第30話 

(なんで、なんで、私の為に呪いを受けようとしてるのさ)


混乱したまま私は式神に乗っている。

 兄ちゃんの想いが分からなくなっていた。

頭の中はいつも冷静だというのに今はぐちゃぐちゃだ。

 熱を持ったように飽和状態。

何もかもが私の中で熱くなっていた。


──風がとても冷たい。


毎日に近いくらいにあった兄ちゃんの温もりが今はない。

 今はそんなものを貰いたいと思えなかった。


怖い。

あの温もりが、今は怖い。欲しくなんてない。

知りたくない自分の感情。

知りたくない兄ちゃんの感情。


不老不死になるということは、たくさんの人の死を見届けなければならないと

いうことなのに。


私にはその覚悟がある。

だが、兄ちゃんはどうなのだろうか。

それとも、不老不死そのものが目的で結婚するということなのだろうか。

私を捨てて、様々な妖たちと関係を持つ為にそうしたいのだろうか。

それが一族を繁栄させるということなのだろうか。


もう、何もかもが分からなくなっていた。


しばらく冷たい風にあたり、冷静になろうと花嫁になるはずの私は考える。

 ふと、強い気配を感じた。

天狗の気配だけでなく鬼の気配も強く感じるこの独特な気配。

 もしかして、と背筋に冷たいものが走る。

肩にいつも乗せている式神に後ろをそっと振り向かせた。


式神は、鬼天狗だと言っていた。

 まごうごとなき、鬼であり天狗でもある妖がこちらに向かっていると。

私は乗ってる式神の速度を上げた。

 今は会いたくないのだ。

何故それが分からないのだあの男は、と毒づいてしまうのを止められない。

 だが、本当の意味で分かっていないのは私の方だった。

何故なら、本来の姿になって追いかけていることを式神から聞いていなかったからだ。

 本来の姿に鳴る、ということは妖の能力を向上させる意味を持つ。


つまり、このちっぽけな逃避行は。

初めから無駄なことだったのである。


(え!?)


私が乗っている式神が突然消えた。

 いや、正しくは殺されてしまった。

空中にいる手段を絶たれてしまった私は、慌てることなく次の式神を出そうとする。

 だが、相手が悪すぎた。


相手は妖の中で最強の鬼天狗。

一方、私は普通の陰陽師に過ぎない。

力の差は歴然。


「捕まえた。呆気なかったね」


次の瞬間には今は触れたくない温もりの中に包まれていた。

 強い力で腕の力の中に包まれている私。

そんな私は愕然としていた。


──本来の姿に戻っている。


自分がこの姿が他の人を怖がらせるからと兄ちゃんは本来の姿を嫌っていた。

 なのに、今は平気な顔をして姿を晒している。

本気で私を追いかけてきたということだ。

 つまりそこから導かれる結論は。


『兄ちゃん、怒ってるの?』

「うん。怒っているよ」


笑顔で抱き抱えながら雫にそう言った。

 声のトーンもいつも通りだ。

逆にそのことが私を恐怖に陥れた。

 血の気が引くとはこういうことだろうか。

百済の屋敷でもこんなに恐ろしいと思ったことはない。

 普段温厚な性格の者が怒ると怖いというのは本当のことのようだ。

私は震えるのを我慢しながら、兄ちゃんとは目を合わせずにいた。

 合わせずにというのは正しくない。合わせられなかった。

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