第12話 

 次が本来なら緊張するはずの両親への挨拶。百済の一族の屋敷の庭が無駄に広かったせいか、今まで一度も会ったことのない人たちだ。

だけど、今の私には怖いものは何もなかった。

 隣に兄ちゃんがいるからではない。

辛い記憶が自身を強くさせてくれていた。


「入るよ、僕だ」

「あぁ、入りなさい」


 そう返事をしてきたのは男性の声だった。

付き合いが長い私だが、両親と会ったことは1度もない。

 屋敷が広いのだ。無理もない話だった。襖を開ける。

 するとテーブルに揃って2人の男女が将来の夫婦を座って待っていた。

若い当主の両親というだけあってまだその両親は若かった。

 

『お初にお目に掛かります。百済雫、当代八尾比丘尼の娘でございます。よろしくお願い致します』


 式神と共になるべく綺麗に見えるように努力して頭を深く下げる。

顔を上げると兄ちゃんの両親は若干目を見開いてしまっていた。

 私、何かしでかしてしまっただろうか…。


「そんな堅苦しくしなくて良いよ。よく来てくれた、雫ちゃん」


兄ちゃんの顔によく似た父親がそう言う。

 いや、似ているのは父親に似たのかと私は心の中で訂正していた。

母親もとても美人であった。

 こちらが鬼なのだろうと鬼独特の気配を感じ取っていた。


「そうよ。さぁ、早く座ってちょうだい」

『はい。お義母様』

「まぁ!お父さん、聞いた?あんな可愛らしい子にお母様って言われたわ!」

「漢字が多分違うと思うけど、母さん」

「一方、愚息は可愛くないわねぇ」


はぁ、とため息を漏らす母親。

私はその光景に固まってしまった。



 これが、普通の親子の会話だというのだろうか。



いつも罵声しか浴びされてこなかった私。

こんな親子らしい会話なんてしたことがなかった。

家を出た今、この光景が叶うことはないだろう。

叶わない夢を今見せられている。


 あまりにも辛くて、切なくて、残酷すぎて、涙も何も出なかった。


「どうかした?雫」

『なんでもないよ』


そう何にもなかったかのように言って私は『失礼します』と言って座る。

その姿を兄ちゃんは様子が絶対におかしいと感じていていることが伝わってきた。


「改て自己紹介をしよう。私が遼の父親の怜だ。こちらは、妻の美雪。よろしく頼むよ」

「よろしくね、雫ちゃん。」

『ご丁寧にありがとうございます』

「ほら、楽にしてよ。雫」

『今日だけは態度を崩すつもりはありません』

「頑固だなぁ」


そう言いながら座る未来の婿花。

 私は自身が頑固なのはよく分かっているのでそれを両親の前で言って欲しくはなかった。


「まずね、確認したいことがあるのよ。雫ちゃん。辛いことかもしれないけれど」

『何を確認するのでしょうか』


自身がちゃんと八尾比丘尼の娘ということだろうか。

 なら刃物でも持ってくるべきだったと思考してみるが、兄ちゃんの母親の様子を見る限りどうも違うらしい。

私はなんのことなのか把握することが出来なかった。


「貴女、家族に1度殺されたことはない?」

『え…?』


家族。

自分にそんなものはあったっけ。


まず私が思ったことはそれが1番先だった。

 そして考えを元に戻して、あぁ。そう名称する人たちは居たなと思い出す。

記憶を掘り起こしてみる。

 殺されたことはあっただろうか、ということを。


…家族の意味すら分からなかった私にその記憶はなかった。


記憶がないことを伝えると兄ちゃんの母親は悲しそうな顔をする。

 父親も悲しげな顔をしていた。


「やっぱりね…隠蔽なんて無駄なことを」

『どういうことですか』

「今は知らなくていいわ。そのうちきちんと説明をするから。そうね…今日は遼の弟の真司についても話そうかしら。これから先のこと考えて色んな話をしましょう」


(弟なんていたの?兄ちゃん)


 初めて知る衝撃的な事実。

何故会ったことがないのか知る由もない。

 兄ちゃんを見てみると、寂しげな表情をこちらに向けていた。

どうしてそんな表情をするのか分からなかった。

それから私は彼の両親とたくさん話をした。

 お陰で随分と仲良くなった気がすると思う。

その会話の内容から私は強く思い知ることになった。


自分には届かない世界の話だ、ということを。

だって温かい家族の思い出なんて、何もないのだから。

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