第46話
「斉藤さんに連絡しなくていいよ。なんだか僕に関わる面倒なことが起こっているんでしょ?僕が直接明日対処する。君、もう雫は帰らせていいよね?条例で未成年はこの時間にはもうお家に居なきゃならないくらい、知識は持っているよね?」
「は、はい…」
気配はなくとも圧倒的な存在感に恐怖を感じたのだろう。
男の顔は土色のように変わっていた。
私は納得がいかなかったが、優秀である兄ちゃんが自身で解決すると言っているのだ。
もう結界を維持する理由はなくなった。印を組み、結界を解いた。
男は逃げるように陰陽寮の入り口から出て行った。
私は不満気な顔をして兄ちゃんに問い詰める。
『兄ちゃん、資料室の書物を盗んだって犯人扱いあの親父からされてるんだよ?平気でいられるの?』
「それくらい平気だよ。僕は鬼天狗だ。雫の知らない所で一杯戦ってきている。まだ若輩者ではあるけど、あまり僕を親父さんには舐めないで欲しいものだね」
なんだか子供扱いを受けているようで、私は不満な気持ちで一杯になった。
自分だって兄ちゃんの知らない所で一杯戦ってきている。
百済の屋敷でも、陰陽寮に入ってからだって。たくさん。
兄ちゃんのことだって今も守ろうとしていた。
それを知らないと言われているようで、私は兄ちゃんの隣に居ることが嫌になった。
『先帰ってて。私、1人で帰るから』
「え?僕、雫を待ってたんだよ?いきなりどうしたの。普段、そんなこと言わないでしょ」
『いいから。1人になりたいの』
「…僕の見間違えでなければ何だか拗ねてない?」
『そんな子供みたいなこと考えているわけないでしょ』
「法的には雫は子供だよ。20歳になってごらん。16歳はまだまだ子供だったんだなって思う日が来るよ」
『そうなんだ。じゃあ、どうぞ大人の兄ちゃんはさっさと帰ってください。陰陽師なんでご心配なく』
「…雫、言ってることがはちゃめちゃだよ?大丈夫かい?」
『どうぞご心配なく。子供ですけど1人で帰れますから』
「……何が地雷だったのか分かっちゃった。ごめん、そこまで考えて言ってなかった」
『は?いいからさっさと帰って』
突然、私は浮遊感に襲われた。
自分が兄ちゃんに抱き抱えられていると分かったのは数秒後。
腕を組んで兄ちゃんと話をしていたというのにその態勢からのこの姿勢。
どれほど器用なんだと思うの同時にどうにかして地面に立とうと腕を使って離れてみる。
だけどそれに兄ちゃんが気がついた途端、抱き抱えられている腕の力がぐんと強くなった。
か細い私の腕の力はそれに敵うはずもなく、力が抜けた。
「僕は雫はまだ子供だって事実を言っただけであって、僕は子供として見てるだなんて一言も言ってないよ」
妖艶な瞳が私の瞳に写る。
その瞳で私は普段の冷静さを取り戻した。
地雷と兄ちゃんは先ほど言っていたけれど、それは違う。そもそもそれが地雷ではない。
一瞬何を言われているのか意味が分からなかったけれどすぐに分かった。
逆に地雷を踏んでしまったのは、自分自身の方だった。
兄ちゃんはその瞳のまま私に顔を近づける。
「僕は君に出逢った時から、雫を女としてしか見てない」
ドクンと跳ね上がる鼓動。
心臓が痛いくらいの速さで心音を刻み出しているのが分かった。
身体中が熱い。
顔が熱い。
何もかもが熱い。
ただただ、熱い。
冷たいお風呂にでも入りたい気分だ。
「雫?何処か具合悪いのかい?」
『…平気。なんか、親父に関わると冷静さを失うのかな私。ごめん、不愉快にさせた』
「不愉快になんてなってないよ。雫はきっとまだ自分の心がよく分かっていないだけなんだよ。別に僕は何言われても平気」
『もしかして、兄ちゃんってマゾなの?』
「失礼だなー。寛大な心の持ち主と言ってほしいね。僕はサドとはよく言われるけど」
『……そうなんだ』
思い当たる節があるな、と私はその言葉を否定することが出来なかった。
先ほどまでの身体の熱さは兄ちゃんの言葉のおかげか平温を取り戻している。
なんだったんだろうなと思いながら私は兄ちゃんに身体を預けた。
これからこの姿勢で空中を飛行するのだ。最初は戸惑っていたものの、もう慣れてしまった。
「遅くなったね。帰ろう」
『うん。疲れた』
「お家に着くまでが遠足だよ」
そう冗談めかしな言葉を吐きながら、兄ちゃんは私を陰陽寮の建物内から運び出した。
いつものように翼を広げ、一気に夜空へと飛び立つ。
星の輝きに、思うところがあった私だがもう思うことはない。
何億光年先に本当に欲しかったものがあったとしてもそれはもう過去のこと。
今を見ようと、以前の私なら考えられない変化がほんの数ヶ月で私の中で起きていた。
天狗の花嫁 天羽ヒフミ @hihumi6123
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