一目惚れ

第39話 

遼は話しながら思い出す。ある少女との出逢いの話を。


その少女と僕が出逢ったのはもう随分前の話。

 季節は秋。

緋色のもみじがヒラヒラと舞い散る頃の話だ。

 様々な色の枯葉が旋回し、遼の視界を奪っていた。

やがて視界が開けると、水面に漂う生命を失った葉をひたすら眺めている少女が居るのが見えた。

 まるで追悼の意を示しているかのように少女は見つめていた。

 

 その少女は6歳。遼は10歳の頃だった。

初めて出逢った時の第一印象はなんて強い瞳を宿した女の子なのだろう。

 それが遼が百済雫という少女に抱いた印象であった。

そして6歳にして尚、美しい少女だった。

 その容姿の美しさにも見惚れてしまったが、何よりも瞳が記憶に残っていた。

2人の出逢いは必須と言えば必須であった。

 遼は将来、鬼天狗として妖の頂点に立つ。

その為、陰陽寮を代々取り仕切る百済の一族と親睦を深めるための面会だった。

 それが雫と遼が出逢ったきっかけ。

そして、遼は雫の強いその瞳に一目惚れしてしまったというきっかけの場でもあった。本来なら妖である僕が人間に惚れるなんてことはあり得ない。

それに遼は人見知りな性格だから尚更だった。

 けれど、本能から遼は彼女のことを惚れていた。

 とても6歳とは思えないほどその黒曜石にも似た瞳は強かった。

その瞳を美しいと思った。その瞳に恋をした。

 この当時から雫はもう家族から虐げられていた。

そのことを知ったのは雫と出逢ってから少し経った後のことだった。


何故そんな無意味なことをするのだろうか。


1番に思ったのはその考えだった。

そして思った。


自分が守りたい。

この子を生涯かけて自身の全てをかけて、守りたいと。

その為に強くなろうと。

この子の為に生きようと。


そう誓った。


だから雫が傷がついているのを見つけるたびに、虐げられそうになる所みるたびに、守るように庇っていた。

 それを、とても嬉そうに少女が見るものだから。

ますます好きになっていくばかりだった。

 まだ遼は子供だった為に力も現在に比べればほとんどないに等しいものだったが、そんな自分でも出来ることはあるのだと思わせてくれた。

 雫も救われていたかもしれないけれど、遼もまた救われていたのだ。


鬼天狗にとしてまれた以上、将来担う責務はとてつもなく大きいものとなる。

 その重責から、救われていたのだ。


将来、当主となれば守るべきものがたくさんある。

選択しなくてはならないこともたくさんあるだろう。

その為にも力をつけなくてはならない。


この小さな少女を、将来花嫁に迎える為にも。

自分を好きになってもらえるようになる為にも。


力を付けようと決意した。


だが、まだこの決意は甘かった。

雫がどのように虐げられてきたのかをこの目で見てきたはずなのに。

自分が見てきたのはほんの一部に過ぎないのだと雫からの話で知ってしまったのだ。


「ねぇ。雫の部屋はどんな場所?」

『お部屋?うーんとね、硬い鉄の棒が一杯ある場所!』


この日、遼は自分を殴りたくなった。

 無邪気に式神に言わせるこの少女の棲家は、牢屋だと言うことが分かったからだった。

普通、自分の子供を牢屋に入れる親が居るだろうか。

 いや、居るのだと遼は思い直した。

書物から八尾比丘尼の娘は虐げられてきたということは知っていたけれどまさかここまでとは。

 想像もしていなかったのである。

それでも健気に笑う雫。涙を流した姿など見たこともなかった。

この年齢なら親に甘えたい歳のはずだ。

 親に面倒を見てもらうのが当たり前のはずだ。その当たり前が、この少女には与えられない。


あまりに近くて、とても遠い場所のあるものだった。


当たり前が、こんなにも遠い場所にあるのが当たり前になっているなんておかしい。


遼は幼いながら怒りを覚えた。

 だから自分が力を付け、大人になった暁には必ずその当たり前を与えようと決めていた。

雫と遊びながら遼は力を付ける為に厳しい修行を家ではした。

 肉体の強化などの修行は特にする必要はない。

鬼天狗は生まれた時からほとんど肉体も妖術を操る技術も完成されている。

 だが、完成されているからといって扱えるかどうかは本人の努力次第だ。

そのことを歴代の鬼天狗の記憶から読み取っていた遼は、その完成されたものを完璧に扱えるように修行を重ねた。

 両親が心配する程だった。

自分は恵まれていると僕は思った。

 雫にはこのように修行を重ねていたとしても、心配してくれる家族は居ない。

自分には当たり前のように居る。

 この環境に感謝しなくてはならないと常日頃思っていた。

そのように思っていたせいなのか、僕は温厚と言われるような性格に育っていった。


当たり前のことを当たり前と思わず、感謝を忘れず。


遼は妖の主に相応しいと言われる人格を形成していった。


そんな頃だった。


──雫が死んだことが知らされたのは。



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