第10話
その後。
授業の合間に志穂の方を何度か見たが完全なる無視を決めこまれていた。
自身の存在さえ否定されたようで、私は悲しかった。
百済の人間にそれほど酷いことをされても何も感じなかったというのに、志穂の仕打ちには耐えられなかった。
放課後。
志穂と他の友人達と帰るのが日課になっていたが、今日は違っていた。
「雫って最低だったんだね」
「聞いたよ、志穂の憧れの人を取ったんだって」
「そんな奴と帰りたくないわ」
そう言って私を置いて行ってしまった。
友人達の態度は全員とても冷たかった。
私はあまりのことに言葉が詰まる。
式神に何か言わせようとしたが、何を言わせるべきかも思い浮かばない。
まるで百済の屋敷に戻ったような気分だ。
(学校でもこんな仕打ちにされるの?私…)
こんなことになるなら、何も言わなければ良かったと強く後悔した。
「やっぱりそうなっちゃったか。」
帰宅するなり兄ちゃんが玄関で待ち構えていた。
普段着が着物の為に、灰色の着物を着ている。
私の表情を見て何があったのか察したらしい。
『なんで言うように言ったの兄ちゃん。説明して』
「モデル業ありがちな話だからもしかしてと思ってね、君の話を聞いたら多分それに当てはまると思ったからだ」
『どういうこと?』
「モデルに入れ込んで本気で好きになっちゃう子って結構いるんだ。それで志穂ちゃんのことを聞いたら多分そうだなと思ったから言うべきだと思った。それが誠実ってことだと思うから」
『そんな、志穂は本気で兄ちゃんのことを好きだったっていうの!?』
「多分ね。話を聞いた限り、そうだと思う」
『そんな…政略結婚と変わりないのに』
「……そう思っているのは君だけだと思ってね」
そうだ、と思い出す。
兄ちゃんは私のことが本気で好きだということを。
でも、それが本当なのかどうか愛されなかった私にはわからない。
それでも自分の気持ちくらいわかっている。
分かっていながら私は知らないフリをする。分からないフリをする。
兄ちゃんにその嘘はきっとわからないだろう。
だからこそそう言ってみたのだが兄ちゃんにはあまりいい顔をされなかった。
『やめるよ、お披露目。私にそんな資格はない』
「それはダメだ。君の為にならない」
『嘘だよ。だって兄ちゃんは鬼天狗で私は八尾比丘尼の娘だもん。嘘なのくらい分かるよ!』
「嘘なんかじゃない。君に嘘なんかついたこと、ないよ」
『嘘ばっかり!当主としての顔を潰したくないからそう言ってるんだよ!』
「…そんな悲しいこと言わないで。僕は当主なんてどうでもいいよ」
興奮している私に対し、あくまでも冷静に対応する兄ちゃん。
こうなることがまるで分かっていたかのように優しく受け止める。
私は涙がこぼれ落ちそうになっていた。
唯一の親友がいなくなってしまうかもしれないのだ。
大人になってからなら平気なのかもしれない。
だけどまだ私は16歳の子供に過ぎない。
百済の仕打ちに耐えられても、親友の仕打ちには耐えられることなどできなかった。
「僕は君よりもお兄さんだ。だから人生経験として言うけどね、その程度のことで縁が切れるというならそれは縁がなかっただけの話なんだよ」
『その程度って…!』
「そういうものなんだよ、人生って。残酷に出来ているんだ」
人生が、残酷?
それなら同感できるような気がした。
生まれた時から自分の声を出すことができなかった。
そして怪我がすぐ治るという特異体質。
一族の皆に気味が悪いと忌避され続けてきた。
誰にも愛されず、人生を終えていくものだと思っていた。
それでもその人生に彩りをくれたのは今私を宥めている兄ちゃんだった。
打算的なものだけならここまでしてくれるだろうか。
ここまで守ろうとしてくれるだろうか。
ここまで優しくしてくれるだろうか。
兄ちゃんが今まで注いできた密かな愛情が、ほんの少しだけ私に届いたような気がした。
『ごめん、わがまま言った。兄ちゃんの気持ち、考えていなかった』
「いいんだよ。君は今、傷が治っていない状態なんだ。どんなことでも僕は受け止める覚悟さ」
そう言って笑顔を見せる。
そして私を優しく抱きしめた。
(今日は冷たくない。着物も暖かい。愛情ってこういうものなのかな)
昨日と違って夜風に当たっていない着物はとても暖かい。
私はどんな身体も傷もすぐに治すことができるけれど。
心の傷はなかなか治すことはできない。
それすら治すことができたらどんなにいいのに。
願うように思った。
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