命日
池山君が亡くなってから、ちょうど一年。
バレンタインデーの翌日にあたる二月十五日は、彼の命日でもある。
池山君と過ごした日々はあっという間だったのに、この一年は気が遠くなるほど長く感じられた。
──そして、彼が忽然と姿を消したあの日からずっと、私の心には穴があいたままだ。
「…さやか、大丈夫?」
私を見て、家族や友達は心配そうに尋ねてきた。
「…よっぽどショックだったんだね、さやかちゃん。池山君が亡くなってから、人が変わっちゃったみたい」
「気持ちはわかるけどさ、もう一年も経つんだよ?いい加減切り替えた方がいいのにね」
クラスメイトが話しているのを耳にして、冗談じゃない、と拳を握りしめた。
そんな容易いことで立ち直れるなら、その人は池山君の友達でもなんでもない。
私の大切な人だった。想いを寄せている人だった。一緒に話していて幸せになれる人だった。ずっと側にいたい人だった。
彼との日々を忘れることなんてできない。
だから、切り替えるなんて不可能なんだ。
絶対に、私には、できない。
その日──二月十五日、学校から帰ると、私は私服に着替えて外へ出た。
歩いて二十分ほどのところにある、古いお寺の門をくぐる。
空は真っ黒だった。分厚い雲が辺り一面を覆っている。
ふと頭部に、何かが当たって弾けるような感触がした。見上げると、降ってきた雨粒が頬を濡らす。
──池山君、今、泣いてるのかな。
そんなことを考えてしまい、傘を忘れたことなんて、もはやどうでもよくなった。
──前日、池山君のお母さんに電話で連絡をした。
池山君のクラスメイトだったことと、明日の命日にお墓参りをしたいという内容を伝えると、その人は「一樹も喜んでくれると思うわ」と、快くお墓の場所を教えてくれた。
一樹…かずき。
そういえば、一度もそうやって呼んだことはなかったな。
私にとっての彼は、あくまでも「池山君」。
今までもこれからも、それが変わることはないんだろう。
池山君のお墓の前に着いた頃には、雨は土砂降りになっていた。冬物のコートが雨水を吸い込んで、びっしょりと重い。
時刻は、もうとっくに五時を回っているはずだった。日の短い冬、外はすぐに暗くなる。
誰もいない墓地は灯りがほとんどなく、少し不気味だ。水を被ったたくさんの墓石が、わずかな光を反射して鈍く光っている。
私はお墓の前にしゃがんで、花をお供えした。
「…池山君、私、ここに来てもよかったのかな」
池山君は、答えない。
「今までは辛くてお墓参り行けなかったけど…今日は、違うんだ」
池山君にとっての一周忌。
それは、私自身が変わる日。
今こうしている間にも、世界は動いている。時は流れている。
そう考えると、このままの自分でいてはいけないような気がした。
そして今日は、朝起きたときから、彼のお墓参りに行こうと思った。
初めてなんだ、そんなふうに思えたのは。
だから、今日から変わる、はずなのに…。
私は、込み上げてくる涙を抑えきれなかった。
丸めた身体に顔を埋めて、必死に嗚咽を噛み殺す。
池山君の前では絶対に泣かないって、決めていたのに。
なんだ。結局、何も変わってないじゃん…。
私はしばらく、その場から動くことができなかった。
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