第2話 「俺様、諦めない!」
俺様は宇宙で一番美しい。そして、宇宙で一番愛する伴侶がいる。彼女との出会いはxx年前にさかのぼり、ふたりは幾度の困難を乗り越え、最終的に結ばれた。それはそれは幸せな日々を――、
「冬斗! 冬斗、起きろって!」
「はっ!」
「やっと起きた! なあ、何があった? 僕がわかるか?」
「……お前は……、えーと、照。俺様の親友の照だ」
ちゅんちゅんと鳥の声がする。少し肌寒い。朝が来た。俺様はまだ公園にいた。片手の拳を開くと、中から白いハンカチが。肩を見ると、照の両手。照の眼鏡が少し傾いている。俺様を起こすために、よほど勢いよく揺さぶったのだろうか。
徐々に意識が覚醒する。住宅街の小さな公園。周囲の住民や、報道陣が駆けつけて、ちょっとした騒ぎだ。レポーターが、ひとりの住民にマイクを向ける。
「えー、ここが事件のあった現場です。宇宙で一番美しい泉美沢冬斗青年は、昨夜気絶し、朝まで公園で固まったままだったとのことで……、住民の方に話を聞きました」
「(低い声で)はい、昨日お夕飯ごろ、いきなり公園が明るくなって、なにかなって思って窓を開けたんです。そしたら、冬斗様と、もうひとり、女の子がいました」
「そうなんですね。ふたりは何を?」
「(低い声で)冬斗様がなんかカクカク動いて、女の子に向かって頭を下げて、手を差し出したんです。その後、女の子がハンカチを渡して、早足で去っていきました」
「へへえ! それは事件ですね! あら、いけない、いびき占いのお時間です! 担当ふたりが長期撮影で不在のため、過去放送したいびきを編集して、占いをお届けします! いったんスタジオへ!」
レポーターがカメラをスタジオに返し、公園の雰囲気が少し緩んだ。照に手を引かれ、俺様は公園のベンチに座る。
「冬斗、下宿のカンリニンさんも心配してたぞ。昨日の夜から戻ってないって。いったい何があったんだ?」
「……運命の相手に会った」
「えっ!? ほ、本当に! よかったじゃないか!」
「……でも、振られた」
ギエーギエーギエー。照の叫び声が、早朝の住宅地に響き渡る。レポーターも住民もびっくりし、口を大きくあんぐりと開けた。レポーターは慌てて、カメラに向かって状況を説明する。
振られた、と改めて口に出すと、俺様の中に美しい悲しみが沸き上がる。上半身を前に倒し、両手を足の間で組んで、うつむく。
「え、ほ、ほんとに冬斗が振られたの? なにかの間違いじゃなくて?」
照は全く信じられない、といった表情で、俺様を凝視する。俺様がうつむいているので、照も上体を倒し、首をぐるりと回して俺様の顔を覗き込む。
「あんなにプロポーズの練習もしてたのに!」
「……いざ本番となると、全然駄目だった……、体が震えて、口が動かなかった。好きです、と言いたいのに」
「のに?」
「リズミカルにしゅしゅしゅしゅと繰り返すだけだった」
「汽車かい?」
「たしかに俺様は運命の相手に向かって走り出す、暴走機関車だしゅぽ」
「乗らなくていいから。で、どうするの。振られたってことは素直に諦めるの?」
「名前さえ聞けなかったしゅぽ……。でも!」
「でも?」
ベンチから立ち上がる。俺様は、拳をぐっと握り締め、天に掲げた。
「諦めるなんてそんなの美しくない! もう一度、告白するしゅぽ!」
決意を表明した。公園に拍手が巻き起こる。気が付くと、全宇宙美しさ連合の面々が集まっており、俺様を取り囲んだ。美しさ選手権が始まった。俺様の美しい決意について採点が始まる。
「う、美しい!」
「素晴らしい!」
美しさ連合の面々は手元の点数札を上げる。俺様のマネージャーであるジョージさんが司会を務める。
「おお、一兆点、一兆点、一兆点……、記録更新です! みなさん、点数札に油性ペンで勝手に桁をつけたしていますね。おや、ひとり、最後の審査員の方がまだ札を上げていないようです。難しい採点なので、どういう点数を出すか迷っているようです。あっ! な、なんと泣いています」
右端に座るウチュウ・ジンさんがはらはらと涙を流す。
「ワタシ、フユトサマノ ウツクシサニ、カンドウシマシタ。モット、テンスウアゲマス」
「ああっ、点数札が桁の足し過ぎでマックロに!」
「サービスデス」
「ありがとう! ウチュウ・ジンさん! 俺様嬉しい!」
「コノホシノ シンリャクヲ トメテ ヨカッタ。 サアミナサン コノウツクシサ ヲキネンシテ テヲトリアイ ウタイマショウ」
「それは良い考えだ」
みんなで手を取り合った。俺様も、照もジョージさんも、連合の方々も、レポーターもカメラ担当も、穏やかな心で歌う。
「ララル〜ポエポエ〜」
こうしてまた、俺様の美しさによって宇宙の平和指数が上がった。俺様は照と一緒に下宿に戻った。
* * *
「冬斗さん、心配しましたよ! 無事でよかった!」
下宿、陽炎荘(かげろうそう)に到着した。玄関からシュカさんが飛び出してきた。彼は陽炎荘のカンリニンだ。俺様の無事な姿を見て安心したのだろう。大柄で筋肉隆々の体を震わせ、シュカさんはおんおんと泣いた。
「連絡もせず、すみません。運命の相手に振られたショックで公園で気絶してました」
「えええ!? やっと会えたんですか! 良かった……。あれ? でも、振られたって、ええ!? 冬斗さんが!? 毎日自室でプロポーズの練習をしてた冬斗さんが!?」
シュカさんは眼鏡をはずし、涙をぬぐって、首を傾げた。彼の筋肉が信じられないという表情を見せる。
陽炎荘は俺様の通う大学の近くに位置する。木造の三階建て。三食付きで良心的な価格の下宿だ。卒業、転勤、等々で、以前の住民はみな引っ越し、今は俺様だけが下宿している。できるだけ運命の相手探しに時間を使いたい、と考え大学進学後、陽炎荘に引っ越したのだ。
「そうなんです。今まで色んな方に応援してもらったのに、情けないです。でも俺様諦めません! もう一度、彼女に告白します!」
「その意気ですよ! 冬斗さん! うっうっ、ワタシ感動して涙が……止まりませんっ」
「シュカさーん!」
「冬斗さーん!」
俺様たちはヒシと抱きしめ合った。ああなんて、美しい友情。そろそろ中に入らないか、と照の冷静な指摘を受け、俺様たちは一階の居間に移動した。広い居間、中央の丸いちゃぶ台の上に、朝食が並べてあった。
「僕の分までありがとうございます、シュカさん」
「いえいえ、お気になさらず。それで、冬斗さん、運命の相手さんはどこにいらっしゃるんですか」
相手の場所。俺様はてんで心当たりが無かった。もう一度告白をするにも、相手を見つけ出さなければならない。
「シュカさん、聞いてくださいよ。冬斗ったら、緊張して相手の子の名前も聞けなかったんです」
「あらあら……。名前がわからないとなると、他に何か手がかりはないんですか?」
手がかり。俺様はズボンを探る。中から白いハンカチを取り出した。昨日、公園で美しく泣く俺様に、彼女が差し出してくれた白いハンカチだ。
「……優しさに感謝」
「何やってるの冬斗」
両手に載せて、仰々しく高く掲げた。
「持ち上げられると、よく見えないんだけど」
「昨日、彼女は涙を流す俺様に、この白いハンカチを貸してくれた。ふたりのはじめての思い出……。はっ、記念館を建てよう! 思い出をひとつひとつ収めて、後世に残して……」
「おうおうおう……! おふたりの愛の歴史がここからはじまるのですね!」
「ああ、シュカさん泣かないで! というか冬斗、いいから早く見せて!」
照は膝立ちになると、俺様の手からハンカチを奪い取った。ハンカチを広げ、ひっくり返したり、回したり、相手につながる何かが無いか探している。
「照、せめて手袋をつけろ! 照の指紋がつくだろ!」
「あ、そっか、ごめん。相手の指紋が消えちゃったかも」
「違う! さっきまで俺様の美しい指紋と、彼女の指紋だけだったのに! お前の指紋が混じっちゃったじゃないか!」
「どういう着眼点なんだよ。怖いよ」
「あれ、ハンカチのすみの刺繡。ワタシ、見たことがあります」
腕を組み、シュカさんは目を瞑ってうーんと考え込む。
「シュカさん、頑張って思い出してください。俺様も手伝います。美しビーム!」
体内に溜まっていた美しさを手のひらに集め、シュカさんにぶつけた。シュカさんはビームを受け、光に包まれた。
「うわっ、まぶしっ! 脳内がまっぴかに……お、思い出しました! 昔、ここに下宿していた方が通っていた高校です! お洗濯してた制服に同じマークがありました」
「本当ですか! ありがとうございます。シュカさん。結婚式の仲人Sはお願いします」
「気が早いよ。あと、仲人Sってなにさ」
「安心しろ。照は仲人Tだ」
「仲人何人いるんだい」
「たしかワタシの部屋に、地図があったはず。持ってきますね」
シュカさんは居間を出て、自室に向かった。昨日からの急展開さに戸惑うが、ふたりの幸せな未来のために、ここで気合をいれなければ。彼女の姿を思い浮かべる。ああ、なんだか今から緊張してきた。次こそは、好きだ、と美しく告白できるだろうか。激しくなった動悸を抑えようと、少しでも落ち着こう。俺様は深呼吸を繰り返した。
「冬斗、顔色が賑やかだよ。なんかちかちか点滅してる」
「なあ、照どうしよう。緊張してきた。美しさの制御がうまくいかないんだ」
ジンセイはじまって以来の緊張感に、体の動作がおかしくなる。照は、俺様を見てフッと優しく笑う。
「好きにやれば良いんだって。決まったやり方なんてないんだ。冬斗なら大丈夫」
「だよな。お色直しが千回あっても、仲人が一万いてもいいよな」
「何日かけて結婚式やるつもりなんだい。いいわけないよ。いい加減結婚式から離れなよ」
しかし、仲人が一万人で収まるだろうか。ウチュウ・ジンさんたちも仲人をするとなると、とても大きな会場を借りなければならないかも。
「シュカさん遅いなあ。俺様も一緒に探してくるよ」
「僕も行くよ」
ふたりで立ち上がり、シュカさんの部屋に向かおうと居間を出た。玄関前の廊下に移動すると、呼び鈴がけたたましく鳴った。玄関扉のガラスの向こうにヒトの影が見える。髪の毛がピョンピョン無造作に跳ねた影。心当たりはひとりしかいない。俺様は土間に降り、鍵を開けた。
「おはようございマース! 仲人Nデース!」
ニエがやってきた。彼女は、大学で知り合ったヘンジン兼ユウジンだ。ところどころに墨をぶちまけたシャツとオーバーオールを着て、右手にスケッチブックを持ち、目を輝かせて俺様を見る。彼女の左手が激しく動く。
「フユト! お前振られたんダッテ? 記念にニエちゃんに顔をスケッチさせロ! もう描いた! 今度のネタに使ってもいいよナ?」
「勝手に使うな!」
彼女と言い合いをしていると、シュカさんが地図を片手に登場した。
「あら、ニエさんもいらしてたんですか。どうぞ、あがってください。朝食も余ってますし」
「アリガト! シュカ大好き! おジャマしまース!」
俺様、シュカさん、照、ニエでちゃぶ台を囲む。シュカさんが、地図を広げ高校を指す。ニエは遠慮なしにばくばくと朝食を食べる。場所はわかったので、高校の授業が終わるころ、実際に行ってみようという結論になった。
昨日のような失敗を繰り返さないために、実践を想定した練習を行う。照とニエは暇だから、と付き合ってくれた。俺様は自室から、必要なモノを一階に運んだ。
マネキンを庭に置き、花束を手に持って、スラスラと求婚のコトバを口にする。照とニエは縁側に座って、俺様の練習を見た。ふたりに感想を求める。
「どうだ?」
「うーん。優雅でそつなく、すらすらと言えてるし、特に問題は無いと思うけど。ニエはどう?」
「ウーン。テルと同じかナ。別にモンダイないと思うヨ」
「もっと美しさを上げたほうがいいと思うか?」
「それ以上上げなくていいんじゃないかなあ」
「テルに賛成。ふわあ、なんかネムクなってきタ」
ぽかぽかとした陽気がニエの眠気を増幅させる。あろうことか、ニエは縁側に横になり、大口開けて寝始めた。
「お前らもっと真面目に意見をくれよ。はい、そこでカウンター! ストレート! 三回転! 大盛り! おかわり! とか、そういうの」
「冬斗はどういうプロポーズを想定してるんだい」
「むにゃむにゃ……アト五年……」
「ほら、もう一度やってみるから、改善点を指摘してくれ」
さっきと同じことをやってみせた。照はぱちぱちと拍手を送る。ニエはいびきをかいた。
「本番でそれが披露できるなら、大丈夫だと思うけどなあ」
「よし。昨日は失敗したが、今日こそは……。おいニエ! そろそろ起きろ!」
「むにゃむにゃ……アト五十年……」
* * *
「冬斗さん、いってらっしゃい! お祝いの用意して待ってますからねー!」
あれから幾度も、マネキン相手にプロポーズ練習をした。寸分違わずのプロポーズの繰り返しに、照とニエは少々うんざりした表情を見せた。シュカさんの地図を頼りに、高校までたどり着いた。ちょうど、終業の鈴が鳴り、ちらほら生徒が校舎から出てくる。俺様たちは黒いサングラスをかけ、校門の脇に並び、下校する生徒を眺める。彼女が現れるのを待つ。
「探すって言ってもなあ、僕とニエは彼女の姿を知らないし」
「フユト、一体どんな子だったノ?」
運命の相手を思い浮かべた。彼女は、そう――
「すごく優しい子!」
「それで、探せると思ってるのかい?」
「ああ!」
呆れた表情をして、照はため息をついた。ニエが照の肩を叩く。
「コイはヒトをアホにするって言うからネ」
「……冬斗、外面の特徴は?」
「赤いジャージを着てた気がする」
「みんな赤いジャージ来てるしなあ」
「あとは……、たしか髪の毛をひとつにまとめていたような」
「あ、アノコ! フユトの言う条件に合ってるヨ!」
「えっ」
ニエが指した方を見る。”彼女”だ。昨日とほとんど同じ格好だ。ジャージの上着を腕まくりし、中に白っぽいシャツを着ている。ひとつひだの黒いボックスプリーツスカートの下から、ジャージの半ズボンが見える。リュックを背負い、校門に向かって”彼女”が歩いてくる。とたん、心臓がどくどくと激しく動き出す。緊張で手足が震え、思わず反復横跳びをしてしまう。
「しっかりしてよ、冬斗。高速で横跳びしすぎて、ふたりいるように見えるよ」
「フユト! 頑張レ!」
「ほらニエもこう言ってるし」
「お前なら宇宙一の反復横跳び選手を目指せル! サンニンに見えるようになるまで動ケ!」
「ええっ!? ニエもしっかりしてよ! 反復横跳びじゃなくて、告白しに来たんでしょ!」
彼女が校門をくぐる。距離が縮まる。照とニエが、高速で動く俺様をとっ捕まえて、背中を押す。俺様は片足で跳ねながら、よたよたと彼女の前に躍り出る。彼女が歩みを止める。俺様はサングラスを外した。
「あなた、昨日の公園にいた変なヒト。えっ、また泣いてる……」
「ふたりの出会いに感謝……」
長年探していた彼女に出会えたという事実が、俺様の涙腺を総攻撃する。涙が止まらない。生きててよかった。
「なにやってるんだい、冬斗。ほら! 練習通りにやればいいんだよ!」
背後から、照が小声で応援する。目的は、すぅ、とひとつ息を吸って、俺様は彼女にプロポーズをした――、
「……あの」
「はあ」
「あの、お、俺様は泉美沢冬斗って言いますうううう。ハンカチ、うふっ、ありがとうございました! あなたの、お、おおおおおお名前はなんと言うんですかぁっ。ハァイッ!」
つもりだったが、極度の緊張で全然予定にないコトを口走ってしまった。照のため息と、ニエの笑いをこらえた声が聞こえる。また手足が震えだす。
「冬斗! 止まってプロポーズするんだよ! また反復横跳びしてるよ!」
横跳びのせいで、彼女が二重に見える。ちょっとお得感がある。眉をひそめ、彼女は怪訝な面持ちを俺様に向ける。
「……怪しいヒトに名前を教えるなとセンセイから注意されてますので」
「俺様、全然怪しくないよ! 単に美しいだけ!」
「そんな返し聞いたことネーヨ」
「私、急いでますので」
彼女は、リュックのヒモを握り締め、俺様の横を通ろうとした。なんてことだ。まだ、ろくにプロポーズができていない。俺様は、彼女をなんとか引き留めようと横跳びの幅を大きくした。彼女が足を止めた。目の前の彼女の顔が引きつった。好感度が百下がった。ニエの爆笑する声が聞こえた。
「なんでだよ! あーもう見てられない! ニエ、行くよ!」
「エー、ここからが面白くなりそうナノニ……」
照とニエが、俺様の元に駆け寄る。照が彼女を引き留め、ニエは俺様の足を止めた。
「ごめんね。怖いし驚いたよね。でも僕たち、本当に怪しいものじゃないんだ。僕は、池園照。この子はニエ。近くの芸大に通ってるんだ。ほら、これ学生証。嘘じゃないよ。冬斗もニエも出して」
「出すかラ、ちょっと待ってネ……ヨシ! 103センチ! 新記録が出たゾ! フユト!」
「俺様、感無量です。辛い練習が身を結びました」
「誰が反復幅跳びの記録出せって言ったよ! そもそも、反復横跳びは回数だろ。いや違う、学生証だよ、学生証出して! メジャーをしまって!」
三枚の学生証を眺め、彼女は俺様たちの素性を一応信じたようだ。いぶかし気な表情ながらも、話を聞いてくれる姿勢になった。照に感謝。持つべきものは親友だ。あとで、反復横跳びの奥義を教えてやろう。
「私は暮井と申します。それで、芸大生さんがなんのご用でしょうか。見ての通り、ここは芸術とは全然関係ない工業高校ですけど」
「えーとね。冬斗が君に言いたいことがあって。ほら早く言えよ!」
「わかった! あの……あの……むっ、ぐむっ、……」
まただ。昨日と同じ。愛のコトバを告げようとすると、途端に体が固まる。喉に粘土が張り付いたような、唇の境目が解けて口が無くなったかのような、美しい石像にでもなったような。まるで、呪いにかけられたみたいに。コトバがでない。彼女は、大きくため息を付き、前に一歩踏み出した。
「……もう行っていいですか?」
「ああ埒が明かない! こうなったらもう僕が伝える! 冬斗がね、暮井さんを……」
「美しチョップ! あっ、口が動いた!」
「ぎえっ! 痛い!」
「照、俺様が直接言うから!」
「じゃあ、早く言ってよ!」
「……相変わらず、変なヒト。あの、いつまでかかりますか。私、約束があるんです」
今度こそ彼女が去ってしまう。早く伝えなければ。俺様はすぅと息を吸って、吸って、--また停止した。原因不明の硬直に、脂汗が出る。なぜ、どうして、と疑問がぐるぐる頭を駆け巡る。視界が真っ暗になる。なにかが俺様の唇に触れた。ま、まさか……。そんな大胆! なんて歓迎! テンションぶち上げ!
「フユト! ニエちゃんが助けてやるからナ! テル! 上唇持っテ! ニエちゃんが下唇を引っ張ル!」
「わかった! うわっ、硬い! 離れない! 瞬間接着剤でもつけたのかい!?」
まさかの、照とニエの両手だった。俺様のテンションが1000下がった。ふたりはなんとか俺様の口をこじ開けようと、手に力を入れ、必死に動かす。
「いててててて! やめろ! 裂ける! 俺様裂けちゃう! 分裂しちゃう!」
「よし開いた! ほら言え! 冬斗!」
「あの、……」
「また閉じタ! おらっ、早く言えヨ!」
気持ちを告げるコトバを発しようとすると、口がかたく閉じてしまう。ふたりは俺様の口をひらいたままにしようと、全力で口をこじ開ける。痛い。
「いてててて! 裂けるって! 俺様がふたりになっちゃう!」
「冬斗、分裂増殖するのかい!?」
「そうなったら、大変なことになる! ふたりの俺様が、彼女を取り合って、熾烈な争いが……あっ、そっかあの子もふたりにすればいいのか」
「こえーヨ!」
「そうすればダブルデートができる! へへへ、遊園地に水族館に。えへへへ」
「自分のクローンたちとデートって、ダブルデートになるのかい? というか、それだけ口が動くなら、さっさと言いたいことを言ってよ!」
「……」
「あっ、また口を閉じタ! イタッ! 巻き込んでる! ニエちゃんと照の手を巻き込んでるってバ!」
はた目にはわからないだろうが、俺様はなんとかコトバを絞り出そうと、口を動かそうとする。しかし、無理だった。いったい、俺様の体に何が起こってるんだ!
暮井さんは振り返り、校舎の壁に設置された時計を確認した。彼女の顔に焦りが浮かぶ。
「……いけない! 遅れる! あの、失礼します!」
「待っ……」
願い空しく、彼女は走り去った。照とニエは、俺様の口に手が巻き込まれた状態だった。よって、ふたりは彼女を引き留めるように動けなかった。彼女が去り、体がもとに戻る。べちゃべちゃの手で、照とニエに頭をはたかれた。
* * *
「えー、ただいまから俺様、泉美沢冬斗の決意演説を行います。今まで、応援してくださった方々。本当に申し訳ない。俺様、恋の病の副作用によって、何故かうまく告白できないようです」
”あんたが美しい”と書かれたたすきを斜めがけにし、お立ち台に上がる。公園で演説を行った。昨日と同じ、夕飯時にも関わらず多くのヒトが詰めかける。
「しかし、これは成功への単なる通過点でございます。俺様、泉美沢冬斗は決して諦めません。早急に原因究明を行います。美しく、しつこく、一世一代の恋を成就させるためこれからも精進してまいります。引き続き、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
割れんばかりの拍手と応援のコトバが公園に飛び交う。
「冬斗様ー! がんばれー!」
「ウチュウヲ アゲテ オウエンシテマス。 ガンバレ フユトサマ!」
「冬斗さああああん! ううっううっ、きっと思いが届く日がやってきますよ! ううっううっ」
「みんな! ありがとう! この御恩は美しさの利子をつけて返します!」
お立ち台を降りる。ジョージさんが演説終了を知らせ、集会は解散となった。シュカさん、照、ニエ、俺様、皆で連れだって、陽炎荘まで歩く。
「それにしても、いざ告白ってなると、どうして石みたいに固まっちゃうのかなあ」
「ナゾだナ」
「不思議ですよねえ。練習はあんなにビシっと決まってるのに」
「ぐぬう……俺様にもわからない。マジョの呪いでもかかったみたいだ」
「これデ、振られ数は2か?」
二回も振られた。美しくない悲しい事実に俺様の心が重くなる。なんとか悲しみを減らせないだろうか。
「ニエ、ちょっとオマケして1.5で頼む」
「オマケってなんだい、冬斗」
「しょーがないナ。今回だけダゾ。じゃあ1.5ナ」
振られ数が1.5になったものの、もうこれ以上数字を増やしたくはない。今度こそは、告白を成功させたい。なにか良い案はないものか、と考えを巡らせる。隣を歩く照が、神妙な表情を作る。
「うーん、きっとあの子、冬斗に悪印象を抱いてるよね」
「……ちょっとオマケして中印象にならないか?」
「しょーがないナ。今回だけダゾ」
「なんでニエが許可を出すんだい。ならないよ」
たしかに、照の言う通りだ。昨日と今日の大失態で、彼女の印象は最悪も最悪だろう。違う策を考えなければ、同じ失敗の繰り返し。決意をこめる拳。おいしい晩メシ。今こそ恩返し。美しい志。イエア。
自然にラップを刻んでいると、ニエがひとり前に出て、スケッチブックを開く。左手でさらさらと、紙に絵を描く。
「ニエちゃん、良いこと思いついタ! 練習にリアリティが足りなかったんだヨ!」
スケッチブックをこちらに見せる。暮井さんにそっくりの似顔絵だ。ニエはスケッチブックを持ち、俺様にぐいぐいと突き付けた。
「さあ、フユト! ほら!」
俺様は――、
「あっ、あの、あの、むっ、ぐむっ、……お、俺様、俺様、……」
無言。仲間の視線が痛い。ニエは諦めて、スケッチブックを閉じた。俺様はひざから崩れ落ちた。まさか、自分がここまで、ここまで……、
「わかった……。わかったぞ。俺様、性能を美しさに極振りしたせいで、恋愛方面がクソポンコツなんだ。宇宙一”ポンコツ”美青年なんだ」
瞳から美しい涙がこぼれ落ちた。
「冬斗さん、なにもそんな風に言わなくても」
シュカさんが俺様の肩にそっと手を置き、励ましてくれる。
「わかりました。訂正します。”ポンコツ”宇宙一超美青年にします」
「シュカが言いたかったのは多分そこじゃナイゾ」
「こっそり”超”を付け足さないの。事実だけどさあ」
「よし、それじゃあ原因がわかったところで……どうすればいいんだ?」
みながはあ、とため息をつく。俺様の美しい恋路は、前途多難である。
私と君と陽炎荘 第2話 「俺様、諦めない!」 【 第3話へ続く 】
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