取り戻した日常
第42話
会合からひと騒動あったが、私たちは日常を取り戻しつつあった。
陰陽寮で働くのを辞めない限り、百済との接点を消すことは出来ない。
だけどそれは私も重々承知の上でのこと。
百済から怯えて逃げるようなことをしたくなかったのだ。
それは私の性分とも言えた。
泣き寝入りは決してしない。信念にも近い思いを持っていた。
『おはよう、兄ちゃん』
今日も烏丸の屋敷から学校に向かう。
あのようなことはあったが、学業も私にとっては大切だ。
基本的に私は真面目な生徒であった。
「おはよう。雫。今日も僕が作ったよ〜」
『ありがとう。相変わらずなんだかセリフが逆だよね』
そう言いながら私は兄ちゃんの向かいに座る。
私は朝ご飯はそこまで食べられる人間ではない。
なので一品一品の量が少なめだが、しっかりと栄養が取れるような献立だった。
人間の栄養士の資格でも持っているのだろうか、と私は『いただきます』と言いながら思う。
バランスが良いのが知識がなくともわかる。しかも味も絶品だ。
妖も人間と同じものを基本的には食べるが、味には無頓着だったはず。
やはり、この男は変わっている。
おかずの味をしっかり味わいながら私は目の前のその男を見た。
兄ちゃんも同じく食べている。
だが私と違って少し険しい顔をしながら食べていた。
兄ちゃんの方はもしかして不味いのだろうか。
そんなことを考えてみるが、観察をしていると違った。
こんな呟きをしていたからである。
「うーんもう少しお出汁を…」
やっぱり花嫁になるのはこちらでは?朝からお出汁取っていたの?
様々な考えが巡り、ツッコミを入れたくなるのが我慢をして私は遅刻しないように食べ進めた。朝ご飯は美味しく頂き、完食をした。
身支度を済ませ、学校に向かうべく玄関で靴を履く。
ローファーだと歩きにくいと感じる性格なため、私は運動靴で通っている。
髪型は変えたまま、ハーフアップに遼手作りのバレッタを付けている。
兄ちゃんも玄関前まで着物姿で来た。
「うんうん。僕が作ったバレッタ似合ってる。他の男に見せるのものすごく癪だけど」
『共学なんだから仕方ないじゃん。あれから告白まがいなこともないよ。大袈裟なんだよ兄ちゃんは』
小さくため息を吐く私。
髪型を変えた当日に担任に襲われそうになるという経験をしてしまったが、あれから特に学校生活に変わりはない。
髪型を変えた日は何故だか盛り上がったけれど、その後は地味めな髪型をしていた頃と変わりはないように思っている。
「雫の鈍さには無視して、今日も仕事だっけ?」
『うん。今日も陰陽寮だよ』
「そっか。迎えに行くね」
『無理しなくて良いのに』
「僕がしたいからするの。分かった?」
『はいはい。じゃあ、行ってきます』
「行ってらっしゃい」
手を振って兄ちゃんは私を見送る。
それを当たり前のようにしてくれることが私にとって嬉しいものだった。
百済の屋敷で感じていたような冷たさはここにはない。
当たり前のことかもしれないが、私にとってかけがえのない大切なことであった。
「おはよ、雫」
『おはよう、志穂』
いつもの合流地点で志穂と共に私は登校する。
やがて生徒たちが集まる道へと進んでいく。
自意識過剰だと雫は思い込むようにしていたがやはりそうではないのだと志穂と共に登校しながら感じていた。
──やたら、男子が自分を間違いなく見ている。
バレッタが珍しいのだろうか。少し前から身につけているけど。
それでも遼がお手製のものである。その考えを捨て切ることは出来ない。
では他の要因は?
私は考えながら志穂と他愛のない会話を続ける。
少し考えてみたが、答えが自分の力では出ることはなかった。
「ちょっとさぁ、男子たち雫を見過ぎだと思う。遠慮ってものを知らないのかな」
不機嫌そうに志穂がそう言う。
志穂も同じく男子の視線に気がついていたらしい。
一般人である彼女すら気づくくらいの視線とは、はたしてどれだけ不躾なことなのか。
礼儀というものを最近の男子は欠いているのだろうか。いや、そんな男子ばかりではない。
隣の席の男子は少なくとも真面目な部類に入ると思われる。
兄ちゃんも最近の男子に含まれるとは思うが、彼はとっくに成人している。
少し遼は違うか、と私は思い直した。
『私、何かしたのかな』
「雫は美人だからねぇ。見たくなる気持ちは分からなくもないんだけど…本人が鈍いからってさぁ、やり過ぎなんじゃないかなと私は思う」
『なんか私が美人って言葉、烏丸の屋敷でも言われたなぁ。そんなに私の顔って整ってるの?』
「羨ましいくらい整っているよ。でも、男子は見過ぎ」
本当に容姿が美しい者というのは、あまり自身に自覚がないのかもしれない。
志穂の言葉にそう思った。
現に、兄ちゃんだってモデル業をしているというのにあまり自分の容姿に拘りがない。
自分のことはその辺にいる平均的な容姿だと思っている節がある。
そのことについて全力で私は否定したことがあるけれど。本人だけ素知らぬ顔だった。
私にもきっと同じことが言えることであり、そうだとしても志穂から聞いて『そうなのかなぁ』と言う程度だった。
男子たちからの視線を受けながら私たちは学校の校門に辿り着く。
私と志穂はそれぞれ自身の靴箱へと向かった。
運動靴を脱いで、上履きを自身の靴箱に入れようとした。
その時に気がつく。
靴箱の奥に1枚の白い紙が入っていた。折り畳まれている。
何だろうか、と思いながら上履きを履いて折り畳まれている紙を私は広げた。
紙にはこう書かれていた。
『昼休み、屋上で待ってます。by佐藤』
隣の席の男子の苗字も佐藤だったなと自身の記憶を掘り起こした。
(教科書でも忘れたのかな)
それならクラスメイトとして見せてあげなくてはいけない。
男子にしては結構話す相手でもあるし、私にとっては一方的に友人だと認識している。
真面目な生徒であると自負している自分は友人が困っているならと使命感を持っていた。
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