第35話 

それから幾日か経ち、会合の日となった。


この日の私は烏丸一族のお披露目以上に入念に身支度を準備させられた。

 着物は前回と大きな変わりない。

黒をベースとした色に鬼の面の刺繍が施されているものだ。

 簪も黒い羽根のものが刺さっっているが、その他にも花の髪飾りも付けられていた。

一国のお姫様と言われてもおかしくないほどの装飾品を身に纏っている。

 化粧もしているため、実年齢よりも随分大人びて見えるように思えた。


「雫のこの可愛い姿、誰にも見せたくない…」

『このやり取り、数日前もあった』


志穂からのメッセージアプリで分かったことだが、あの後私たちの担任は懲戒解雇。

 担任も変わった。兄ちゃんが送った映像が証拠になったらしい。

 当然の処分を受けたわけであり、私は今後気を付けようと心に留めた出来事であった。それはさておき、今の状況である。

妖の頂点に君臨しているはずの男は車から私を降ろそうとしない。

 会合は烏丸一族が住んでいるの森の近くにある大きな広い屋敷で行われる。

代々、会合を取り仕切っているのは鬼天狗を生み出すことが出来る烏丸一族だ。

 少しばかり距離があるので、今日は私の髪型や衣装を崩さないために車で移動をしていた。


『時間、そろそろだよ兄ちゃん』

「うーん…嫌だ」

『しっかりしてよ、妖の主さん』


無理やり車から降りようとする。だが邪魔をしてくる妖の主。

威厳というものをどこかに落としてきたんじゃないだろうか、と呆れる。


『私の髪型とかぐじゃぐじゃになってもいいの?』

「それは良くない。」

『じゃあ、降りよう』


自分の容姿を理由にするのはあまり気持ちの良いことではないが、ようやく外に出ることが出来た。

 続いて兄ちゃんも車から降りてくる。

今日も彼は袴姿をしており、人外の美しさを引き立たさせている。

 会合の会場である屋敷からはかなりの種族の妖の気配がした。

皆、鬼天狗である烏丸遼のことを今か今かと待っているらしい。

 私はくだらない理由で待たせてしまっていることを申し訳なく思った。


「さぁ、行こうか。僕の花嫁」

『くさいセリフだなぁ。待たせてるみたいだし、行こう』


兄ちゃんの大きな手を取り、手を握りしめる。

 当然のように兄ちゃんもしっかりと握り返してきた。

ささやかなことだが、こういう小さな行為でも大切にされていると分かり私は嬉しくなった。


屋敷に上がると、更に濃厚な妖たちの気配がした。

 話し声も聞こえてくる。

久々の会合、積もる話もあるのだろう。

 その邪魔にならない程度気配を消してに大広間へと向かった。

兄ちゃんはというと先程とは打って変わり、雰囲気が違う。

 威厳はどこへ消えたのやらと私は思っていたが、やはり妖の主なのだ。

なんだかんだ言いつつも威厳というものを持ち合わせていた。

 鬼天狗独特の気配を感じ取ったのだろう。

大広間に入るや否や、話し声は静かになり皆が頭を垂れていた。


「お待ちしておりました。我らが主、遼様」


一同が声を揃えて言う。

 本当に妖の主なのだなぁと隣で呑気なことを私は考える。

1人の妖が頭を上げて私の方を見ていた。

 そして口を開いた。


「恐れながら申し上げます。遼様のお隣にいらっしゃるのが…」

「そうだ。俺の婚約者の雫だ」


 一人称が変わる兄ちゃん。

  威厳なんて持ち合わせていないけれど、背筋を伸ばして式神に言わせる。


『お初にお目にかかります。声が出ない為、式神にて挨拶することをお許しください。百済雫です。私が当代、八尾比丘尼の娘の先祖返りとなります。陰陽師であり、今は遼の婚約者でもあります。どうぞお見知りおきを』


流石にこの場でいつものように『兄ちゃん』呼びはしなかった。

 これは兄ちゃんから注意されていたことでもある。心の中ではするけれど。

他の妖たちを牽制するためのものでもあった。

 それだけ、八尾比丘尼の娘が鬼天狗の名を呼び捨てで呼ぶという行為は効果的なのである。

 私は挨拶を終えると、正面を向いた。

何故だか知らないけれどかなり妖達から見られている。私、何かしでかしてしまっただろうか。


「お前たち、美人だからと見過ぎだ。俺の婚約者なんだ。少しは遠慮しろ」


まるで穴が開くんじゃないかと思うくらい見られていた私はその言葉に救われた。

 精神的に減るものがあるので妖たちには申し訳ないが、自重というものをしてほしかった。

 それから目的であるお披露目が終わった後、私たちの後に来ていた彼の両親と共に別室で時間を過ごすことになった。

 完全防音であり、強力な結界を張っているため普段通りに過ごすことができる。


『好奇の視線って嫌いだということを知ったよ』

「今日の雫は綺麗すぎるからね」


綺麗という言葉は兄ちゃんに当てはまるのではないだろうか、と思う。

 彼の両親も美男美女だ。遺伝子を間違いなく受け継いでいるのだろうと考えた。


「いつも可愛らしいけど、今日の雫ちゃんは一段と可愛いね」

「本当にね。こんな子が嫁に来るのだと思うと楽しみだわ」


何を想像しているのか勝手に盛り上がっている兄ちゃんの両親。

 なんだか私は1人、置いてけぼりにされているような気がした。

いや、実際置いて行かれているのかもしれない。そう感じた。

 全く想像がつかないのだ。

兄ちゃんと結婚し、結ばれてこの両親のように楽しそうに話している光景が。

 幸せ、いや。ごく普通とは無縁の環境に居過ぎたのが原因なのだろう。

見せつけられるのはなかなか心に刺さるものがあった。




それからしばらく経った後の話である。

会合の屋敷に張られている強力な結界が陰陽師の手によって破られたのは。

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