この電話は、時空を超えて

シダレヤナギ

池山君

【はじめに】

この物語は、最終章にある[真実]の文章を読むかによって、結末が大きく変化します。

どちらの選択をしても物語は完結するので、読んで頂かなくても大丈夫です。


ちなみに。

作者は、[真実]に目を通すことはあまりお勧めしません。

物語の読後感が一気に悪くなってしまうので…。



──さあ、ここから本文が始まります。

どこまで読み進めるかは、あなた次第です。



「…もしもし?」


その声が聞こえてきたとき、私は息が止まったかと思った。

取りこぼしそうになった受話器を、ぎゅっと握りしめる。心臓の鼓動を落ち着かせるために深呼吸しようとしたけれど、小さく息を吸うことしかできなかった。


──池山君。

もし、本当に、あなたなら。

ずっと前から好きだった、あなたなら。 


…そして、もうこの世界のどこにもいない、あなたなら。


この言葉を、ちゃんと受け止めてくれますか。


まるで、この電話ボックスの中だけが宇宙全体から切り取られてしまったみたいだ。

そんなことをぼんやりと考えながら、闇に囲まれた小さな部屋の中に、私は立っていた。



池山君と初めて会ったのは、高校一年生の四月。私たちはたまたま同じクラス、しかも隣の席になった。


一目惚れしたわけではない。特別に目を引くような外見ではなかったし、私は「普通の男子高校生」としてしか見ていなかった。


でも、席が近い者同士で会話するうちに、彼の人柄がだんだんと分かってきた。

優しくて、面白くて、趣味が合って…。

話していて楽しかった。すごく居心地が良かった。


──そして、私の中で池山君の印象が決定的に変わったのは、梅雨真っ只中のある日。


「お前、最近池山とよく話してるよなーっ」


昼休み、私の席にクラスメイトの男子が近づいてきた。嫌な笑みを浮かべながら、こちらを見つめてくる。


「…もしかして、あいつのこと好きだったりして!」


「んなワケないでしょ!」


「誤魔化すなって〜」


「あんまりしつこいと、そっちの好きな人も漏らすよ?えーっと、確か『さ』から始まる…」


「ちょっ…やめろ、マジ!」


その男子は顔を赤くして逃げていったけれど。

──そいつよりも私の方がずっと、真っ赤になっていたと思う。


反射的に机の上に突っ伏す。

こんな顔、誰にも見られたくない。池山君がたまたま教室にいないことが幸いだった。 


──もしかして、あいつのこと好きだったりして!


その言葉を聞いた瞬間、私の身体は急に熱っぽくなって。

胸がドキドキした。息切れしているときや、緊張しているときとは違う、今まで感じたことのない感覚。


そして、初めて自覚した。

これが、「恋」なんだって。 

私は、池山君のことが好きなんだって。


私の初恋の相手は、隣の席の彼だった。



──その後、席替えで池山君と離れ、彼と話すことはほとんどなくなった。

それでも、恋って不思議だ。私の気持ちは消えるどころか、さらに募っていく。


告白しよう。

夏休みが終わった頃には、そんな決意が固まりつつあった。 


でも、いざ行動しようとするといつも、私は臆病になってしまう。

告白して断られたらどうしよう。

避けられて、嫌われて、それから──。

脳内を占領するのは、悍ましい想像ばかりだった。


…そもそも池山君は、私のことを「女子の中ではまあまあ仲がいい友達」くらいにしか考えていない。OKしてくれる可能性があるなんて、とても思えなかった。


好きだと伝えたい。

でも、それだけの勇気はない。


自分を置き去りにするように、日々は無常にも、あっという間に過ぎていった。


年が明け、二月十四日のバレンタインデーになっても。

カバンの中にチョコレートを忍ばせたまま、私はただ唇を噛んでうつむくことしかできなかった。


彼に告白した人はいるだろうか。

そんなことを心配してしまう自分が、ひどく情けなくて惨めに思えた。


私は、「好きです」の一言をどうしても言えない自分自身のことが、嫌いだった。



──二月十四日 午前七時五十分


池山一樹は、自宅から最寄り駅へ向かうため横断歩道を渡ろうとした際、信号無視して走行してきたトラックにはねられた。

頭部を強打したことによる頭蓋骨骨折で、その場で死亡が確認された。

横断歩道には、彼のものと見られる潰れた通学カバンが残されていたという──。

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