第16話 

私は今日もパソコンと格闘をしていた。

 仕事自体は終わっている。後は報告書の作成のみだ。

斉藤さんは根気よく教えてくれている。

 その根気強さがきちんと報われるようにとパソコンに負けじと頑張っていた。


(やっぱり陰陽寮辞めるということは止めておこう。いい人はいるんだ)


そんな少し前向きな考えを持つようになった。


「お疲れさま。雫ちゃん、覚えるの早いわね。若さ故かしら」

『斉藤さんが教えるのが上手なだけですよ』


無事に報告書を提出した私は、斉藤さんと共に片づけて退勤の準備をする。

 片づけ終わると2人で外で待っている兄ちゃんの元へ向かった。

すると、陰陽寮の前が沢山の女性でごった返していた。

 何事かと私たち2人は驚く。

その中心には笑顔の仮面を付けた兄ちゃんが女性たちの相手をしていた。

 どうやらモデルの烏丸遼だと気がつかれてしまったらしい。

妖術を使って姿を化かしていつも待っているはずなのにおかしい、と私は考えた。

 気配を辿ってみる。


(この気配、百済の気配だ…)


何をしようとしている?


 気配がする方を睨みつける。

ようやく家を出られたというのにまだ何か仕掛けてくるつもりなのか。

 私は自身の生家に呆れ果てていた。


数分後。

もっと強い妖術で化けた後に逃げるようにして私の元へ兄ちゃんは駆け寄ってきた。


「参った…人が当てられない程度の妖術使ったら百済にやられたよ。」

『でしょうね。気配が私にもした』

「じゃあね、お2人とも。お邪魔虫は失礼するわね。」

『お邪魔虫ではないんですけれども…斉藤さん、お疲れ様でした』

「お疲れ〜」


女性が散り散りになってから斉藤さんは陰陽寮を離れた。

 どうやら斉藤さんは百済が私をどう扱っていたのか知らないらしい。

そうでなくてはあんな軽い反応をするとは思えなかった。

 いや、でも。

陰陽師としての私は考え直す。


──所詮は他人事だもんね。関わりないとは決めつけるのは早計だ。


まだ会って2日。

 先輩までも疑わなくちゃならないのかとため息をついた。

相手は百済の一族。娘を娘とも思わなかった人達の集まり。

何を仕掛けてきたとしてもおかしくはなかった。


「あの斉藤って人、怪しいのかい?」

『兄ちゃん、それは早計だよ』

「そうかな。百済なら手段なんて選ばないだろう?」

『否定できないところが残念だよ』


陰陽寮の前に人が完全に居なくなってから兄ちゃんは私を抱き上げる。

そして自身の背中に生えている大きな両翼を広げた。


「とにかく帰ろう。僕の屋敷に居れば安全さ」

『それはどうだろうね。油断できないよ』

「…例えそうだとしても君を守るよ」

『ありがとう』


夜空に向かって兄ちゃんは両翼を羽ばたかせた。

 冷たい風が人魚姫のように声が出ない私に当たる。

だが思考を熱くしていたその私にとってはちょうど良い寒さだった。

 今日も夜空には星が沢山輝いている。


──私がかつて願った夢のように遠い。なんて遠い輝きなんだろう。


何億光年とも言われている星の輝きのように遠過ぎた1人の陰陽師の夢。

 普通に家族として扱われたい、あの人たちで。

でもそれはとてもとても叶うことのない夢で。

 いつしか諦めてしまった夢。

未来で作ることさえ諦めてしまった夢で。


(兄ちゃんが本当に私を愛しているかどうかも、わからないんだから)


何かを期待することを辞めてしまった私はそう考えていた。

兄ちゃんの気持ちが本当に分からない私は自分の気持ちに蓋をして気づかないフリをした。


 翌日。

いつものように私は兄ちゃんに見送られて学校に向かう。

 もう鉢合わせることはないだろう親友を思いながらいつものように歩く。

しかし、その考えは見事に打ち砕かれた。


「お、おはよう。雫」

『……』

「私、どうかしてた。謝っても許されないことをしたことはわかってる!でももう1度チャンスが欲しいんだ。どうかお願い!」


もう親友ではなくなったと思っていた坂田志穂という少女はそう言って頭を下げてきた。

 さて、どう返すべきかと考える言われた私。

そう簡単に許すべきだろうかと考える。

 いや、と即断することができた。


『あれだけのことをしておいて虫が良過ぎない?』

「雫…本当にごめんなさい。どうか許して」

『言霊って知ってる?言った言葉は本当なるってこと。それと同じようにやってしまったことに対して謝罪をするから許してほしいってさ、おかしな話だと思わない?』

「お願い雫…!」


涙を流しながら懇願する志穂。

 登校中の生徒たちは何事かと2人を見るが、そんなこと本人たちは知ったことではない。


『…次はない、って言葉は本当だから。陰陽師の私は言葉の恐ろしさを知ってる』


それだけ言って今度は私が志穂を置いて歩いて行った。

 いくら何でもあんなことをしておいた相手が親友だとしても朝を共にするのは嫌だったのだ。

 それだけ、裏切られたことに腹を立てていたという自分に今更ながら気がつく。

 後ろから恐る恐るといった雰囲気で志穂が距離をとって近づいて歩いているのが式神で確認することができた。


(まるで私がいじめたみたいな雰囲気。志穂、どうしちゃったのよ)


恋というものは盲目だから?

 だから簡単にあんなことすることができたというのだろうか。

盲目でもやって良いことと悪いことがあるでしょう。


(まぁ、昼まで様子見ってところだな。再犯させないためだ)


時には厳しくするべきなのも親友だからこそだとそう私は思っていた。

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