花嫁選び

第5話 

 兄ちゃんが百済の家に来た。

姉や弟とは慌てて身なりを整えていた。

一応、私もそれなりに身なりを整えることにする。

連絡なしの訪問。

 本来なら失礼にあたるはずの行動だが、陰陽寮に影響力を持つ鬼天狗の前では百済の一族も頭は上がらなかった。

兄ちゃんは黒い着物に袴姿の正装の姿で訪れていた。


「やぁ。雫には連絡をしていたんだけど、君たちには連絡せずにすまないね」


部屋に通されて座るなり兄ちゃんは冷たい口調でそう言った。

表情も無表情に近い。

立場は鬼天狗である兄ちゃんの方が上。

タメ口になるのは自然のことと言えた。


「いいえ。とんでもございません。当主就任、改めてお祝い申し上げます」

「鬼天狗に生まれた時点で決まっていたことだから、別に嬉しくもなんともないんだけどね」


 向かいに座る雫の父親に対しそう言い放つ遼。

紅い瞳が、父親の顔を捉えていた。兄ちゃんの瞳が紅い時は妖力を解放している時だ。

 父親の隣には、姉と弟、そしてついでと言わんばかりに私が座っていた。

客人の前ですら私は腫れ物扱いを受けていた。


「単刀直入に言う。花嫁を貰いにきた」


 随分と兄ちゃんにしてはハッキリと宣言するなと感じていた。

烏丸一族にとっての第1候補はきっと私だろう。でもウチの一族がそれを良しとするわけがない。

 そんな都合のいい夢を見させるわけがない。そういう人間の集まりなのだ。

 兄ちゃんの前でも私は襖の前に正座で座らせられており、娘と言える扱いはされていなかった。

 恐らくウチの一族の第1候補は私の姉である舞が花嫁に相応しいと判断している。

その為に必死で舞を花嫁にすべく、父親が説得を開始し始めた。

 それを聞いている間、私は気持ちが重かった。

父親は兄ちゃんに向けて必死に姉を嫁にすべく力説している。

 大切な人まで奪われてしまう。そう思っていたのだ。

もし、姉が花嫁に選ばれれば会うことは許されないだろう。

 姉である舞が一瞬、こちらを向いたのに気がつく。

勝ち誇った笑みを浮かべ、すぐさま正面に向き直っていた。

 拳をギュッと握り締める。


(姉は兄ちゃんの好みではないと思うけど)


当主としては恋愛感情は二の次だろうと雫は考えた。



もう、兄ちゃんに会えなくなる。



支えとなってくれた人ともう会えない。

それはまるで死別のようで。

葬式にでも出席してるような気分だった。

そんなネガティブな感情に飲み込まれている時である。


「次女の、百済雫を花嫁として頂きたい」


 その言葉に思わず目を見開いた。

父親の力説に一切、兄ちゃんは耳を貸さなかった。あの力説を無視出来るとは。

烏丸一族にとっての第1候補である私を兄ちゃんは選んだのである。

 当たり前のように見えるかもしれないが、決して当たり前ではない。

それが当主としての判断なのか、個人的な感情故の判断なのか、わからない。

だが、これだけは言える。



この家から解放される。



それだけは確実なことであった。

1週間前の兄ちゃんとの会話を思い出す。

「全て終わるから」とはもしやこのことではないのかと。

そう考えに耽っていると、


「お前!鬼天狗殿を誑かしたのか!」

『いきなり何言ってるの。意味がわからない』


 客人の前でも変わらない父親に呆れて言う。

 その性格はどうにかならないものか、と思っていたが今更だと冷たく突き放すような目をして問題の人物を見つめた。

その目が気に入らなかったのか兄ちゃんの前で手をあげようとする父親。

それを黙って見届ける私とその家族。

──1人だけ、それを許さない人物が居た。


「娘に何度手を上げたら気が済むのかな?」


兄ちゃんが父親の手首を掴み上げ、私を守った。

見下ろしたその瞳には怒りが混じっているのに私は気がついた。

自分なんかの為に怒ってくれている。

そのことが嘘だとしても嬉しかった。


「この決定はいかなることがあろうと覆さない。今この瞬間から雫は烏丸一族の者だ」


まだ何の契約もしていないというのに兄ちゃんはハッキリとそう宣言した。

そんな兄ちゃんの凜とした姿に私は涙が出そうになった。


──もう、この家に居なくても良いんだ。


その思いが私の中を占めた。


































































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