第22話

1ヶ月後。


私は陰陽寮にて斉藤さんから研修期間が終了した旨を聞かされた。

 もう教えてもらうことはないのだろうかと思ったが、斉藤さんが言うのならもうないのだろう。

 あとは経験を積み重ねるだけ。

礼を斉藤さんに言うと、気恥ずかしそうにされた。

 こんな一面もあるのかと私は少し暖かな気持ちになった。


(良い先輩に指導をしてもらったなぁ)


帰り道、例によって妖術を使って待っていた兄ちゃんの元へ向かいながら思う。


「お疲れ。今日で研修期間終わりだっけ?よく頑張ったね」

『いや、多分頑張ったの斉藤さん。指導者の方が大変でしょ』

「まぁ、それは言えてるかもねぇ。でも雫も頑張ったよ。さ、帰ろう」

『うん。ありがとう』


もはや恒例となっているお姫様抱っこ。

 正直、やめてほしいというのが私の本音だがこの体勢でなくては飛ぶことは出来ない。

 疲れも少し溜まっていたので私は遠慮なく体重を預けた。

それに兄ちゃんは気がついて抱きしめてくる力が強くなる。


「どうしたの?雫にしては珍しいね」

『単に疲れただけだよ。学校帰りにする仕事じゃないよ』

「本当にね。辞めて良いんだよ?」

『社会経験になるし、成人するまでは少なくとも辞めないでおくよ』

「雫がそう決めたのなら止めはしないけど。いつ辞めても僕は構わないからね?」

『うん。分かってる』


今日も夜空は綺麗だ。

 どこか遠く感じていた星々がいつしか近いように私は感じていた。

百済の屋敷を出てひと月以上経った。

 それから穏やかな気持ちで烏丸の屋敷には世話になっている。

あの荒れ果てていた気持ちは一体どこにいってしまったのか。

 暗い気持ちはどこへいってしまったのか。

私には認識することが出来ない。

 兄ちゃんがこれでもかと大切にしてくれるからだろうかと私は思っていた。

学校から帰宅すれば必ず出迎えてくれる。

 陰陽寮からの帰り道も遅い為に苦手な人混みを我慢して待っていてくれる。

そんな気遣いが私の心を溶かしていったのだろう。

 ほんの少しの変化だが、傷つけられてきた私にとっては大きな変化だった。


烏丸の屋敷に戻れば専属のお手伝いさんの久美子が出迎えてくれる。

 帰宅すれば誰かが当たり前のように「お帰りなさい」と言ってくれることが私にとってはとても嬉しいことだった。

 それはそれだけずっと孤独に過ごしてきたという証拠で。

あまり考えたくないことだった。


『ただいま帰りました』


過去を捨てるべきではないけれど、今は前を向く努力をしてみよう。


ここひと月の暮らしの温かさでそう私は思えるようになってきていた。

 以前の私なら絶対に思えなかったことである。

きっと兄ちゃんの愛情と烏丸一族の温かさが孤独だった私に変化をもたらしたのだ。


「今日のご飯は僕が作ってみたよー!」

『え。兄ちゃん当主じゃん』

「未来のお嫁さんの胃袋掴むのにそんなこと言ってられない。」

『いや、それ多分女性側のセリフ…』


未来の夫となる妖は私に好きになってもらおうと必死である。

烏丸遼という男は仕事完璧妖というだけでなく、料理も得意だった。


(うわ、家庭の料理って感じのばかり用意してる…しかもクオリティが私より高い気がするんだけど)


これって女として負けていないか?と並べられた料理を見て私は思う。

いや。

と未来の花嫁である私は思い直す。


(私だって負けてないと思う!この屋敷に来てから料理教えて貰ったし!)


百済の屋敷ではそんなことはあり得ないことだが、この屋敷に住むようになってから密かに教えてもらっている。

多分負けてはいないはずだ、と強気で私は思った。


『いただきます』

「どうぞ。おかわり、いくらでもあるからね。」


なんだかさっきからセリフが反対なような…と夫となるはずの妖に向けて考える。

 まずはおかずを一口。

温かくて百済の屋敷で食べていたのとはまるで違うと感じていた。

 そして白米。

ホカホカに炊かれており、とても美味しく感じた。

 あんなにもあそこの屋敷では美味しいと感じたことがなかったご飯がこの屋敷に来てから美味しく感じるようになっている。

 それもまたとても大きな変化で、幸せな変化だと私は思っていた。


「どうかな?おいしい?」

『悔しいけど美味しいよ』

「本当?やったー!」


ガッツポーズを取る兄ちゃん。

そんな平和な光景を私はクスクスと声には出ないけれど、笑いながら見ていた。


(仮に本当だとして、兄ちゃんはどうして私のことなんか好きになってくれたんだろう)


今まで愛されてこなかった私はそれだけは分からずにいた。

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