第31話
私が思っている以上に随分遠くまで逃げていたようだ。
烏丸の森からかなりの距離のまた違う森に私は降ろされた。
どんな罰が待っているのだろうかと怖くてたまらない私。
俯いたままで顔は相変わらず合わせることは出来ない。
「さて、僕と両親の話を聞いちゃったのかな?」
『…うん』
「……どうして逃げたの?」
『わかんない。わかんないよ…。ただ、あそこには居たくなくて、兄ちゃんには会いたくなかった』
「そっかぁ…馬鹿だね、君は」
『へ?』
今まで聞いたことのないような兄ちゃんの低い声が雫の耳に響く。
そして抱き寄せられ──顎を無理やり持ち上げられて、兄ちゃんと目が合った。
自身の顔が深紅の瞳に写し出されているのが見えるほどの至近距離。
まるで先日のようにキスされてしまうんじゃないかと思えるほどの距離だった。
「言ったじゃないか。離さない、逃がさないと」
そう言うなり、噛み付くようなキスを無理やり私にした。
突然のことに私は怯えて逃げようとした。
だけど、宣言通りに兄ちゃんは逃がそうとはしない。
しっかりと背中に腕を回し、離そうとしてくれない。
やがて唇を舐めるようにキスをしてくる。
くすぐったくて私は思わず口を開けると、今度は口内に舌を入れてきた。
どうすればいいのか分からなくなって思わず目を閉じてしまう。
口内を舐め回すように舌を動かしてくる。
背筋が痺れるのが分かった。
(鬼じゃなくて蛇に舐め回されているみたい…)
やがて、私の舌に絡めてこようとした。
その行為に驚いて舌を引っ込めようとするが、兄ちゃんの舌がそれすら許そうとしない。
逃げられなかった舌を絡められてもっと深いキスになった。
檻に入れられているようだと私は思った。
百済の屋敷の冷たい檻ではない。
甘い甘い優しい檻の中に。
今までほとんど伝わってても無視して知らないふりを続けていた兄ちゃんの愛を、ほんの少し受け入れるようになっていた。
ずっと彼から行動で示し続けられていたからだろう。
(兄ちゃん、本当に私のことを大切に思ってくれているんだ…)
好きという気持ちも愛という気持ちも私は分からないフリを続けているけれど、兄ちゃんの気持ちだけはようやく伝わった。
まだ受け入れることはできないけれど。
自分は本当の意味で大切にされている。
1人の女性として兄ちゃんは自分を見てくれている。
だから、不老不死の呪いを共に受けようとする覚悟がある。
何を不安に思っていたんだろう──
私は今ままでの自分は馬鹿らしくなった。
結局のところ、自分は信じるということが怖くて逃げていただけだったのだ。
打算的な優しさなんて本当はいらなかった。
欲しかったのは、ほんの一握りの本当の優しさだけだったのだ。
でもこの男はそれだけでなく、本当の意味で大切にしてくれた。
愛というものを私に教えてくれようとしている。
嬉しかった。
嬉しかった。
言葉に表せないくらい嬉しいという感情に私の中を占めていた。
それから私たちはしばらくの間、何度も角度を変えては深いキスを繰り返した。
今までの距離を埋めるかのように何度も何度も確認するかのように繰り返した。
きっともう、逃げられない。逃げたく、ない。
出来ることなら、離れたくない──
私は願うようにそう思った。
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