第43話
昼休み。
「雫。お弁当食べよう?」
『あ、先に食べててくれないかな。なんか、佐藤くんに屋上に呼び出されてるんだ』
「はい?初耳なんだけど。」
『言ってなかったからね。忘れ物でもしたんでしょ。隣の席だし、貸してあげなきゃ』
「いやいや雫ちょっと待った!なんでそんな話になってるの。いつその呼び出しがあったわけ?」
『えっと、今朝。靴箱にほら』
そう言って私は机の中から受け取っていた紙を渡す。
志穂は慌ててその紙を奪い取った。
じっと文字列を眺める志穂。眉間に皺が寄っていた。
不機嫌になっていくのが鈍いと言われている私でも分かった。
自分は何かしてしまったのだなと後が少し怖いとちょっぴり覚悟のようなものを決める。
「雫。この文面から察することができるようになろうか。烏丸さん、苦労してるんだろうなぁ…」
低い声で呆れたように志穂は私にそう言った。
怖い思いはせずに済んだが、何故そこで兄ちゃんが出てくるのかがまるで私には理解出来ない。
そのことは志穂も察したようで紙の文面を指差してこう言った。
「十中八九、これ告白だよ。雫は烏丸さんの婚約者じゃん。ダメだよ」
『え?違うって』
「その根拠は」
『佐藤くんとはよく話すけど、そんな仕草もない。要はきっかけがないんだよ。だから違うと思う』
「言ったね?」
『言いましたとも』
「じゃあ、もし私が言ってることが本当だったら今度買い物一緒に行く時に服一着奢ってもらおうかな」
『え』
「言いましたともって言ったじゃん。私がこんなに忠告してるのに」
『……』
坂田志穂という親友は、洋服が大好きである。
そして買い物にかける時間というものがとても長い。
正直、私にとっては買い物という行為はどうでも良いことである。
それよりも退屈な時間を過ごさなくてはならないということを指していることの方が問題だった。
その退屈さは私はかなり苦手な部類に入るものだからだ。
たかが告白かもしれないことであの苦痛を味わうのか?思わず苦笑いをした。
「はーい。決定ね。早く行って来なよ。食べる時間無くなっちゃう」
『…はーい』
同じ言葉だというのに私の返事は疲れきっていた。
嫌な予感がする。
人間のその予感というものは嫌なものに限って当たるものだ。
それは私も例外ではなかった。
なるべく早足で屋上への階段に向かう。
普通、学校は屋上を立ち入り禁止にしていることが多いが陰陽寮の結界と妖の結界により落下するということがないためいつも解放されている。
学校というものは人間と妖が共存しているということの象徴でもあった。
なるべく無心で屋上の扉を開ける。
一陣の風が吹いていた。
暑さが酷かった夏も終わり、季節は秋にへと変化していた。
空を見れば天高くうころ雲が漂っている。
兄ちゃんと私が出逢った季節。
風も冷たさが僅かではあるものの含まれていた。
そんな中、1人の男子が桜色に頬を染めて私のことを待っていた。
私は何故そんなに頬を染めているのか理解できなかったが、用件を早く済ませようと彼の元に向かった。
『来たよ、佐藤くん。用件は何かな』
「えっと…その」
『何か私に相談事?もしかして陰陽師絡みかな』
忘れ物でもしたのかと最初は私は思ったが、よく考えれば自分は陰陽師でもある。
何かしら霊障でもあったのだろうか。
それならば教室で相談とはいくまい。屋上に呼び出す理由もうなづけた。
「違うんだ。その………俺と付き合ってくれませんか!」
そう言って佐藤くんは頭を下げて手を私へと差し伸べた。
私は冷や汗をかいた。
嘘でしょと今でも言いたくなるのをどうにか飲み込んでいた。
志穂の言うことが合ったってしまったということと。
兄ちゃんの言っていた言葉を忘れていないからである。
告白されたら、満足するまでキスをする。
その条件を満たしてしまったからである。
なかなか何のアクションを起こさない私に佐藤くんは恐る恐る顔を上げる。
佐藤くんは勇気を出して真摯に気持ちを伝えたつもりなのだろう。
彼は特別、遼のように体格も良いわけでもなく美しい顔をしているわけでもない。
ごく普通の男子高校生だ。
「あの、百済さん?」
『…佐藤くんには関係ないことでちょっと考えごとをしてしまって。何も言わずにいてごめんなさい。無視してるみたいだったよね』
「それで、考えてもらえないかな。すぐに返事はいらないんだ」
『いいや、返事は今させてもらうよ。ごめんなさい、君の気持ちには応えられないんだ。私には婚約者がいて大人になったら結婚することになってる。だから、君の気持ちはとても嬉しいのだけど、応えられない。本当にごめん』
これで佐藤くんも諦めるだろう。
私はそう考えていた。しかし、恋する男子高校生の気持ちというものを私は甘く見ていた。
無知というのは時に罪なことである。
「それは恋愛結婚なの?」
『…何故、そんなことを聞くの?』
佐藤くんの目が鋭くなっていることに私は気がついた。
今の言葉で諦めたのではと思っていたが、どうやら違うようだ。
思春期の恋愛感情というものを私は舐めて考えていた。
少し、頭痛がするような気がした。
ここまで諦めが悪い男には見えなかったのだ。
「百済さんの家が陰陽師であることはみんな知ってる。家が決めた結婚なら古いよ。今は恋愛をして結婚すべきだ」
『別に家は関係ないんだけど…』
「でも、婚約者のことはどう思っているの?好きなの?」
その問いかけに、私は言葉を詰まらせた。
兄ちゃんが私のことを愛しているということはもう周知の事実だ。
しかし、肝心のその相手はその愛というものをなかなか受け入れようとしない。
いいや正しくはその勇気がないというものだけれど。
だから、今のところ両思いという訳ではない。
なんと言えば正解なのか、私には分からなかった。
でも自分がこう思いたいという気持ちだけは持ち始めていた。
『本当はね。私は自分の感情に気がついているんだ。でも、その感情を受け入れることが出来ない。だけど時間がかかっても受け入れるようになりたいと思ってる。婚約者の妖はとても私のことを大切にしてくれているの。その気持ちにいつか応えられるように私はその彼のことを好きになりたいんだ』
それがいつになるかなど、想像することもできないが今の私はそう思っていた。
分かってくれただろうか。分かってくれるだろうか。
受け入れたら楽になれるものを受け入れることもせずに、自分の感情も無視してきている愚かな私。
分かっているのだ。
自分の気持ちなんてとっくに。分かっている。兄ちゃんの想いだって分かっている。だけど、私は怖い。変わってしまうことが。変わることが怖いのだ。
私には勇気がない。
だから未だに受け入れることが出来ずにいる。
「…俺、無理強いは嫌いなんだ。わかったよ。でもさ、友達にはなってくれるかな。その願いは叶えて欲しい」
『そんなの願わなくたって私はとっくに友達だと思っていたよ』
当たり前のことを今更言うのかというような口調で私はそう言った。
時間にしておよそ5分程度。
佐藤くんの恋は終わりを告げた。
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