すれ違い
第13話
「雫、元気がないね?」
兄ちゃんが挨拶を終えた後、寝る直前に私の部屋を訪ねるなりそう言った。
そんなことはない、と強気な姿勢で居たい。
そう思っていたが人間とは上手くいかない生き物だ。肝心なときに私は強くありたいのに。考えてることと真逆の弱々しい仕草でポツリと私はこう言った。
『叶わない夢を見せられて、うんざりしただけ』
「叶わない夢?」
『…普通に家族と話して、笑って、泣いて、時には喧嘩もして、そんな当たり前の話をたくさん聞かされたから嫌になったんだ。私にはだってないから』
「…雫」
『どうしようもないよ。過去は変えられない。生きている人間に変えられるのは現在と未来だけなんだから。分かってる。分かっていてもね』
──夢を見ていた時期があったんだ。
その言葉は飲み込んで。
誰でもない、あの家族でその当たり前を実現する夢を見ていた時期があった。
ほんの少しの時期だけど忘れることのできない時期。
確かにあったのだ。
あの環境で育ったとしても夢くらい誰だって見ても良いものだろう。
それが例え叶わない夢だったとしても。それを止められることはないはずだ。
だから夢を見ていた。ほんのひと時の間だけ。当たり前を夢見る時間があった。
これは夢が叶うことのない当たり前の話だったかもしれない。決められた運命だったかもしれないけれど、私は愚かにも夢を見ていたのだ。
そんな夢叶うわけないのに。叶ったところで傷ついた過去は変えられないのに。
傷つけられた過去は変わることはないというのに。
過去ばかりに囚われている自分が嫌で。前を見れない自分が嫌で。
でもそれでも過去は逃してくれなくて。
考えると胸が苦しくなった。苦しくなったところで何も変わることはないのに。
どうして今更私は苦しくなっているのだろうか。
そう俯いていると優しく抱きしめられた。
独りではないのだというように、抱きしめられた。
兄ちゃんの気遣いは嬉しい。
でも、と叶わぬ夢を見せられた私は思う。
──どこまで行っても私は独りだ。
八尾比丘尼の娘として生まれた運命故なのか。
私は諦めていた。
未来で幸せな家庭を作るということも諦めていた。
だって普通の家庭を経験していないくせに幸せなど作れるはずがない。
どこかでそう決めつけてしまっている自分が居る。
そして現実というものはとても残酷に出来ているから。それを分かっているから。
だから厳しい方ばかり思ってしまうのかもしれない。
そっと目を閉じて自身の心を持ち直した。
まるで怪我の治りが早い特異体質のように。
いつもの強気な私に戻っていた。
『別に大丈夫だよ。あの家を出られただけ幸運なんだから』
そう言って笑顔を見せた。
上手く笑えただろうか。作り笑いは得意な方だと思うのだけれど。
そんなことを思いながら笑顔を見せた。
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