私と君と陽炎荘
丸目 瞠
第1話 「春はまだこない!」
これは、宇宙一美しい青年・泉美沢冬斗の、宇宙一ポンコツな恋物語である。
* * *
俺様は宇宙で一番美しい。もちろん、失恋なんてありえない。告白を受けた回数は一兆を超えたあたりから数えていない。この星において、俺様への平均告白回数は実に725回。老若男女、犬、猫、ミジンコ、あらゆる種族から絶え間なく求愛される。美しいからだ。俺様の美しさの歴史は、胎児まで遡る。
胎児のころ、俺様の美しさによって、母のお腹は光り輝いた。母さんは、暗いところが照らせるので、掃除などの家事に意外に便利だったと語った。出産に立ち会った医者は、俺様の美しさに目を潰されないよう分厚いサングラスをして、誕生の瞬間に備えた。俺様が生まれ、病院の周囲半径二キロは光り輝いた。
赤子のころ、とあるおむつの包装に俺様の写真が使われた。両親曰く、応募した覚えが無いらしい。誰かが勝手に応募した。もしかしたら、写真に足が生えて、おむつ会社まで乗り込んだのかもしれない。おむつは瞬く間に売り切れ、争奪戦が起こった。
三歳のころ、最も美しいひとに殿堂入りした。どうせ俺様が毎年一位になるだろうと見込んでの、予約殿堂入りである。
俺様の美しさは、成長と共に磨きがかかり、誰かが宇宙に向かって電波を放ったのか、知的生命体が俺様を見に、この星へ接触してきた。年に一度の、お菓子を送りあう祭典では、俺様宛てに競技場数十個分の贈り物が届く。
俺様は宇宙で一番美しい。俺様を構成するすべてが隅々まで美しい。その美しい脳で、物心ついたころから、俺様はハッキリと理解していた。俺様には運命の相手が存在する、と。この美しさはきっと、運命の相手と幸せに平和に暮らすために授けられたのだ、と考えた。
だから、俺様は運命の相手を探した。捜索と並行して、ふたりが幸せに過ごせる準備をした。手始めに、美しさで星を平和にした。争いや悲劇があっては、運命の相手と楽しく過ごせないからだ。星を飛び回り、ひとびとの心を美しさで浄化した。険しい顔をするヒトに、俺様の美しさを浴びせ、なにかを憎むココロを爆発四散させた。美しさは心の余裕を作るのだ。星の平和指数が飛躍的に向上した。
それから、プロポーズの練習をした。絶対に宇宙で一番美しいプロポーズをしたい、と思い、スポーツの強豪校さながらの練習を行った。運命の相手を探す合間を縫って、走り込み、筋トレ、発声練習、その他必要そうな練習はすべてやった。学校の校庭に、運命の相手を模したマネキンを置き、花束を買ってきて、愛の言葉を完璧に覚えるまで練習した。時には、血を吐くほどつらく厳しい練習だった。俺様の美しい意志に共感した監督経験者が多数集まり、指導してくれた。ときには、方向性の違いで揉め、解散の危機に陥ったが、話し合いで美しく解決した。様子は、逐一地元の放送局が放映した。番組は最高視聴率を記録した。完璧なプロポーズが完成した際には、胴上げ、拍手、喝采が起こった。あのとき、協力してくれた方々には頭が上がらない。
俺様のプロポーズの言葉は、あらゆる言語に翻訳され、プロポーズの決まり文句となった。ああ、美しい。どんどん使ってくれていい。それで星がもっと平和になれば、運命の相手とも素敵に過ごせるはずだ。
幸せになる準備は万端だ。
唯一の問題は、約二十年間探し続けたにもかからわず、運命の相手がいまだに見つからないことだ。
俺様は宇宙で一番美しい。もちろん、失恋なんてありえない。が、そもそも、恋をしたことがないのだった。
* * *
爆発音が聞こえて、幕は黒に変わった。観客が拍手する。観客は次の劇を求め移動した。彼らの背中を見つめる。--、とても、そんな気分になれなかった。
* * *
”第2080回 運命の相手 大捜索会”、商業施設の天井から、白い幕が垂れさがる。俺様は映画館を出て、一階へ向かう。途中、エスカレーターの手すりから一階を覗いた。映画館は最上階に位置し、その真下の一階は催し用の広間があった。広間はヒトをはじめとしたさまざまな生物であふれる。大混雑だ。捜索会に参加する老若男女等々が行列を作る。彼らの中に、俺様の運命の相手がいるのかもしれない。今日こそは、と気合を入れ、美しい頬を叩いた。
視線を上げると、ついさっき鑑賞した映画の宣伝広告が見えた。朝一、かなり早い時間の上映にしては観客が多かった。近くから聞こえた会話によると、とても評判が高く、面白さ溢れる作品で、続編が次々に作られている、らしい。俺様は映画の内容を思い出す。古風な舞台設定で、とある青年の恋模様を描いた作品だ。青年は、愛するひとのためその身を捧げて奮闘するが、結局恋敗れた。彼の最後の台詞を思い出した。
「春はまだこない」
一階に降りると、マネージャーが俺様を迎えた。彼に案内され、ヒトの波をかきわけて進む。白い布がかかった細長い机の後ろに立つ。机の前に、警備員がずらりと横に並ぶ。警備員と観客の間に黄色いテープが貼ってあった。テープの向こうで、開始をいまかいまかと待つヒトビト。隣のマネージャーが、拡声器を掲げ、
「では、ただいまからー! 運命の相手 大捜索会を開始しますー!」
警備員がテープを切った。その号令と共に、どどどどとヒトが押し寄せる。ひとり目、違う。お礼を言い、手を握った。ふたり目、違う。またお礼を告げ、美しさを浴びせた。気絶した。果たして、運命の相手は見つかるのだろうか……。
* * *
両手と口が痛い。最後のひとりまで、俺様は美しく対応し続けた。結局、運命の相手は現れなかった。マネージャーが隣で、最後の方にハンコを押す。大捜索会に何回来たかを示すハンコだ。大捜索会は、俺様の運命の相手の捜索はもちろん、俺様のファン――、俺様のファンは”大羊(おおひつじ)”と呼ぶ。迷える羊ではない。俺様の美しさがすべて、道を示すからだ。ホンモノの子羊がやってきても、大羊、と呼ぶし、犬猫が来ても、大羊、と呼ぶ。――、大羊に向けてのサービスイベントの側面も強く、俺様の美しさを接種したい大羊たちがやってくる。一回接種すれば、数年は抗体が作られる。この抗体があれば、俺様を見ても、美しさに圧倒されて倒れずに済むのだ。落ち着いて美しさを享受することができる。
美しさを配布するのは、俺様の義務みたいなものだと思っているが、収穫がずっとゼロだとさすがに落ち込む。俺様は、最後の参加者を見送った後、机に突っ伏した。顔の横で、白い布がシワを作る。隣で、マネージャーは撤収作業をしながら、俺様に声をかけた。
「今日もいなかったみたいですね。運命の相手」
顔を机に付けたまま、力なく頷いた。ああ、本当にどこにいるのだろう。俺様は後片付けをマネージャーに任せた。商業施設を出た。まだ正午を少しすぎた頃だ。俺様は、走り出す。運命の相手を探して走る。プロポーズ練習で身に着けた、美しい走り方で街を駆け抜ける。監督、ありがとう。俺様は走る。運命の相手に向かって。
「どこにいるんだああああああ! 俺様の! 運命の相手!!」
海に行った、港に行った、海沿いの遊園地に行った。俺様の美しさ目指して寄って来た大羊たちに、美しさを分け与えた。ヒトの心に余裕が増えた。星がまた平和になった。運命の相手はいなかった。
山に行った、登山道を上った、温泉に入った、牛乳を飲んだ。美味かった。俺様の美しさに気絶した猿や熊を、美しさで救った。彼らは、ヒトと平和に生きていく、と約束してくれた。星がさらに平和になった。運命の相手はいなかった。
街に戻った、駅ビルを駆け抜けた、ライブ会場を通った、ゲストとしてパフォーマンスをした、大通りを走った。すれ違う、ヒト、動物、虫を素早く確認する。いない。どこにもいない。運命の相手は、いない。交通量の多い横断歩道の前で、膝をついた。行きかうヒトビトの顔を見る。やはり、いない。もう夕方がやってくる。道路は薄くオレンジ色に染まる。俺様は、顔を天に向け、咆哮した。
「絶対、絶対に見つける! 諦めるものか! あああああ!!」
決意を込め、タンバリンを取り出した。即興曲を披露する。
「これが、俺様の! 永遠に折れない美しい意志だあああああ!!!」
生まれ変わってもAI SHI TE RU ZE ~第七二五章~ 作詞・作曲 泉美沢冬斗
あぁ~ きみはどこにいるのか~ おそらく星のどこかにいるはず~
どんな姿でも形でも構わない~ ひとめ見ればわかるはず~
死んでも生まれ変わっても~ 愛してる~
でもそろそろ見つけたい~ お願いします~
ご住所をご一報いただければ~ すぐ馳せ参じ候~
(ラップ部分)
俺様向かう サマザマ 結果は コノザマ 士気を上げろ 響けコトダマ
君はどこかな 待ってるのかな 言わずもがな
絶対会いたい 案外運命 零勝全敗 俺様止まらない
そろそろ言いたいプロポーズ ばっちり決めるぜガッツポーズ
勝手に作ってる君のグッズ 君を見つけたい望遠レンズ 夢見ているの思いがけず
(間奏 二秒)
あぁ~ この声が聞こえたら~ 返事してくれたら~ うれしいな~(ハァイ!)
君と暮らしたい~ どんな次元に~ 生まれ変わっても~ 君を探し出すYO~ 遠慮は無しだYO~(YOYOYOYO)
俺様と一緒なら~ 毎日三食美しさ付きだよ~ (わあお得!)
※だから~ 教えて~ 君の居場所~ できれば郵便番号付きで~ プリーズ ユア ジュウショ~ 会いに行くよ~※
※印繰り返し ×3
「ありがとぅっ!」
最後にタンバリンを高く掲げ、面を力強くかつ美しく叩いた。曲は終わった。集まった観客の、拍手と感動の泣き声がやまない。方々から声援が届く。
「冬斗様ー! 頑張れー!」
「応援してるからなー!」
「冬斗様ー! 美しいぞー!」
「羊にしてぇー! ウェルダンに焼いてぇー!」
「こっちにも美しさ頂戴!」
観客から美しさの注文が入った。俺様は快く応える。目を瞑り、意識を集中させ、
「あいよっ、美しさ一丁! 受け取りな!」
俺様は、体内外で練り上げた美しさを粒にして、観客に飛ばした。観客は粒を吸収し、満面の笑みを作る。即席のライブは惜しみない拍手で幕を閉じた。俺様の肩を誰かが叩く。まさか、まさか。俺様の美しさに引き寄せられた、運命の相手か。心を跳ねさせながら振り向くと――、
マネージャーだった。大捜索会の撤収を終え、いつの間にか俺様に追いついていたようだ。マネージャーの瞳はサングラスの奥で弧を描き、俺様に向かってビシッと親指を立てた。マネージャーは録音機材のついたパソコンを操作する。もう片方の手には、タオルとスポーツドリンク。ホントに敏腕なマネージャーだ。俺様は、美しい愛の叫びで乾いた喉を潤した。
「冬斗さん。ちゃんと録音して、配信サービスに登録しました」
「マネージャーさん……。いつもありがとうございます。助かってます」
「きわめて美しい声に、乱高下して行先のわからない音程、予測不可能な拍子。今回も曲としての体裁ギリギリを責めた挑戦的な曲でしたね。すばらしいギリギリさです」
彼は、パソコンの画面を俺様に見せた。折れ線グラフが映る。線は、九十度に右肩上がりし、画面を突き破る勢いで伸びる。
「ほら、見てください。もう売上新記録を達成しました。激励のコトバも続々届いています」
「うう……。俺様、みんなの美しい励ましに感動です」
「売上はいつものように、寄付、でいいんですよね」
「はい。俺様の美しさは、運命の相手、それから平和のために使うと決めてるんで」
俺様はタオルで汗で拭い、スポーツドリンクを一気に飲み干した。曲を披露している間に、すっかり夕方だ。でも、俺様は止まらない。
「マネージャーさん。行ってきます」
「はい、いってらっしゃい。今度こそ、冬斗さんの運命の相手が見つかるよう祈ってますよ」
観客の応援のコトバを背に受け、俺様は走り出した。まだ見ぬ、運命の相手を見つけるために。
* * *
「春はまだこない」
足元に、桜の花びらの欠片が見える。随分と前に散った花びらは、茶色に変色し、土に還る途中だった。花びらを拾おうと、しゃがむ。手のひらにぽつんと乗った花びらを握り、ブランコに乗った。足で地面を蹴る。キイキイと金属がこすれる。俺様の体がブランコに合わせ、揺れる。
下宿から近い公園に、俺様はやってきた。空は夕焼けを押しやって、黒色に変わる。住宅街の真ん中にある公園は、夕飯どきだからか、こどもひとりいない。ひっそりとする。
生まれてから約二十年。近場から遠くまで、いろいろな場所を探した。でも、運命の相手は見つからない。手のひらに花びらを隠し、ブランコのチェーンを握りなおす。もう一度、地面を蹴った。ブランコが揺れる。今日見たあの映画の結末のように、俺様にも春はこないのかもしれない。
美しい鼻の奥がツンとして、美しい胸が痛み、美しい手足がザワザワして、視界が美しい涙で滲んだ。俺様は、幾度も繰り返したコトバを、監督たちと一緒に練習したコトバを呟いた。いつになったら直接伝えられるのか。涙がポタポタと地面に落ち、美しい模様を作った。もしかしたら、運命の相手はすでにいない、もしくは、ずっと後に生まれてくるのかも。だとしたら、
「ぐすっ。ぐすっ。ダイムマジン……。うつぐじいダイムマジンでもづくらないど……、でもおれざま……」
ざりざりと砂を踏むような足音が聞こえる。
「あの、大丈夫ですか」
地面だけが映っていた俺様の視界に、ハンカチが現れた。白無地、布の隅にえんじ色で小さな刺繍が見える。ほっそりとした手が差し出したハンカチは、俺様の瞳から落ちた涙を吸って、濃い灰色に変化する。
「どうぞ」
なんと優しいひとだ。礼を言おうと、顔を上げた。目を見開いた。ビインと衝撃が脳を貫いた。足が宙に向いた。背中が地面にぶつかった。ブランコから落ちた。砂まみれになった。擦り傷を負った。でも、痛みは感じない。
見つけた。やっと、見つけた。運命の相手だ。
俺様は急いで体を起こし、そのひとの前に立った。赤いジャージの上下を着て、髪をひとつにまとめ、こちらを不思議そうに見つめる。まさかこんな近場で出会えるなんて。いや、この際、出会った場所なんかどうでもいい。出会えた奇跡に感謝。連日連夜。俺様頑張り屋。フゥッ!
ふたりの間に沈黙が流れる。よし、プロポーズしよう。思い立ったが吉日。今までの練習の成果を見せるとき。監督、みんな、見ていてください。俺様、やります。決めます。唇にぐっと力を入れ、
「……あなたさっき……、それよりも、大丈夫ですか?」
「……」
「……大丈夫ですか?」
「……」
なんてことだ。声が出ない。瞬間接着剤のごとく、糸で縫われたがごとく、溶接されたがごとく、唇が一ミリも動かない。頭にはハッキリとコトバが浮かぶ。しかし、呪いにでもかかったのか、口が動かない。愛のコトバが紡げない。喉から口内に上がってこない。体内に関門が突貫工事された。慌てて、両手で唇をこじあけようとするが、びくともしない。
ええい! こうなったら、美しさ攻撃しかない! 俺様は、体内でありったけの美しさを錬成し、体外に放出した。辺りがきらめく。周囲の家も、いきなり明るくなった外に驚き、なんだなんだと窓を開けた。
運命の相手は、俺様のまぶしさに目を細める。いけない。このままでは、美しさで相手を蒸発させてしまう。俺様は、ちょっと出力を抑えた。
心臓が、激しい鼓動を奏で、目が右往左往する、視界が揺れる。開け俺様の口! 美しい願いが通じたのか、俺様の唇がちょっと動く。今だ! プロポーズのコトバを言うのだ! あれ、緊張して頭が真っ白だ! とにかく何かを喋るのだ!
「あの!」
「……?」
「あの! しゅ、しゅ……」
「はい」
「えーと、あの!」
「はい」
「あの……しゅしゅしゅしゅ」
あの、の後がうまく出てこない。好きです、と続けたいだけなのに。俺様の唇は空気をしゅしゅしゅと不格好に漏らすだけだ。
もうこうなったら身体言語しかない。俺様は、なんとか腰を直角に曲げ、手を前に差し出した。瞳をきつく瞑る。ざりざりと足音が聞こえる。運命の相手は俺様の近くまでやってくる。きっと、返事は”ハイ”だ。それしかない。脳裏に浮かぶ、これからの幸せな日々。幸せなデートをして、プロポーズをして、結婚して、温かい家庭を作り、最後は同じ墓に入り、次のジンセイも――。差し出した手に、ほんのりとした温度を感じた。やった。やりました。今まで応援してくださった方々に深く感謝を申し上げ、
「変なヒト」
手にあったのは、ひとつのハンカチ。彼女は、俺様の隣を過ぎると、振り返りもせず公園を出て行った。
俺様は宇宙で一番美しい。とうとう、運命の相手に出会った。
そして、振られた。俺様に春はまだこない。
私と君と陽炎荘 第1話 「春はまだこない!」 【 第2話へ続く 】
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