口間近に一組のカップルがいた。恐怖の浄化が足りなかったのか、仕掛けに驚き、お互いに肩を抱き寄せる。くそぉ!


「羨ましいぞおおお!! ムジュウリョック、タジュウショック!」

「素直な妖怪だナ」

「イチャついてるカップルはいないかー!」

「対象がハルちゃんカップルから拡大してるじゃないか! カップルを見つけ出してどうするんだよ! 邪魔するの?」

「いや、取材する。アドバイスをもらう。すいませーん! アドバイスひとつー!」

「前向きな妖怪だナ」


 妖怪ムジュウリョックとふたりのデカは出口にたどり着く。結局、お化け屋敷にハルの姿は無かった。残りは観覧車のみだ。


 俺様の美しい脳細胞が、ポンコツな妄想を始める。まさかもう、ふたりで観覧車に乗ってアブナイ状況に陥ってるのでは。美しくもガラスみたいな心がミシミシと痛む。お化け屋敷を出て、すぐの地面に倒れ込んだ。最悪の可能性を考えて泣く。照は近くに立ち、俺様の様子を見守る。ニエは……、屋台に走り、戻って来た。焼きそばをもぐもぐと食べる。


 妄想がさらに展開し、最悪な映像が浮かぶ。


「もう、もう、園内で結婚式まであげて、ハネムーンに旅立ったのかも。ぐすっ」

「さすがにそこまでは進んでないと思うよ」

「ずびっ、月まで追いかけないと」

「ムーンにハネムーンってカ」

「よし。俺様、ちょっと宇宙行ってくるわ」

「そんなラーメン屋に行くみたいに気軽に言われても……」

「ンモー! テルがラーメンとか言うカラ、ラーメン食べたくなっタ。買ってくル!」

 

 ぐうと腹の虫を鳴らし、ニエは目当ての屋台に駆ける。俺様は体勢を変え、美しく大の字に寝転がった。今、俺様の魚拓ならぬ人拓をとれば、書道宇宙一間違い無しだ。美しく長い手足をばたつかせ、駄々をこねる。


「やだ! やだ! 俺様だってハルと結婚したい! うっ、ずびっ……俺様、二番目でも、第二夫でもいいから……」

「それで本当にいいのかい」

「やっぱり嫌だ。第ゼロ夫がいい!」

「存在してるのかしてないのか微妙なラインだね」

「第I夫の方がよくないカ?」

「……ニエ! お前よく見たら1(いち)じゃなくてi(アイ)じゃないか! 虚数の夫だよ! 実数じゃないだろ!」

「ちっ。バレたカ」


 ひとつひとつの乗り物を回るのは非効率だ。広大な遊園地で、確実にハルを探す方法は無いか。美しい脳細胞を総動員して考えた。思いついた。


「わかった。俺様、考えが甘かった。考えの美しさが足りなかった」

「甘かったというか、変だったというか、ポンコツというか」

「ハルを探すからいけないんだ。ハルに来てもらおう」

「どういうコトダ?」

「遊園地で一番ヒトが集まるもの、と言えばなんだ?」

「ソリャ入口ダヨ。絶対通るからナ」

「なぞなぞじゃないんだからさ」

「そう、パレードだ! 俺様が演出する美しいパレードを決行する! 美しさにつられて、ハルが寄ってくるに違いない!」

「虫じゃないんだからさ」



 チャラリラ、ピョロピョロー、ピロピロ、バキッ! ドッカーン! パレードが始まった。終点の観覧車まで園内を一周する予定だ。きらびやかな車からアップテンポで楽しげな音楽を流す。俺様は車の屋上、前方に乗り、パレードを先導する。照とニエも、俺様の背後で、ピカピカ光る服を着て、パフォーマンスを行う。ふたりは、観客に向かって、カゴから薄水色の花びらを散らす役割だ。


「よし! パレード開始だ! みんなぁ! 集まれ!」 


 園内の客をすべて集めるため、俺様は美しさをばらまきながら進む。美しさに客が集まりだす。俺様たちは、観客のひとりひとりを確認する。ハルはいない。園内の着ぐるみまでもパレードに寄ってきた。犬、猫、熊、うさぎなどなど、着ぐるみが集まったことで観客が喜ぶ。着ぐるみは精鋭揃いなようで、音に合わせ器用に踊る。


 犬はお手などのポーズを取り入れたダンス、猫は前足を揺らすふみふみダンス、熊は腕を動かして鮭を取る弱肉強食ダンスを見せた。うさぎがほかの着ぐるみの前に躍り出た。着ぐるみたちが、うさぎを先頭にフォーメーションを作る。

 うさぎは素早く両手足を動かし観客を驚かせたかと思うと、次の瞬間には見事なロボットダンス、それからうさぎ単体で優雅な社交ダンスを披露した。……こいつ、できる! ほかの着ぐるみも、うさぎに続き巧みなダンスを見せた。彼らの華麗な踊りのおかげで、観客がもっと集まった。


 俺様だって負けてられない! 着ぐるみたちと一緒になって踊る。お子様をはじめとして観客がもっと興奮する。遊園地は熱狂的な空気に包まれる。演者も観客も一体化して、テンションが上がる。みんなの気持ちは地面が揺れるほど高鳴って――、


「うわあ! 冬斗! アレ!」


 照が叫んだ。


「ハルを見つけたか!?」

「違うよ! アトラクションがパレードを見に来てる!」

「メリーゴーランドとかジェットコースターがパレードに寄ってきてるヨ!」


 なんと、俺様の美しさを近くで見たい、とアトラクションさんたちがパレードに引き寄せられた。ゴーカート、鏡の迷路、ジェットコースター、メリーゴーランド、遊園地、浄化されたお化け屋敷、アトラクションさんたちが集まって、パレードの規模はどんどん巨大になる。森羅万象の心が高鳴り、遊園地が大きく揺れた。


「乗り物が集まったラ、一気に回れるから便利かモ」

「悠長なこと言ってる場合じゃないよ! 密度がすごい! 冬斗、どうする……なんで泣いてるの!?」

「……アトラクションさんたちは俺様の力になりたい、って。集まってくれたんだ……ずびっ」

「まあ、たしかにナニゴトかって感じでみんなが集まってるけど……ハルちゃんはいないね」

「ネ」

「観客と乗り物が集まって来たところで歌うぜ! みんな、聞いてくれ、遊園地でのセカンドシングル、『愛は遊園地のように ~ MINNA NI ARIGATO、KIMI NI AISITERU!~』 イエア!」



 

『愛は遊園地のように ~ MINNA NI ARIGATO、KIMI NI AISITERU!~』

 作詞・作曲 泉美沢冬斗 


 聞こえてるか この鼓動 止まらない夢中 諦めない希望

 感じてるか あの孤独 限りない苦労 そばにいた親友


 恋はゴーカートのように予測不能 免許が無くても運転可能

 お化け屋敷のドキドキは イチャイチャできる言い訳の魔法

 ジェットコースターの恐怖だって 君がいれば落差で愛情

 ふたりなら着ぐるみに入っても 巡り合える何時でも


 (弾き語りパート:冬斗にのみスポットライトが当たる)

 でもね、観覧車は恐ろしいんだ (危険であやうい危ないキケン!)

 そうさ、観覧車は怪物が住むんだ (テッペンに住む危なくて危険な怪物!)

 つまり、観覧車は危ないんだ (用法用量を守って清く正しく乗ろう!)

 

(サビ)

 夜になったらパレードしよう 始まりは誕生 終点は墓標 (お墓!)

 行列で待ち時間楽しもう たまには喧嘩 最後は仲良し  (いいね!)

 生まれ変わっても遊園地に来よう 同じ乗り物 何度も乗るの (飽きるよ!)


 ※愛は遊園地 そこはふたりの箱庭 

  愛は遊園地 思い出はふたりの指輪 

  愛は遊園地 たとえすべてが朽ちても 思いは残るのさ(さー!)

  

 ※印 繰り返し




「みんなありがとうー! 名残惜しいがパレードは終わりだぜ!!」

 

 拍手が鳴りやまない。アトラクションは各々の部品を動かして称賛の音を立てる。ゴーカートは軌跡でARIGATOを描き、ジェットコースターは空高く飛ぶ。惜しみない拍手と音に見送られ、パレードは終了した。車は倉庫に戻り、着ぐるみも持ち場へ帰る。


 遊園地の観客を、すべて集めたはずだが、ハルは現れなかった。つまり、


「ハルちゃん、もう帰っちゃったのかな?」

「かもしれないナ」


 あれだけ探しても、ハルの姿はなかった。俺様の脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。


「まさかすでにハルは……、ずっと観覧車に乗っているのでは」

「えっ、ずっとかい?」

「ああ! だから遊園地のどこを探しても出会えなかったんだ! ハルがそんなに観覧車を愛していたとは!」

「そうかなあ……?」

「俺様、観覧車になる!」

「うーん。頑張ってね」

「チョット見てよアレ!」


 ニエが大声を上げ、どこかを指差した。指の先を見ると、観覧車が夕日に照らされて回っていた。そう、回っていた。


「メッチャ速く回ってル!!」


 見たこともないような速度で回っていた。確実に、体に悪影響を及ぼす速さだ。パレードを見終えたヒトビトが観覧車の異変に気付き、驚きの声をあげる。


「観覧車さんっ! 俺様のセカンドシングルにテンションが上がったあまりに……熱くなって暴走を!」

「多分違うと思うよ」

「ハルが乗っているのに! よし、助けに行くぞ!」


 俺様は観覧車に向かって走り出す。照とニエが後ろから続く。


「ウプッ!」

 

 聞こえた悲鳴に振り返ると、ニエが倒れていた。ニエは起き上がろうとするが、食べ物で膨れた腹が邪魔をする。変友を置いてはいけない。俺様と照が近寄ろうとしたが、ニエが制した。


「ニエちゃんのことは気にせず行っテ!」

「わかった! ニエ、お前を忘れはしない!」

「ウッ!? チョットは迷おウ! 即決かヨ!」

「照、親友のお前に、迷う役割は任せた! 俺様は観覧車へ!」

「どんな役割分担なんだい」


 美しい足を全力で動かす。一秒でも速くハルのもとへ向かう。俺様ひとりで観覧車へたどり着いた。

 観覧車の周りに大勢のヒトが集まる。時折、悲鳴が響く。夕日を受けてオレンジに輝きながら、観覧車は猛速度で回転を続ける。

 係員が観覧車を停止させようと必死に機械を操作する。しかし、観覧車は命令を聞かず、暴走を続けた。


「これはもう俺様の美しさで止めるしかない! うおおおおお、集まれ! 俺様の美しさ! 美しい足裏に集まれ!」


 精神を研ぎ澄ませ、美しさを足に溜めた。係員の制止を振り切り、観覧車に飛び乗る。予想通り、俺様の足裏は観覧車にぴったりとくっついた。俺様の美しさを求め、観覧車の方から俺様をゴンドラに引き寄せているのだ。あっつ! 熱い! 観覧車が熱い! 美しい足裏が焼けそうだ!


 テッペンにたどり着くと、ジャンプを続けその場に留まった。テッペンには怪物が住むはずだ。こんなに激しく回る観覧車だ。ハルがゴンドラに乗っていたなら、もう怪物と千回ぐらいは遭遇しただろう。


 頂上に住む怪物と千回も出会ったのなら、もう、結婚式の日取りや、衣装、ご両親への手紙、新婚旅行先、新居、墓まで考え終えたに違いない。観覧車を止めれば、俺様は、ふたりの愛の恩人だ。仲人Fとして、結婚式でスピーチを行うはめになるだろう。


 美しい心が醜く葛藤した。規則正しく上下運動をしながら葛藤する。

 観覧車の頂上から海が見えた。海は夕焼けに光る。波が上下に寄せては返す。美しい。


 ”では、最近一番感動したことは?” ジョージさんの質問を思い出す。薄水色の花が一面に咲き誇る様を見て、ハルは俺様の前ではじめて笑った。


 観覧車は足元で回り続ける。俺様は、醜い葛藤を美しく砕いた。


「俺様は美しい! だから観覧車さんを止める! ハル待ってろよ、宇宙で一番美しいスピーチをしてやるからな!!」


 涙を流しながら、俺様は観覧車さんに話しかけた。


「観覧車さーん! 止まってくださーい! お願いします! 運命の相手が、コイビトもとい結婚相手と乗っているかもしれないんだ!」


 だから、セカンドシングルで沸き立った熱い心を冷まして、どうか止まってくれ、お願いだ!と。両目から美しい涙がはらはら流れる。涙は止まらず、滝のように観覧車に降り注ぐ。


「か、観覧車さん。君も、泣いてるのかい……」


 ゴンドラから水が噴き出す。観覧車が涙を流した。俺様の美しい心に胸を打たれたのだ。観覧車は、自身の涙と俺様の涙によって、温度をどんどん下げる。観覧車は速度を落とし、とうとう通常速度で回りだした。

 ワアアアアアッと歓声が上がる。俺様は足裏から美しさを切らさないように集中し、ゴンドラを乗り継いで地上に戻った。照が俺様のもとへ駆けてくる。


「冬斗! 大丈夫!?」

「俺様なら大丈夫だ。宇宙一美しいスピーチをしてみせる。うっ、うっ……」

「スピーチ? どういうことだい?」


 拡声器を持ち、係員さんが暴走の原因を説明する。係員さん曰く、原因不明の機械トラブルで観覧車が制御不能になり暴走を起こした、とのことだ。なんにせよ、観覧車が元通りに戻ってよかった。


「これでみんなが観覧車を楽しめるな……あ! ハルは、無事なのか!?」


 ゴンドラが次々に地上に到着し、係員が慎重に中を確認する。俺様たちはその様子を見守った。しかし、一周しても、ハルはおろか誰も降りてこなかった。観覧車は安全確認のため、停止された。


「あれ? ハルは乗ってなかったのか」

「みたいだね」

「となると、まだ観覧車の怪物には出会ってないのか? いやもうハネムーンに行った可能性も……」

「フユト~! テル~! 聞いてよ!」


 両手を大きく振り、ニエが走ってくる。いつもの元気を取り戻したようだ。ニエは笑顔だ。もしかして、ハルが見つかったのだろうか。


「フウウー! なんとか屋台を全制覇できたヨ!」

「そっちかよ」


 園内のスピーカーから、物静かな曲が流れた。続いて、閉園のアナウンスが聞こえる。ヒトビトは今日の思い出を語り合いながら、入口へ歩く。俺様は肩を落とし、とぼとぼ歩く。


「結局、ハルちゃんは見つからなかったね」

「入れ違いになっちゃったのかなア。遊園地、広かったモンネ」

「ううっ、俺様、宇宙飛行士になる」

「冬斗、本気で月に行くつもりだよ」


 門が近づく。俺様は名残惜しく、後ろを振り返る。ゲートに向かうヒトビトを観察した。立ち止まってしまった俺様に、照が声をかける。ほら、帰ろう、と。

 いいや。まだ諦めきれない。俺様はゲート近くで、大の字に寝転がった。唇を一文字に結んで、眉間にシワを寄せて、夕日を睨む。


「冬斗! 遊園地は今日はもう終わったの! 遊園地を出るよ!」

「わあああああん! やだ! やだ! まだ見つけてないんだもん! ハルがきっとまだ園内にいるんだもん!」


 地面に倒れて、駄々をこねる。どんどん園内の客が減る。乗り物は停止し、屋台は閉まる。遊園地に寂しい雰囲気が満ちる。いっこうに動かない俺様を見かねて、うさぎの着ぐるみが寄ってきた。パレードで協力してくれた着ぐるみの一体だ。


「大丈……ぴょ……か? ……が……いぴょんか?」

「え? すみません、うさぎさん……。聞き取れませんでした」


 着ぐるみからの声はどこか不明瞭で、聞き取りづらい。うさぎさんはこほんこほんと咳をする動作をして、もう一度声をかけてくれた。


「大丈夫ぴょんか? 体調が悪いぴょんか?」 

「ううう。ありがとう。心美しいうさぎさん。うう、大丈夫です」

「ほら冬斗。立って。うさぎさんも心配してるよ」

  

 辺りを見渡すと、もう客は誰もいなかった。係員もちらほら撤収をはじめる。遊園地にハルはいないだろう。俺様は立ち上がった。

 目の前のうさぎさんは、きょろきょろと周囲を確認した。そして、頭部に手をかける。


「大丈夫ですか。体調が悪いのなら、救護室へお連れしますけど」

「ハ、ハル!」

 

 中からでてきたのは、ハルだった。俺様も、照もニエも驚いた。


「ハルちゃん、着ぐるみ着てたんだ!」

「ええ。バイトなんです」

「ハル、コイビトとデートしてたんじゃないのか!?」

「デート? いや一日バイトでしたけど」

「着ぐるみカー。どうりデ会わないわけダ」


 ビューティーアンドピース刑事である俺様が、美しい脳を動かして結論を導く。

 ハルは遊園地にいた。ハルは着ぐるみで一日バイトをした。ハルは観覧車に乗っていない。

 つまり……、つまり、ハルはデートをしていない!


「よかったあああ!! やったああああ!! 生きてて良かった! やっぱりジンセイは美しい!」


 美しい結論に、俺様の精神がすぐさま回復する。あまりの喜びに、体が美しく点滅する。


「ハルちゃん、もう閉園だし、バイトは終わりかい?」

「ええ」

「じゃア、一緒に帰ろうヨ! ラーメン食べに行コ!」


 素晴らしい提案だ。俺様も賛成だと告げる前に、ハルが申し訳なさそうに口を開く。 


「お誘いは嬉しいんですが、この後もバイトがあるので」

「ウエッ!? まだあるノ!?」

「ええ、短時間ですけど。じゃ、失礼します」


 うさぎの頭を装着し、ハルは園内に消えた。


「冬斗……とりあえず、良かったね」

「赤い糸焼却作戦とやラはどうするノ」

「俺様とハルの赤くて美しい糸を燃やすなんてもっての他だ! 赤い糸永久保存協会を立ち上げる!」


 

  * * * 


 夜。夕食を済ませ、居間でシュカさんと恋バナをしていると、玄関の扉が開いた。ハルが戻って来た。俺様は玄関に走る。 


「おかえり!」

「ただいま戻りました。泉美さん、体調は良くなったんですか」

「ああ、もう美しさ満タンだ。心配してくれてありがとう! ありがとう、ありがとう……」

「エコーはかけなくていいです」


 冷蔵庫から、ジョージさんが買ってきてくれたスイーツを出す。シュカさんとハルの分もあったのだが、ふたりが不在だったのでいったん冷蔵庫にしまったのだ。独創的な見た目のスイーツをふたつ、ちゃぶ台に並べた。シュカさんとハルの顔が輝く。


「うーん、美味しいですねー! 見た目も味もフツーとは違います!」

「そうですね。また今度、泉美さんのマネージャーさんにお礼を言わないと」


 その美味しさに、ふたりの皿はすぐ空になった。ハルがふぅーと深呼吸をし、両手を頭上で組んで体を伸ばした。その後、リュックを探り、スケジュール帳を取り出す。ハルはペンで手帳になにかを書き込む。シュカさんが声をかけた。


「あんまりバイトばかりしていては倒れてしまいますよ。たまにはお休みしないと」

「体力だけは自信あるんで大丈夫です」


 自信満々にハルは答える。やたらボタンの多い電卓を取り出し、ハルは数字を叩く。バイト代を計算しているのだろう。ハルは結果を手帳に書いた。手帳とにらめっこをするハル。カワイイ。心の百眼レフを作動させた。

 

「ハルさん、ちなみにどれくらいバイトを入れているんですか?」


 心配そうにシュカさんが尋ねる。ハルのスケジュール。俺様も気になる。ハルは無言で手帳を見せた。びっちりと文字で埋まったカレンダーに言葉を失う。予定はすべて、バイトと書かれている。


「私、いーっぱいお金を貯めたいんです。だからバイトをたくさんしてます」

「そうなのか……あっ」


 ビューティーアンドピース刑事である俺様が、美しい脳を動かして推理する。

 ハルは何か目的があって、お金を貯めている。かつ、ハルは恋愛には興味がない。

 それは、お金が貯まりきるまでは、恋愛に興味がない、という意味ではないのか! つまり、早くお金が貯まってしまえば、ハルだって恋愛に興味が湧くかもしれない!


「俺様になにか手伝えることはないか!?」

「ないです」


 即答された。泣いた。


「私ひとりでやります」

「ぐぅう……ぐすん……、ぐすん」

「うふふふ。もうすっかり仲良くなって……ハルさんが来てくれて、陽炎荘が一段と賑やかになりましたね」


 俺様たちのやりとりに、シュカさんが穏やかに笑った。


  * * *


「うん、今日も美しい朝だ」 


 起床して、一連の日課をこなす。それから、玄関に向かった。外に出て、陽炎荘の郵便受けを開ける。中身は空だ。ハルが来るまでは、俺様が朝刊を運んでいたが、今ではもうすっかりハルの役目だ。早朝のバイトに行くため、ハルは早起きして、ついでに朝刊を取ってきているのだ。


 陽炎荘の郵便受けを閉じ、自分の郵便受けを開けた。封筒が一通あった。手に取って、裏表を確かめる。差出人の名前がない。怪しい雰囲気が漂う。まあたぶん、ラブレターだろうと気軽に考え、俺様は封筒を開けた。封筒を逆さに振る。便せんが一枚、ひらりと出てきた。便せんを開く。


 「こ、これは!」

 

 ”果たし状 泉美沢冬斗殿” 


 新たな戦いの幕が、切って落とされようとしていた。





私と君と陽炎荘 第9話 「冬は諦めない!」 【 第10話へ続く 】

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