第6話
「雫。約束通り、お嫁さんにするために迎えに来たよ」
『約束?』
「やっぱり忘れてたかぁ。まぁ、今はいいや。ほら、さっさとこんな場所から出ていこう。荷物をまとめて」
『う、うん』
「お待ちくだされ、鬼天狗殿!」
「黙れ」
低い兄ちゃんの声が響き渡った。
怒りを含んだ声で、その声にまたしても私は驚いてしまっていた。
兄ちゃんは口調から分かるように普段はとても温厚な性格だ。
だけど、鬼天狗としての冷酷な部分を持ち合わせていることは知っている。
しかし、百済の一族にここまであからさまに怒りを表したことはなかった。
「もう、誰にも雫を傷つけさせない。どれだけこの一族がこの子を傷つけたと思っている。当主になった僕は許さない。これ以上干渉するつもりなら、縁を切るよ。困るのはそっちだと思うけど」
あくまでも冷たい兄ちゃん。
そんな彼を見ながら、私は荷物をまとめる為に背を向けた。
(約束って、なんだったっけ?)
疑問に思いながら荷物をテキパキとまとめていく。
いつ家を追い出されてもいいように自分の部屋には最低限の物しか置いていない。
荷物を全てまとめるのに時間はそうかからなかった。
まとめた荷物を持って部屋を出ようとすると、姉が般若のような形相で立っていた。
「なんでなのよ…」
「…」
話す価値もないと考えた私は無視して横を通り過ぎようとする。
すると姉は私の腕を乱暴に掴んだ。
睨みながら離そうとするが、姉は離そうとしない。
「なんであんたみたいな気持ち悪い奴が選ばれるのよ!」
『耳元でうるさい』
「誰も味方なんていないくせに」
『だから?』
「あの鬼天狗だってあんたが気持ち悪い奴だから欲しがってるだけよ!私の方が相応しいのに!」
『だからさぁ。うるさい』
「…あんたのせいよ!!!」
そう言って私の頬叩こうとする。
私はまたかと今度は反撃しようとしていた。
すると、
「ここの家族は本当に人を殴ることしか知らないんだね」
姉の手を掴み上げている兄ちゃんがいた。
どうやら姉の怒鳴り声を聞いて様子を見にきたようだ。
私はまたしても助かったなと感じていた。
こんな風に助けてくれる人はこの一族にはいない。
打算的だとしても、私にとってその行動は尊いものだった。
「準備はできた?」
『うん』
「じゃあ、行こう」
姉の手をどうでも良いものかのように離して、兄ちゃんは荷物ごと私を抱き上げた。
突然のことに驚く私。兄ちゃんは気にもしない。
そして縁側まで行き漆黒の大きな翼を背中から出した。
一気に夜空まで飛び上がる。
私は振り落とされないようにしっかり首にしがみついていた。
『兄ちゃん!靴、靴忘れてる!』
「いいよ。腐るほどあるし。あ、雫のもあるから安心してね」
『どうでもいいことなのかな…』
「もう気にしなくて良いんだよ。何も怖がる必要もない」
『……』
「助けてあげるのが遅くなってごめん。よく、頑張ったね」
『っ……』
泣きそうになるのを堪える。
兄ちゃんの前であっても弱い自分を見せたくはなかった。
兄ちゃんの前だけでは泣きそうになる私。
いつも助けてくれたのは彼だけだったからだ。
『ありがとう、助けてくれて』
「約束したからね。雫をお嫁さんにするって」
『え?それっていつの話だっけ?思い出せなくて…』
「別に思い出してくれなくてもいいよ。僕だけが覚えていればいい」
兄ちゃんはどこか嬉しそうに夜空を飛び続ける。
季節は夏。
夏の大三角形が道を歩いているより、近くで見えるような気がした。
これは夢だろうかと思う。
あの家から成人になろうとも絶対に出られないと思っていた。
あの夏の大三角形のように願いは遠くて遠くて。
叶わない夢だと思っていた。
でも救い出してくれた人がいた。
ここに今いる。
この夜風は夢じゃない。
この冷たさは夢じゃない。
ぎゅっと兄ちゃんの着物を掴んで現実を噛み締めた。
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