奪われた記憶

第36話 

烏丸の一族が保有する屋敷の会合にて陰陽師が侵入してきた。

 それは陰陽寮が設立してからはあり得ない出来事であり、異例の事態と言えた。

 ここは完全に妖の領域。

いくら陰陽師といえど許可なく入ることは許されていない。

 しかも結界を破壊しての侵入。

妖側への攻撃としか考えることが出来なかった。


『何を考えているの』


そう最初に発言したのは私だった。

 兄ちゃんや彼の両親も厳しい顔をしている。

こんな事態、想定できるわけがない。

 百済の動きは警戒していた。しかし、まさか会合にまで手を出そうだなんてことは考えることはできなかったのだ。


「狙いは何だと思う?雫」

『多分、私だろうね。兄ちゃんにあんなにアピールしてたのに姉を選ばなかったから。何かしら百済に問題があるんだよ』


妖たちが騒めく中、あくまでも冷静に兄ちゃんと私は状況を見ている。

 騒ぎを収めるために兄ちゃんの両親が先に妖たちの元へ向かった。

狙いである私を手中に収めさせないための措置でもあった。

 だが、まだ考えは甘かったと言える。

兄ちゃんが式神を飛ばすと、大広間には陰陽寮の人間が罪のない妖たちを取り締まっていたのだ。

 言うまでもなく、職権濫用である。

一体何を考えているんだと私は怒りをおぼえた。

 本当は当事者の関係者である私も騒ぎを収める為に行くべきたが、狙いが自分だと思うように動くことが出来ない。


「雫、落ち着いて」

『落ち着いてる。…自分でも怖いくらい落ち着いてる』


そう。

怒りをおぼえていても、私は至って頭が冷静だった。

人は沸点を超えると逆に冷静になるのかもしれない。

それは私も同じことだった。



式神に様子を見させていた兄ちゃんは事の深刻さを痛感しているみたいだった。


どうやら百済は陰陽寮を利用し、百済雫を妖たちが誘拐したという名目で乗り込んできたというのだ。とんだ言いがかりである。

兄ちゃんはきちんと百済の屋敷に挨拶に行き、婚約を宣言した。

 婚約と誘拐はまるで意味が違う。

それは陰陽師でなくても分かる意味の言葉である。

 だというのに百済を中心として陰陽寮が乗り込んできた。

許可なく決して入ってはいけない領域に。


『意味わかんない。なんでそんな名目で動かしているの』


散々、百済は私を傷つけてきたというのに。

 そのような名目を上げる資格など、彼らにはないだろう。

だが、堂々と言ってきたのだから何かしら深い理由があるのだ。

 そうでなければ国家機関を利用するなどあり得ない。


「まずいな。彼ら、本気で僕らを討伐するつもりだ」


険しい顔をして兄ちゃんが言う。

 妖の主として見過ごすわにはいかないだろう。

彼は立ち上がった。


「雫はここに居て。絶対、外に出ちゃダメだよ」

『うん。私も式神は飛ばすから。状況が知りたいし』


そう言って式神を早速飛ばさせる。

 兄ちゃんは「絶対守るから」そう言って部屋を後にした。

私だけがその部屋に取り残された。



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