もう1人の先祖返り

第45話 

 事件の発端が判明したのは、私が陰陽寮から烏丸の屋敷に帰宅するタイミングだった。今日はかなり時間が遅かった方だ。

当たり前のことであるが未成年の私は仕事時間が条例によって決まっている。

 条例では22時までに帰宅とされていた。

その時間は未成年として考えるならば外で歩くには遅い時間帯だ。

 だけど、陰陽師である私には護身の心得があるために心配はない。

だから、本来ならば仕事の日に限って兄ちゃんが迎えにくるという必要性はなかった。

 本当に彼がしたいからしているというのが理由だった。

そんな困った婚約者を待たせている為、私は現場から陰陽寮に帰ってきて報告書の作成はいつも素早く行っていた。

 その作業が終わり、帰宅しようとした時の話だ。

1人の先輩が顔を青ざめながら私にこう言ったのである。


「資料室にある重要書物が一冊なくなった!」

『え?』


 陰陽寮の資料室は代々、陰陽師の家系の者達の重要書物を保管している場所である。

機械によるセキュリティに何重にも張られている結界。

 それを突破するというのは泥棒映画でも難しい話であった。

あの機械と術によって守られているはずの資料室から一冊のみ?

 何故一冊のみがなくなっているのか。

そしてそれを突破することが出来る陰陽師などいるのか。

 推理小説のように色々と推測を立てて私は推理の真似事をしてみるが、導き出されるものは何もない。

 そもそも推理という考えがおかしいのである。

推理小説を最近読み過ぎたと私は少し反省した。


謎、というものではない。

罠、とういうのが正しかった。


それに気がついた時、すぐにその先輩に私は言った。

まさか、と気がついてしまったのだ。


『一冊のみピンポイントにあそこから盗むだなんてこと、普通に考えて不可能です』

「そうだよな!じゃあ、妖が侵入したのか?それなら…。」

『それなら入り口の結界が反応しますよ』

「じゃあ、鬼天狗なら?」

『え?』

「鬼天狗なら、あのセキュリティも結界を破ることも可能なんじゃないか?」


 この先輩は、いやこの男は何を言っているのだろうかと私は唾を飲み込んだ。

それと同時に私はやっぱりか、という言葉も飲み込んでいた。

 本当はその言葉を思いたくもなかった。

確かに兄ちゃんであれば入り口の結界を気配を消したまま侵入可能だし、先輩の言ったことも可能だ。

 しかし、彼は『鬼天狗』なのだ。

妖の頂点である兄ちゃんは陰陽師との関係は慎重になっている。

陰陽師だけではない。妖たちとの関係にも慎重だ。

 基本的に鬼天狗としての立場の烏丸遼という男は何事にも慎重に行動する男であった。

それが出来なければ頂点として妖達を纏めることなど不可能だ。

 それこそ、陰陽師が資料室の警備を突破するのと同じように。

中立を守るべきはずの陰陽師の先輩の発言は明らかにおかしいものだった。

 誰かがそう仕組むように指示したとしか考えられなかった。

そしてその誰か、も私には検討がついていた。


『誰に言われました?先輩』

「え?」

『誰に烏丸遼を捕らえるようにと指示されたのかと聞いているのです』

「俺はそんなこと…」

『鬼天狗が犯人なのだと言っているようなものでしょう。確かに可能でしょうが、彼にも立場というものがある。その立場を脅かすような馬鹿な真似をするとは到底思えません』

「それは君が婚約者だからじゃないのか」

『陰陽師として話をするときは、私情は挟みません』


 以前に志穂にも言ったことだが、私は陰陽師として話す時は私情を決して挟まないようにしている。

 それは百済の家で当たり前のようにしてきたことなので苦ではない。

むしろそれが当たり前のことだと思っている。

 だからこそ冷静に物事を見ることが出来ていた。


『寮長の差金ですね。小賢しいことを』


 大方、父親から金でもこの男は積まれたのであろう。

もはや先輩を見る目ではなく、軽蔑した眼差しで私はその男を見た。

 印を構える。法律に引っかからない程度に攻撃の意思を示す。


『何が目的で罠に嵌めようとしたのです』

「知らない!俺は何もしてない!」

『内部の人間で資料室に侵入可能なのは寮長に置いて他にいません。あのクソ親父は何をしようとしているのです!』

「そんなの知らされてな…あっ」


 男が認めるようなセリフを吐こうとし、口を抑えた。

式神を通した私の怒りの言葉が陰陽寮の入り口付近のホールに響いた。

 それが聞こえたのか、私を待っている兄ちゃんが扉に顔だけ出して私たちの様子を伺っている。

何があったのだろうという表情だ。視線だけ私は入り口に移す。


(やっぱり兄ちゃん何もしてないじゃない!)


 何事かとこちらを覗き込んでいる男が犯人なわけがない。

罪を平気で擦りつけようとする自身の父親の性格の悪さに憎しみにも似た感情を覚える。

 私自身に何かするならまだ怒りを抑えることが出来た。

傷つけられるのを我慢することは皮肉にも特技だ。

 だが、私が大切に思う人を傷つけることだけは許容することは出来なかった。


(私が、先祖返りだから。多分だけど私には利用価値があるのだと思う。だから必死に取り戻そうとしてるんだ)


私は視線を男に戻し、印を結び直して彼を結界に閉じ込めた。


「何をする!」

『それはこっちのセリフだよ。私の指導係だった斉藤さんに引き継いで判断を仰ぎます』


 私は素早くスマホを出すが、それを見慣れた大きな手で止められた。

あの強力で独特な気配がまるで感じられなかった。

 気配を消そうと思えばいくらでもこの男は可能なのだと認識させられる。

それが逆に今回の事件の犯人になり得てしまうことを示唆していた。

 まだ何が起こっているのか把握していないにも関わらず、兄ちゃんが珍しいことに陰陽寮の建物内に入ってきていた。



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