会合

第33話 

私が烏丸の屋敷に来てから数ヶ月ほど経った頃、疲れた表情で兄ちゃんが私に言った。


「会合の日程がようやく決まったよ…。一週間後。はぁ、全一族が集まるから本当疲れるよ」

『お疲れ様』


まだ私が烏丸の屋敷に来て間もない頃に言っていた話がようやく纏まったらしい。

 会合とはその名の通り、全国の妖たちが一同に集まり情報を交換するためのものだ。

数年に何度か必要だと思われるときに開かれるもの。

 今回は私を鬼天狗である兄ちゃんが婚約したとの話を直接、妖たちに告げてお披露目するのが目的だ。

その為にしばらくの間忙しくしていたらしい。

 私はそのことに全く気が付くことはなかった。

烏丸遼という男はとても要領よく仕事をこなす妖だ。

 陰陽寮に欲しい逸材だよな、と常々思っているほど。

まぁ、そんなこと天地がひっくり返っても出来ないことなのだが。

 いよいよか、と私は少しばかりの高揚と不安があった。


百済の一族が、あまりにも静かなのだ。

まるで嵐の前の静けさのように。


あの父親の性格からして何もしないということはあり得ない。

 実際、志穂を姉がそそのかした。

これで終わるはずがない。

 それは一応娘である私がよく理解している。

だから烏丸の一族は百済の一族を警戒していた。

 

「はぁ。本当に疲れちゃった。膝貸してくれない?」

『え。重いから嫌だ、ってもう頭乗っけてるし』


最近の兄ちゃんは行動に遠慮というものをしなくなってきた。

 隙あればハグをしてくるし、キスだってしようとしてくる。

逃げたらお仕置きが待っているのは分かっているので、されるがまま。

 これで良いのかなと思う自分が私の中にいるが、婚約者だし良いかと半ば開き直っている。

そうでもしないと心臓が持たないのだ。

 毎日、心臓が高鳴るようなことばかりされてしまって。

私はかなり困っていた。今だってそうだ。

下を向けばこれでもかというほど整った顔がある。

 自己肯定感というものが私はとても低いのだろう。

 容姿に自信なんてものはこれっぽっちもなかった。

だから兄ちゃんの隣にいるということも実はかなり恥ずかしかった。

 釣り合っていない──

そう思っているからである。


「雫ってさ、僕の隣に居るの嫌がるよね」


図星のことを言われてしまい、言葉が詰まる。

 今は漆黒の瞳に写る自身の顔。

やっぱり釣り合っていないと思う自分。

 兄ちゃんの大きな手が頬を包み込む。

それはとても優しい仕草で、温かかく彼の性格を表しているようだった。


「ねぇ。どうして?」

『私は…兄ちゃんと釣り合ってない』

「え?」

『兄ちゃんみたいに綺麗な顔じゃない。言うなればモブみたいな顔だもん』

「…それ、本気で思ってる?あと、僕そんなイケメンじゃないと思うだけど」

『思ってるけど。兄ちゃんはイケメンだよ』

「ふーん…」


軽い口づけを私にした後、兄ちゃんはゆっくりと起き上がった。


『ちょっと!』

「すごーく不本意だけど、雫。君、イメチェンしようか」

『イメチェン?今更?』

「多分、明日には男子に告白されるよ。ムカつくけど」

『はぁ?あり得ないって!』

「言ったね?もし、告白されちゃったら…僕が満足するまでキスしようか」

『いや、言ってない』

「はい。決定。監視の式神も付けるから」

『そこまで!?』

「相手に恋は儚いって教えてあげなきゃならないからね」


なんて男なんだと思う私。

 告白の話が本当なら、いたいけな男子高校生の心を弄ぶことになる。

そんなこと、したくない。


『嫌だ。私は三つ編みのままを通す』

「僕としても他の髪型の雫を見てみたいからいい機会か。楽しみだなぁ。可愛いんだろうなぁ」


人の話を聞かないこの男。

 この男から逃げた日から本当に強引になった。

基本的に優しい所は変わらない。

 でもあきからに強引になったのは確かだ。

もしかしてこれが本来の性格?そんなことを考えてしまう。


「僕がこんな風な性格なの、意外?」


また心を読まれたと固まる三つ編み主張の私。

 読心術でも使っているのだろうか、と思うほどである。

そんな術、妖にはないはずなのだが。


「雫って付き合いが長い人からすると分かりやすいんだよねぇ。今も何考えてるかなんとなくだけど分かるし」

『そんなに分かりやすい性格してないと思うんだけど…』

「僕には分かるって話。別に性格が変わったわけじゃないよ?単に我慢するのをやめただけ。ほんのちょっとだけど」

『我慢ってなんの?』

「…いずれ分かるよ」


そう言って微笑むだけの兄ちゃん。私は困惑するばかりだ。

 本当に分からないことだらけ。

 その答えを知っているのは兄ちゃんだというのに教えてくれない。

いじわるだなぁと思う。

 

『兄ちゃん、やっぱり性格変わったと思う』

「そう?別にそう感じてもいいよ。僕は僕のまま君を愛するから」

『…!』

「そんな可愛い顔してもダメだよ?逆効果だから」

『その意味もよく分からないんだけど…』


頭を撫でられる。まるで猫にでもなった気分だ。

撫でてくれる手がとても優しくて、温もりを感じることが出来る。

 でも、猫だったら出来ないことをこの男はしてきた。

撫でていた手はいつの間にか背中に回され、抱きしめられる形になった。

 身長差があるので自然と兄ちゃんの胸元の位置に頭がくっつくことになる。

兄ちゃんがかなりの筋肉質であることを最近、私は知った。

 見た目は細いのに、脱いだらかなりの筋肉量を持った体格ということだ。

モデル体型でもあって筋肉量もすごいとはどれほど神様はこの男に容姿を恵んでいるのだろうか。

 神様なんて信じたことがない私であったが、兄ちゃんの容姿を見ていると本当はいるんじゃないかと思えてくる。


『兄ちゃん、筋肉凄い』

「あー。それ撮影しているとよく言われるなぁ。僕、あんまり鍛えてないんだけど」

『え。この筋肉量で鍛えてないの?』

「あんまり鍛えてないよ?昔からこんな感じ。」


鬼天狗だからかなぁと呟くように言う遼。

 その発言に私は神様は本当に居るのかもしれないと思い始めてきた。

小さい頃はこのように恋人同士がするような抱きしめ方をされたことはなかった。

 だから、私は男として意識をしたことはなかった。これは本当だ。

でも今はどうだ。

 こうして抱きしめられて、キスだってされて、大切にされて、愛を囁かれる。

 意識してなくても、意識させられる。

私は人を好きになるという気持ちも愛する気持ちも私は認めようとも、受け入れようとしないのに。

 烏丸遼という男は諦めようとしない。

だからこそ唯一、1人の女性として私を大切にしてくれるという気持ちだけはしっかり伝わったのだ。


『兄ちゃんは好きになる人を間違えたと思う』

「んー…?そんな可愛くないこと言っちゃうの?あー…傷ついたかも。どうしよう」

『え…それは、なんか、ごめん』

「傷ついちゃったからしばらくこの状態キープね。そろそろ離してあげようかなぁって思ってだけどナシ」


抱きしめる力を強くする兄ちゃん。ちょっと苦しいなと思う私。

 だけど、どうやら自分の言葉が傷つけてしまったようなので大人しくされるがままになっている。

 こんな温かい空間に何の対価も無しに居ても良いのだろうかと考えてしまう。

 安心しきってしまって頭を思い切り預ける状態になっている。

その安心した感情で気が付いてしまった。


あぁ、そうか。私は。

百済の屋敷が怖くて仕方なかったんだ──


辛い記憶しかないあの屋敷。

 その屋敷に二度と戻りたいと私は思えなかった。

私の考えの気が付いたのだろうか、兄ちゃんが全身を包み込むかのように態勢を変えて抱きしめる。


「もう、怖いものはないよ。大丈夫。全てから僕が守るよ」


優しい声色で兄ちゃんはそう言ってくる。

 その優しさと声色に私は泣きたくなった。

あの屋敷でさえ泣くことがなかった私がそんな気分にされてしまった。

 泣く代わりに、静かに目を閉じた。



 


 

 

 

 





















 













 

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