第15話
「おかえり」
『ただいま』
モデル業と当主の仕事で忙しいはずの兄ちゃんが家に辿り着くと出迎えてくれた。
今日は淡い青色の着物を着ている。
仕事はどうしているのだろうかと疑問に思う。
『兄ちゃん、仕事は?』
「そんなものもうとっくに済ませてるよ。こう見えて僕、天才だから」
『…そういえばそうだったね』
何事も要領よくかつ頭が良いのが烏丸遼という男だった。
私は要領よく出来ないなと自身の力不足を感じる。
百済の一族が纏め上げる陰陽寮。
正直、もう関わり合いを持ちたくはない。
だけど人生経験として仕事は成人になるまでは続けるべきなのではと考えていた。
「陰陽寮に行くの?」
『行くよ。私は陰陽師だもん』
「そっか。なら、僕も着いていこうかなぁ」
『いや、いいよ。人混み苦手じゃん』
「雫の為ならなんとか我慢できる」
『我慢しなくて良いから』
(なぜこんなところで根性を見せようとするのか、この男は)
カッコつけたいから?
男心はよくわからない。
「絶対行く」
『…好きにしなよ』
もうどうにでもなれと考え始めていた。
陰陽寮は五月蝿くなるだろうなと言うことだけは予想できた。
自室で巫女服に着替える。
腰には妖刀を帯刀し、お札も懐に何枚か忍ばせておく。
髪型はこのままでいいか、と鏡を見て自身の姿を確認した。
用意が出来て部屋を出ると兄ちゃんが洋服に着替えて待っていた。
(流石モデル。服着替えるの早い)
モデルが服の着替えの早さに関係しているかどうかはわからないが、服のセンスはいいなと私は思った。
準備完了の旨を伝える。
すると、当たり前のように私を抱き上げて夕焼けでオレンジ色に染まる空に向けて大きな両翼を広げて飛び上がった。
太陽が眩しいと感じた。目を思わず閉じる。今日はあまり痛くは感じなかった。
やがて薄めで開けてみると、兄ちゃんは愛しい者を見る優しい瞳で私を見ている。
目が合って、どうすればいいのか分からなくて、慌てて逸らす。
つい最近もそう感じていたけれど、こんな風になるとは思わなかったと私は考えていた。
まるでどこぞの漫画のようだ。幼馴染と婚約するだなんて。
少し冷たくなった風を感じながら私はそう思った。
下校途中の志穂は罪悪感に囚われていた。
(どうしよう。雫を、本当にいじめちゃった…)
今日の雫の様子はいつものごく普通の女子高生のものではなかった。
とても凛としていて。
何をされようと泣き寝入りなんかしてやるか、という気迫が伝わってきた。
あれが陰陽師としての彼女。
どこか冷たくて、とても冷静な、そんな雰囲気を携えている本物。
(あれが、陰陽師としての雫…。雫は美人だし、烏丸遼とも釣り合ってる。それがとても悔しかった。だから、だから私は)
家の前で立ち止まる。
こんなことをしたことなんて今まで1度もなかった。
それは傷の治りが早くたって不気味にも思わなかったし、声が出ないのは不便だろうなと思うくらいだったからだ。
ずっと仲が良かった。
喧嘩もしたこともなかった。お互いを尊重していたから。
なのに。
自分から壊してしまった。
「貴女が坂田志穂さん?」
家の前で立ち止まっていると、後ろから声を掛けられた。
知らない女性の声だった。
不審者だろうか、と怯えながら振り向く。
すると今の現代には珍しく着物を着ているお団子頭の髪型をした若い女性がたおやかな笑みを浮かべて立っていた。
「うちの妹がお世話になっているそうね。ごめんなさいね。私は百済雫の姉の舞と言うの」
「雫の…お姉さん?」
「ええ。あまり似ていないかもしれないけれど」
変わらない笑顔のままで舞と名乗った女性は怯えている志穂に話を続ける。
「貴女、親友だそうね。あの子の話を聞きたいの。是非家に来てくれないかしら」
舞は指を鳴らすと巨大な鳥の式神を出現させる。
(この人も陰陽師…!)
今朝の雫を彷彿させてさらにに志穂は怯えてしまう。
『次、ないから』のあの声が思い出してしまう。
あんな冷たい声を聞いたことがなかった為に、そして、目の前の女性の顔に怯えは恐怖心に変わろうとしていた。
陰陽師とはそういうものだと考え始めていた。
「そう怯えないで。貴女には何もしないわ」
そう言った彼女の笑みはたおやかさなどなくなっていたのだ。
人を貶すような、そんな笑みを浮かべていた。
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