第6話 「春は俺様が連れてくる!」
簡潔なあらすじ: 絶体絶命。
「おーほっほっほ! コイガミノールなんて嘘に決まってるじゃない! 希望を抱いて惨めにすがってくるヤツを見てるのが楽しかったのよーっ!」
白煙が晴れ、店主が現れた。最初に出会ったときと同じ格好だ。濃い紫色の布を体に巻き付け、唇は赤紫に染まる。口角を上げ、歯を見せながら高笑いを続ける。片手にハサミ、もう片方の手にフラスコを持つ。店主が笑う度、振動がフラスコに伝わる。中身の黒々しい液体が波打つ。顔をしかめるような刺激臭が鼻に届いた。
「嘘だと!? じゃあそのフラスコは……」
「おほほ。今までに騙されたアホどもの涙を煮詰めたものよ。ほっほほほ!」
「くそっ! ちゃんと一日三回毎食後に飲もうと思ってたのに!」
「健康に悪いから飲まない方がいいわ」
「たしかに」
「ほほっ。ところで、あちらをご覧なさい」
「はあ」
店主は、扉の近くのカメラを指した。以前と違う、新品のカメラがあった。レンズは俺様を捉え、本体のランプが赤く点滅する。録画中だ。俺様の絶望する姿を記録している。俺様は――つい、いつもの癖でポーズを決めた。慌てた店主が、俺様とカメラの間に立つ。
「ちょっと! やめなさいよ! また壊れたらどうするのよ!」
「人生やカメラ生の中で、いつ愛に壊れるかは予想できないんですよ」
「意味の分からないことを……。アナタ含め騙されたアホの様子をカメラですべて記録してたのよ! 映像はまあまあ高く売れたわ! おほほのほほっ!」
背中を大きくそらせ、天に向かって笑いを放つ店主。許せない。ひとが愛を求め、高い壁を乗り越え、努力した様子を馬鹿にするなんて、美しくない!
「おい、店主さん! あなた全然美しくない! 醜いぞ!」
「おほほのほ。ヒトの不幸は蜜の味ってね。あぁ、美味しいわ」
ひとのふこうはみつのあじ。聞き覚えのあるフレーズだ。あぁ、推理が繋がった。店主の正体がわかった。
「……フフフ」
「なんで笑ってるのよ」
「俺様、店主さんの正体がわかりました。あなたは、突如現れた多次元怪物・フコウハミツナンジャーだ!」
美しい指を店主にビシッと突き付けた。正体を見破られ、店主は慌てふためく。
「は、はあ!? 違うわよ! ただの悪いニンゲンよ!」
「なんにせよ、この星の浄化がまだ足りなかったようだ……。よし、平和のためにあなたを今から浄化する!」
俺様はリュックを床にそっと置いた。ここでミツナンジャーに負けてしまえば、頑張って貯めた硬貨がヤツのものになってしまう。絶対に負けられない。硬貨のためにも、そして、暮井さんと俺様と以下略の仲間たちが、平和に暮らすためにも。俺様はここで店主を浄化してみせる。
浄化したあかつきには、ゲームセンターでデートして、硬貨を使い切るまで遊ぶんだ。UFOキャッチャーの景品を取りつくしてやる。
「年貢の納めどきだ! フコウハミツナンジャー! 俺様の美しさ、特別に受けてみよ!」
美し光線を店主に溺れるほど浴びせ、心の醜さを一気に浄化する作戦だ。
ふぅと息を吐く。両手を固く握る。腕を直角に曲げ、両手を胸の前に移動させる。意識を集中させ、体内の美しさを練り上げて……、店主の表情をちらりとうかがう。余裕しゃくしゃくの表情で、優雅にフラスコを揺らす。今から、美しい心に浄化されてしまうというのに、焦りが一切見られない。
「おほほーっ! ほほっ。やれるものならやってみなさいよ!」
「お言葉に甘えて! くらえ! 美し光線!」
勢いよく腕を前に振りだす。まばゆい美しさを放ち、店主は浄化され、この星の平和指数は上昇し、俺様と暮井さんは幸せで平和で美しい日々を送る――はずだった。実際は、俺様の全身が、一瞬光っただけだった。こんなの、ハンカチ一枚しか乾燥できない美しさだ。お皿一枚分の汚れしか浄化できない。頑固な油汚れに対応できない。
「ぐっ。美しさが……足りない! 光りながら告白した時に使いすぎたんだ……そのあとも……充電の機会が無かった……」
「おーほっほっほっ。美しさが足りないようね!」
「クソッ。このタイミングを待っていたのか……イケない怪物だ! メッ!」
「いや、だからワタクシ、フコウハミツナンジャーじゃないんじゃー!……じゃないわよ!」
もう限界だ。さっき、美しさを一瞬放出し、体内の美しさが本当の本当にゼロになった。俺様の手足から力が抜ける。その場に膝をつく。息が苦しい。ここで諦めては美しくない。俺様はつまり美しさ。つまり美しさは俺様。希望を捨てずに、どんな巨悪にも立ち向かう。目標に向かって、どうなっても進む意志。それが美しさ。きっと来る朝。勝つぜ戦。生やすぜ翼。
美しい気合をこめ、美しい手足で立ち上がろうとするも、膝をついたまま動けない。頭に激痛が走る。吐き気がし、深くうつむいた。せめて、せめて立ち上がらないと……。視界がぐるぐるする。床の木目がぐにゃりと回る。汗が顎から垂れる。
「おーほっほっほ! でもワタクシも鬼じゃなくってよ。アナタにもう一度選ばせてあげる」
店主がこちらに近づく。俺様はなんとか、視線を上げた。冷たさが手足に走る。息をのんだ。店主の顔がみるみる歪む。まるで別人のような邪悪な表情で、薄ら笑いを浮かべる。いつの間にか、ハサミを手放し、片手にフラスコ、片手にカメラを持つ。カメラの無機質なレンズが正確に俺様を捉える。今、俺様がもがく姿も、娯楽として売り払うのか。なんと醜い! 美しくない! せめてもの抵抗として、美しいポーズを……、あっ、美しさ切れで体が動かないんだった。
「ねえ、ワタクシとデートしたらコイガミノールをあげますわよ」
「コイガミノールは嘘なんだろう? なら結構です」
「もしかしたら、嘘というのが嘘かもよ?」
俺様の心が動揺する。同期して、山の木がざわめく。嘘が嘘なら、コイガミノールは本物……? 美しさが底を付き、まともな思考力もなくなった。隙を逃さず、店主は一歩一歩距離を詰める。俺様は最後の美しさを振り絞り、手足を必死に動かす。徐々に床の端に追い詰められた。
「く、くるな! ぐっ、俺様の美しささえ溜まっていれば……こんなことには……」
床の端はもうすぐそこだ。俺様が落ちてしまえば、劇的な結末が訪れる。美しい打開策なんてなにも浮かばない。店主の足音がやけに大きく聞こえる。醜さが美しさを染めようとする。
「ワタクシとデートするか、それか、今までで一番カゲキな映像になるか。選びなさい」
「ぐむむむ……」
「ま、アナタも真っ逆さまなんて、イヤでしょうし」
店主もとい怪物はカメラを床に置く。レンズは俺様をとらえたままだ。体が動かない……。俺様の美しさを踏みつぶすように、ゆっくりと足音が鳴る。目を開けている力もない。まぶたが落ちた。怪物は、獲物を待ちきれなくなる。素早い足音をたて俺様に迫る――。
とうとう、俺様の唇に柔らかいものが当たった。
目を開くと、怪物ではなく赤い色が見えた。口元に目線をやる。赤いジャージが俺様の口と、怪物の口を塞ぐ。暮井さんが、俺様の前に立つ。怪物は突然の事態に驚き、小刻みに震える。やがて、正気を取り戻し、怪物が暮井さんの手をふり払った。同時に、俺様の口からジャージが離れる。
「ぶはっ!」
「泉美さん! 大丈夫ですか!」
怪物を睨みつけ、暮井さんは俺様をかばうように立った。怪物はイイところを邪魔された、と怒り心頭だ。まさか暮井さんが。どうして。疑問はつきない。真意はわからないが、彼女は俺様を助けてくれた。心が熱くなる。嬉しい。
「暮井さん、どうやってここに!?」
苦労して壁に取り付けたハシゴは怪物に切られてしまった。木々が周囲に生えているが、美しさで成長したといっても、木々は壁の頂上まで高さが無いはずだ。彼女はいかにしてここまで来たのか。暮井さんは、両手を腰に当て、すんっと得意げな顔を作る。可愛い。二重丸飛び越えて三重丸。自信満々に彼女はこう告げた。
「手足を使って、壁を登ってきました」
「ええええ!? か、壁を、直接!?」
ハシゴの無い壁は表面がツルツルで、フツーならとても登れないはずだ。
「体には自信がある、と言ったでしょう」
「すごい……。かっこいい……」
美しい瞳をきらめかせ、俺様は両手のひらを合わせて、口の前に持ってきた。暮井さんを見つめた。あのカメラさんと同じく、俺様の瞳にもハートの印が浮かんでいるだろう。なんて頼りになる未来の伴侶だ。けれど、彼女に頼りっぱなしは美しくない。俺様ももう少し体を鍛えよう、と決心した。無事に陽炎荘に戻ったら、シュカさんの筋トレ仲間に入れてもらおう。
九死に一生を得たが、なぜ暮井さんがここにやってきたのだろう。コイガミノールに関する諸々について、暮井さんには内緒にしていたはず。この場所だって教えていない。
ひとつの可能性が浮かんだ。彼女が新聞を読んだとしたら? 広告欄を見て、コイガミノールは実は恋のための薬だと、ここでコイガミノールが売っていると知ったのなら。はっ、ま、まさか。
「も、もしかして、暮井さんもコイガミノールが欲しかったのですか?」
「いいえ。私、恋だの愛だのにキョーミないので。よくわからないし」
「ぐすん、そうなんだ。へへへ。ぐすん」
けっこう悲しい。高い壁がもうひとつ追加された気分だ。暮井さんは目の前の怪物を睨む。
「……私、ヒトの心につけこんで、お金を稼ごうとするヒトは許せないんです。だから来ただけです」
「おっほー! なによこの子! あんたに許してもらわなくてもいいわよ! こんな、こんな展開ちっとも楽しくないわっ!」
怪物は怒りのレベルを上げる。床に放っていたハサミを片手に持ち、切っ先を暮井さんに突き付けた。
「さっそうと現れたかっこいいお嬢さん。お嬢さんをここから突き落とせば劇的な映像が撮れるわね」
次の獲物が暮井さんになってしまった。震える足に気合を入れ、俺様は暮井さんの前に躍り出た。まだ本調子じゃないため、足が生まれたての子羊のようにプルプル震える。絶体絶命の状況をどう切り抜ければいいのか、良い案が浮かばない。
「暮井さん! どうしよう!」
「……えーと。どうやって逃げようとか、なにも考えてないんです」
「奇遇ですね。実は俺様も同じで、案が全く浮かばないんです。ハハハッ。あっ、これって運命?」
「……気づいたら体が動いてましたので、無計画です」
「暮井さんっ、危険を顧みず、来てくれて、ずびっ……その心! なんて美しい!」
彼女のやさしさ、心の美しさに、俺様が共鳴した。細胞のすみずみまで美しさで満たされる。ふたりの共同作業で、練り上げられた美しさだ。涙が流れた。美しさが百、いや二百パーセントみなぎる! 今なら、できる!
「うおお! くらえ! 活き活きした鮮度抜群! とれたてピチピチの美し光線! 大盛り100万ルクス! ~はじめての共同作業を添えて~」
「おーぼっぼぼっぼ!? うわああ! やめなさい! 醜い心が潰されてしまうわっ!」
体から光が発射された。怪物にまっすぐ向かう。美し光線の勢いで風が発生し、髪の毛や服が激しくはためく。辺り一帯が美しさに染まる。木々がさらに伸びる。葉をつける。怪物は正面から光線を受け、ズリズリと後ずさる。
「うわっ、まぶしっ!」
背後の暮井さんが、体勢を崩す。
「暮井さん! 倒れないように俺様につかまってください!」
「いやあなたが! まぶしいんですよ! もっとそばに寄ったら、蒸発させられちゃいます!」
「えっ……、そんなに俺様が美しくて、思わず蒸発しちゃうほど眩しいだなんて……TEREMASU!」
「言ってない! 無事に帰れたら一発どつきますからね!」
怪物は断末魔をあげた。美しさがとうとうヤツの醜さを覆いつくした。店主は気絶して、床に倒れた。フラスコが店主の手を離れ、宙を舞う。四方八方に液体が散らばる。液体を目で追う。美しさは、コイガミノールまで浄化したようだ。黒く濁った液体は透明に変わった。水滴は、木々に落ちた。小さな蕾が次々に出現した。
「うおー! 花よ開け!」
「だから、まぶしいですって!」
俺様は美しさの出力を上げた。木々が美しさを受け、蕾が次々に開く。極々薄い水色の小さな花が、視界を埋め尽くすほど咲いた。オレンジが混じった日の光を受け、花が美しく輝く。見たことのない花だ。この前のシンシュの水生生物に続き、美しさでまた新種を生み出してしまった。俺様の美しさで新しい美しさが生まれる。新しい美しさに感動して俺様がまた美しくなる。美しさの永久機関。美しさ増大の法則。
辺りに広がる花の絨毯を見て、暮井さんは呟いた。
「すごい。……まるで、春がやってきたみたい」
花を前に、暮井さんは笑みを浮かべた。彼女が笑うのははじめてた。風に花びらが舞う。その様子に、彼女は満面の笑みを作り、花吹雪を楽しそうに眺めた。
いびき占いの文面を思いだす。『困難な課題が起こるが、それを自らで乗り越えられれば、うれしいことが起こります。』
俺様、彼女の笑顔でこの上なく嬉しくなった。生まれてよかった。美しく生まれてよかった。いびき占いフォーエバー。
大量の花びらが風に吹かれ、一部は店主の上に積もった。店主は気を失ったままだ。床で伸びている。心が浄化され、店主の表情が穏やかなものに一変した。星がまた少し平和になった。
醜さはもう去ったのだ。店主をここに放っておくわけにいかない。それは美しくない。俺様は店主に駆け寄った。
「もしもーし! 起きてください!」
「はっ……。ワタクシ……、ワタクシ、目が覚めましたわ。もう悪いことはしません」
俺様を見るなり、店主は頭を下げた。
「ワタクシ、綺麗さっぱり浄化されました。まるで心がすっかり入れ替わったみたい。前のワタクシはどうしてあんなにひどいことを……ううっ」
醜さは誰の心にも忍び込み、ときにヒトの美しさを飲み込んでしまう。店主はぼろぼろと涙をこぼし、体に巻き付けた布で顔を拭う。暮井さんは、一面の花を静かに見つめる。俺様は店主を許した。店主の嗚咽が激しくなる。
「乗っ取られたかのように悲劇を欲していましたの……。ワタクシ、ワタクシ……冬斗様のファン倶楽部に入ります。美しさ最高!」
「ああ、美しさは最高だ! 一緒に美しさを磨こう!」
親指を立て、白い歯を見せ、店主に笑いかけた。あっ、いけねっ。店主の瞳にハート印が浮かび上がった。
一連のやり取りを見て、暮井さんは不思議そうな顔を向ける。
「本当にもういいんですか? 泉美さん」
「ああ。いいさ。俺様の美しさを定期的に摂取すれば、アノヒトもきっと、もう醜いことは起こさないだろう」
「泉美さんが納得してるなら良いですけど」
俺様はリュックから、ファン倶楽部入隊書類を取り出した。店主に渡す。
嵐は過ぎ、平和になった。さて、帰ろう。店主は建物から脚立を出した。白い煙で目くらませしている間に、昇り降りをすませ、脚立を店に隠していたらしい。脚立が地面まで伸びた。
「じゃ、暮井さんから……あれ、暮井さん?」
その場を見渡すものの、暮井さんの姿は無い。地面を覗く。すでに暮井さんは地上に立っている。
「壁を伝って先に降りましたー」
「ええ……本当に身体能力がすごいな……」
まずは店主、次に俺様。足元に気を付けつつ、慎重に降りた。店主は地面に着くと、改めて謝罪と礼を口にした。店主は入隊書類を大事に抱え、壁や建物の解体に必要な道具を用意してくる、と山を去った。
「えーと、暮井さん、それは?」
「台車です」
降り立った俺様を迎えたのは、暮井さんと台車だった。台車の車輪はどれも土で汚れ、金属の取っ手は歪んでいた。
「親友から借りました。これで街とか山をすっ飛ばしてきました」
「親友に……。そうか。将来の仲人候補だな。今度、台車のお礼と挨拶に行こう」
「何か言いました?」
「将・来・の・仲・人・候・補って言いました!」
大きな声でハッキリと答えた。暮井さんは首を傾げた。可愛い。暮井さんに100億FUYUTOポイントを進呈する。1ポイントで1美しさと交換できる。
「うーん。聞き直してもよくわかりません」
俺様を呼ぶ声が耳に届いた。照とニエだ。振り向くと、ふたりの姿があった。ふたりは俺様を見るなり、速度を上げ駆けてくる。近くまで来ると、地面に座り込んだ。
「はあはあ……。やっと追いついたよ。暮井さん、速いね……」
「風のようだったヨ……」
ふたりは深呼吸を繰り返す。いくらか落ち着きを取り戻し、現在の状況について俺様に説明した。
なんでも、昼一の講義が終わり、大学にジョージさんが現れた。お金がきっちり溜まったことを、照とニエの前でウッカリこぼした。ふたりは、俺様がすぐ山に行くだろうと考えた。急いで駅に向かっていた途中、暮井さんと出会った。ふたりは慌てたあまり、暮井さんに全てをばらしてしまった。暮井さんは何も言わず走り出した……のが真相らしい。
続いて、俺様に起こった一連のできごとも、ふたりに話した。
「そうだったんだ。よかったね。冬斗」
「暮井サンに助けてもらったんだナ」
「本当にありがとう、暮井さん。俺様、純粋にお礼をしたい」
俺様は頭を下げた。運命の相手云々とは別に、命の恩人としてなにかを返したかった。しかし、暮井さんは俺様の申し出に首を振った。
「お礼はもうもらいましたから」
「いや、俺様何も……」
「まだ誰も見たことのない春を貰いましたから」
ひらひらと舞う薄水色の花びらを眺め、暮井さんは俺様に背中を向ける。そして、片手を上げ、手を振る。台車をガラガラと押して去る。
「ぎゅんっ! か、かっこいい……く、暮井さん! 一生ついていく!」
好きという気持ちが抑えきれない。俺様は暮井さんを追いかけた。口から心が飛び出した。
「く、きゅ、きゅれいしゃん! しゅ、しゅ、しゅぴでびゅ!!」
「それはいったい、何語なんだい」
「ポンコツ語だナ」
暮井さんはまた首を傾げた。やっぱり可愛い。100兆FUYUTOポイントを進呈する。期限は無限。イエア!
「ごめんなさい。よくわかりません」
「ううううう……ぐすっ。へへっ。ここで一句。ポンコツだ 俺様めっちゃ ポンコツだ。ぐすっ……」
ああ何故、告白の段になると途端に宇宙一ポンコツになってしまうんだ。照とニエが俺様の肩をポンと叩く。涙をぬぐいながら、ふたりの顔を見た。俺様に穏やかな笑みを送る。
「冬斗」
「プラス1して、4.5ナ」
「ちくしょう!」
振られ数を増やしたのち、いい加減日が暮れるので早く山を下りようとなった。いまさらになって、俺様の体に疲労が戻って来た。足がフラフラでまっすぐに歩けない。前を歩く暮井さんが、台車を指差して、
「乗ってください」
「ぎゅんっ……で、でも暮井さんだって、疲れてるだろう?」
「私なら大丈夫です。体が丈夫なのが取り柄なので」
「じゃあ、みんなで交代で押しながら帰ろうか」
「サンセー!」
山を下り、電車を乗り継ぎ、陽炎荘の最寄り駅に着いた。暮井さんとは駅で別れた。やることがあるから、と彼女は台車を押しながら、高校に戻った。
* * *
ニエと照に肩を貸してもらい、陽炎荘までの道を歩く。いつもより時間がかかったが、無事に陽炎荘に着いた。玄関の前に、シュカさんの姿が見える。
「冬斗さん! 無事でよかった、本当に良かった! あの子たちも心配してましたよ」
「あの子ッテ?」
「冬斗さんの子です」
「冬斗……、まさか……」
「フユト、オマエ……」
ふたりが肩から手を離す。俺様からさっと距離をとった。冷たい視線が俺様に刺さる。背筋が凍った。冷たいものは大の苦手なのだ。誤解はさっさと解くに限る。
「違うって! 俺様の美しさから生まれた新種の水生生物だよ!」
「なーんだ。冬斗、また新種を生み出したのかい」
「ネエ、そのシンシュって美味しイ?」
「食うな!」
たくさん動いて腹が減った。みんなでちゃぶ台を囲み、夕食を食べる。ニエは何度もおかわりを頼む。シュカさんは楽しそうに、ごはんをよそった。シュカさんにも今日の出来事を話したい。結局、今まで恋バナはできずじまいだった。夕食後、ゆっくりと話そう。ずっと夢だった恋バナだ。むふ。顔が勝手に笑顔を作る。
なにから話そうか。まず、名前。あっ、そういれば俺様、暮井さんの下の名前をまだ知らないのだ。ちょっと寂しい気持ちになって、眉が下がる。悲しい表情になる。ぐすん。でも今日の暮井さんの笑顔を思い出した。思わず心が温かくなった。へへへ。
「冬斗。なにさっきから百面相してるんだい」
「そうダゾ。ごはんは静かに食べなさイ」
「喋ってはないだろ」
「ふふふ。最近、ワタシも冬斗さんも忙しかったから。こんな風に楽しくご飯が食べられるのは久しぶりですね」
「ですね」
「これからはもっと楽しくなりますよ。なんと! 新しい方が陽炎荘に入ることになったんです」
「えっ! そうなんですか」
「はい。まだ確定じゃなかったので言えなかったんです。なのでここ最近忙しかったんですよ」
現在、陽炎荘の下宿生は俺様ひとりだ。昔は、満室だった時期もあったそうだが、俺様が去年下宿をはじめた頃には下宿生はゼロだった。進学や転職、転勤、様々な要因がたまたま重なって、下宿生が一度に出て行ってしまったらしい。俺様が下宿を申し込んだとき、シュカさんがすごく喜んでくれたのを思い出した。シュカさんは面倒見がよく、筋肉隆々の優しいヒトだ。新しい下宿生が入って嬉しいのだろう。シュカさんはニコニコ楽しそうに話す。
「なるほど。新しい方はどんな方なんですか?」
「気になるよね」
「ニエちゃんも気になル!」
「ふふふ。お名前は……」
ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「あ、きっと新しい方です! お迎えしないと!」
「俺様も行きます」
居間のふすまを開け、玄関に急ぐ。照もニエも後に続いた。玄関の扉のガラスに、ひと影が映る。シュカさんがスリッパを履き、扉を開けた。新下宿生が現れた。
「じゃーん! 暮井ハルさんです! みなさん、仲良くしてくださいね!」
暮井さんがいた。赤いジャージを着て、ポニーテールをして、前髪を数本のピンで留めて、あの暮井さんだ。俺様の運命の相手。彼女の隣に、ついさっきお世話になった台車があった。段ボールが台車にいくつか載る。
「……暮井ハルです。これから、よろしくお願いしますね」
困難な課題が起こるが、それを乗り越えれば、うれしいことが起こります。――、いびき占い。あなたはやっぱり本物だった。これから毎日読みます。心に固く誓った。シュカさんや照、ニエは暮井さんに向かって、よろしくね、と挨拶をした。いけない。俺様も挨拶しなければ。こういうのは最初が肝心だ。ビシッと美しく、決める。
「は、はい! 末永くお願いいたしまぴゅ!」
私と君と陽炎荘 第6話 「春は俺様が連れてくる!」 【 第7話へ続く 】
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