告白
でも、その沈黙を破った言葉は予想外のものだった。
「…なぁ、なんで電話で言おうと思ったんだ?」
怒っている口調ではない。
彼はただ純粋に、答えを知りたがっている。そんな気がした。
「…バレンタイン、渡したかったんだけどさ」
「え、俺に?」
「うん。でも、勇気が出なくて」
「そっか…」
「私、ずっと自分のことが嫌いだった。告白できないのが情けなくて、いつも何かから逃げていることが惨めで。──だから、変わりたかったんだ、今の私から。それで思わず電話しちゃって…」
池山君は黙って耳を傾けてくれている。
その時、はっとした。
彼の立場になってみる。
夜中にいきなりクラスの女子が電話をかけてきて、こんな長話をされて、さらには告白までしてきたら…。
「…ごめんね、迷惑だったよね。こんな時間に電話して、しかも変なことしゃべって…」
「大西は変わったと思う」
池山君の声が、今までで一番はっきりと、耳の奥に流れ込んできた。
「もちろん、いい意味で。こうやって伝えてくれたんだからさ。めちゃくちゃ勇気いるよな、告白するって。もし大西が変わってなかったら、そんなことできないんじゃないかな」
あぁ、私は、池山君のこういうところを好きになったんだ。
「だから、すごいよ。自信持っていいって」
もう言葉が出てこなかった。
何か彼に返事をしないといけないんだと、頭の中では分かっている。
でも、今の複雑な心情を表す言葉なんてないんじゃないかとも、同時に思う。
──池山君。
あなたが生きていてさえいれば。
私は素直に言葉を受け止めることができるのに。
「…俺も、好きだよ」
不意打ちだった。
大きく見開いた私の目から、透明な雫が、頬をつたってこぼれ落ちた。
もうこの世にいない池山君の「好きだよ」は、辛くて、苦しくて、胸が張り裂けそうで。
でも、温かい。
思わず涙が込み上げてくるほど、あったかいんだ。
「…明日の朝七時三十分、学校の最寄駅の前で待ってるから。その時、また話そう。俺も色々聞きたいことあるし」
でも、その前に池山君は…。
「そうだ、バレンタインのやつ、まだ持ってるの?」
家から帰ってきてから、粉々にして捨てたチョコレート。
誰の手にも渡ることのなかった、ハート形。
「ごめん。もうないんだ」
「そっか…。でも、また作ってよ。大西のチョコ、食べてみたいから」
ふふっ、と池山君が笑い声を漏らす。
彼が照れ笑いを浮かべている様子が、うるんだ目の奥にはっきりと映った。
「うん。いいよ」
「…あ、ごめん、親が呼んでる。そろそろ行かないとかも」
この電話が終わると、彼とはもう一生話せなくなる。
でも、制限時間は十分間。もうほとんど時間は残されていないはずだ。
「それじゃあまた明日、駅の前で」
──私が、彼に、伝えたいことは。
「待って、池山君」
「うん?」
「ありがとう」
プツッ。
ツー、ツー、ツー…。
握りしめた受話器からはもう、話中音しか聞こえてこなかった。
私は受話器を置いて、ゆっくりとまぶたを閉じる。
私の「ありがとう」は、池山君に届いただろうか──。
電話ボックスの扉を開けると、雨はいつの間にか止んでいた。
雲と雲の間から顔を出した月のやわらかな光に照らされて、濡れたアスファルトが星のように輝いている。
「さやかーっ!」
顔を上げると、自転車にまたがったお母さんが、こちらに向かって走ってきた。
私の目の前で急ブレーキをかけて、今にも泣きそうな表情で「よかった…」とつぶやく。
「親にどれだけ心配かけたのか…ていうかあんた、びしょ濡れじゃない!風邪ひくよ、こんなに寒いのに」
「うん…」
「ほら、さっさと帰るよ」
自転車を押すお母さんと並んで歩く。
曲がり角の手前で、お寺の方を振り返った。電話ボックスも同時にチラリと見る。
今度、池山君に手作りのチョコを持って行ってあげよう。
…あ、大丈夫。私、もう泣かないから。
次は、とびっきりの笑顔で渡すんだ。
亡くなった人に通じる夢の電話があったとしても、もうこの世界にいない相手に告白するのは無意味だ。
きっと、多くの人達はそう言うだろう。
実際、OKされても断られても、死人と付き合うことはできない。
二人で手を繋いで歩くことも、どこかへ行って遊ぶことも、顔を合わせて笑い合うことも、絶対にできない。
「告白って、その相手とずっと一緒にいたいからするんでしょ?」
私の友達も家族も、そうやって口を合わせると思う。
──でも、私はどの意見とも違う。
私は、この告白はすごく意味があったと思っている。
池山君が私のことを好きだったと分かったこともあるけれど、一番は、気持ちを表に出せたから。自分に素直になれたから。
そのことに、ものすごく大きな価値があるんだ。
──池山君。
だからあなたには、たくさんの「ありがとう」を伝えたい。
隣になった私とたくさん話してくれて、ありがとう。
これからも、あなたとの日々は宝物。
電話で私の話を最後まで聞いてくれて、ありがとう。
励ましの言葉、嬉しかったよ。
自分を変えてくれて、ありがとう。
私、「大西さやか」のことが、ちょっとだけ好きになれたよ。
──池山君。
私を好きになってくれて、ありがとう。
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