第44話
「やっぱり告白だったじゃん!言わんこっちゃない!」
志穂は私からの話を聞くなり憤慨した。
買い物と洋服の奢りが決定してしまったなぁ、と長いため息を私は漏らした。
そんな私の態度が気に食わなかったのか、志穂は私の背中を思いきり叩いた。
反応出来ず、思わず持っていた弁当を落としそうになる。
だがどうにか死守することが出来た。
「言っていたこと、約束守ってもらうからね」
『マジかぁ…』
私は陰陽寮で働いているために給料は貰っているが、そこまで多い額というわけではない。
そもそも未成年なので任される仕事が限られているのだ。
かと言ってあまり自身のお金を使うこともない。
烏丸の屋敷で物が事足りているからである。
面倒だなと思いながら私はお弁当箱を開けた。
「あれ?雫の弁当箱の蓋に何か付いてるよ?」
『え?』
蓋にはしっかりラップに包んで紙にこう書かれていた。
『仕事終わりが楽しみだね。』
筆跡は言うまでもなく兄ちゃんのものであった。
恐らく妖術を使ったのだと私は思考を走らせる。
いつ見ていたのやら、油断も隙もない。婚約者でなければストーカーと同じである。
背中に冷や汗が再び流れた。兄ちゃんのこともあったのだと思い出したのだ。
(今日、残業とか認められないかな…未成年だし無理か…)
陰陽寮から帰宅するのが今日だけはとても嫌に感じた。
それでもお弁当は兄ちゃんが作ったもので大変美味しく頂き、今朝と同様に完食する。
はぁ、声にならない長いため息が私の口から漏れた。
陰陽寮の仕事が終わり、こっそりと建物から出ようとするなりいきなり私は腕の中に包まれた。
烏丸遼、登場である。
ちなみに屋敷に1度帰ったとき、珍しく会うことはなかった。
珍しいこともあるもんだなと思ったほどである。
今朝とは違いカジュアルな服装に着替えている。
腕の力はいつもより強い。こっそり帰ろうとすることが分かっていたようだ。
腕の力の強さが昼間の出来事を見ていたのだということを物語っていた。
「言ってた通り、告白されちゃったね。諦めはまぁ、良い方か。思春期にしてはだけど」
あれで諦めが良い方なのかと恋愛経験がない私は驚愕する。
かなり食い下がってきた印象があるので、あれが良い方なのだと思うと今後が怖くなった。
いや、と気持ちを切り替える。
あれは佐藤くんだからであって、今後あのように告白をされるということはないだろう。
きっと異性だから意識してしまって、自身の気持ちを勘違いしてしまったのだ。
そう私は現実逃避を試みるが、それは間違いな考えなことくらい気がついていた。
佐藤くんが本気なのは兄ちゃんから毎日のように愛を囁かれているために私は分かっていたのだ。
あれは、本気の目だった。
自身の容姿が普通の人よりも整っているということは志穂のおかげで知ることが出来た。
つまり、今後も告白されることがないとは言い切れない。
ふと閃くように気がついてしまう。
あれ?その度に兄ちゃんが満足するまでキスされるの?
それは羞恥心で勘弁して欲しいと私は願った。
「ご飯をまず食べて、それからゆっくり楽しもうね」
楽しいのは兄ちゃんだけではないだろうか。
こちらは羞恥心との戦いである。
ご飯は楽しみだが、私は遠い目をせずにはいられなかった。
烏丸遼という男と一緒に生活を始めてから気がついたことがある。
今までは当たり前のようになかった日常を、当たり前にくれるよう意識してくれているのだ。
それだけで私にとってはその日常そのものが幸福であって。
いつまでも続いて欲しいと思うものであった。
その優しさが嬉しかった。
だが、今のこの状況とはまた話が別である。
私は夕食後に逃げるように自室に篭ろうとしたが、それを兄ちゃんは許さなかった。
2人きりの環境にいられる部屋に閉じ込め、私は兄ちゃんの腕の中に包み込まれた。
先ほどよりも力加減は優しいものの、重ねてくる唇と口内に侵入してくる舌は獣そのものだった。
いつもの優しさなんて、腕の力加減くらいだった。
私は男心というものを知らない。これは本当だ。
だから兄ちゃんがどれほど私に対して恋愛行為を我慢しているのか、分からない。
それでも伝わってくる狂おしいほどの愛情。
こんなに愛される理由が、大切にされる理由が分からないと戸惑う。これも本音だ。
戸惑ってはいるものの、行為そのものは出来るだけ受け止めるように努力していた。
もちろん、羞恥心は言葉に尽くせないほどある。
でも気持ちに応えることが出来ない以上、これしか自分には出来ることはないと私は考えていた。
人間、きっかけがあれば愛を知ることは可能だ。
その身近なきっかけが親からの愛情というものだろう。
だが、私にとってそのきっかけというものが遠過ぎてしまったのだ。
『苦しいよ、兄ちゃん…』
「鼻で息するの。まぁ、難しいだろうからちょっとだけ休憩ね。」
しばらくの間、その部屋は未来の夫婦の愛の巣と化した。
それから数日後、陰陽寮にて事件が発生した。
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