先祖返り

第25話 

当代、八尾比丘尼の娘である私は霊の言葉に固まった。

 悪霊だった霊がかつて自分と同じ力を持った娘だというのだ。

驚かずにはいられなかった。


『なんで悪霊なんかになってたわけ』

「同じ八尾比丘尼の娘なら分かるでしょう。悪霊にもなるわよ」


よく見れば女の身体はかつて百済の屋敷に居たように傷だらけだった。

傷がすぐ治る特異体質のはずなのに治っていない。

 それは霊になってしまったからなのか、それとも傷の治りに合わせて傷つけられていたのかはわからない。

 それでも分かることがある。

 私と同じような心の傷を持って生きていたということなのだろう。

だけど当の本人である私はそれだけで納得することが出来なかった。


『理由になってない。潔く成仏していれば良いものを』

「確かにその方が楽だっかもしれないわね。でも、先祖返りの貴女が同じことを言えるのかしら」

『…先祖返り?一体何のこと』

「だって貴女」



殺されたことがあるでしょう?



その言葉はいつの日だかに兄ちゃんの両親からも聞いた覚えのある言葉で。

 自分が本当に死んだかなんてことはその時に生きていなかったのだからもちろん分からない。

 だが言われてみれば思い当たる節はあった。

恐らく、今まで生きてきた中で1番の痛みを背負わされたあの時の話だろうか。

 私はあくまで冷静に自身に起こったことを思い出す。

悪霊と化した土地神に襲われた記憶が幼い頃にあった。

 除霊するというのは至難の技でその時から私は盾として、壁として扱われていた。

 いつもならどんな怪我だろうと私は怪我の痛みで意識を飛ばしたことがなかった。

 だが、その日だけは違った。



──確かに、意識を手放していた。



記憶が確かであれば腹を抉られていたと思う。

 そして腕も悪霊に食われていたはずだ。

いくら傷の治りが早いからといってそれは明らかに致命傷であり。

 自分は家族に見捨てられて最期まで盾として使われいた。

思い当たるとしたらその出来事しかなかった。

 翌日、私は何事もなかったかのように傷は塞がっており山の中で村人により発見され保護された。


(つまり、どういうことなの?)


家族に盾として使われていた私は霊を睨みつける。


「貴女だけは不老不死の身体なのよ。先祖返りだけはそうなの」


身体が、口が、衝撃で動かなかった。

 死んだ者が、しかもただの死人ではない、かつての八尾比丘尼の娘がそう言っているのだ。その信憑性を疑う事ができない。

死後の世界に近い者が言っている。

 これだけで充分確証を得る事ができた。


(でも、何故百済は隠していた?そして烏丸は何故知っていた?)


沢山の何故が浮かんでくるが答えを知るのは当の本人たちだけだ。

 自身が不老不死だということは分かった。

だが、それが何か問題になるのだろうか。

 霊の言った言葉を考えてみる。

問題になるからこそ百済は隠し、烏丸は調べ上げたのだろう。

 あくまでも冷静に私は自身のことを考えていた。


『それが何か問題になるの?』

「貴女自身に問題はないわ。問題は、娶る側よ。」


霊は悲しげな笑みを浮かべながらそう言った。

 娶る側、つまり烏丸遼のことである。

私は目を見開いた。


「お友達は大切にしなさいね。お陰でつい人間に手を出してしまったわ」

『同級生だけど』

「貴女にとってはね。私は貴女が心配。死というのは私たちにとって最大の救いになっていた。でもそれがない貴女は何が救いになるのかしら」

『そんなことは自分で決める』

「当代の八尾比丘尼はそう言うのね。私と違って強い。羨ましいわ」

『強い?私が?』

「ええ。…そろそろ行くわ」


霊は私にとっては謎の言葉を残し、その場を去っていった。

 現場には私と意識が辛うじてあった志穂、霊障課の人間たちだけが取り残された。

何はともあれ無事、除霊完了である。

 坂田志穂は助かった。


──私にとって大きな謎を残して。


衣服と神楽鈴を返し、志穂の身柄を霊障課の人間に任せた後に報告書作成に私はパソコンに向かう。

 今日もキーボードの音が鳴り響く。

他の陰陽師はもう帰宅しているようで、取り残されているのは研修を終えたばかりの私だけだった。

 思い起こされるのはあの霊が言った言葉。


問題なのは娶る側。


 烏丸遼にとって何の問題になるというのだろうか。

八尾比丘尼は妖にとって繁栄をもたらす存在のはずだ。

 私の知らない何かがあるというのだろうか。

『先祖返り』の私だけ知らない隠された何かが。

 だけど、府に落ちる点もあったのだ。

殺された事があったという話を知っていた兄ちゃんの両親のあの表情。

 とても辛そうに私には見えていた。


(考えても仕方ないか…)


その内、向こうから何かしら言ってくるはずだ。

 そう信じて私はパソコンの電源を落とした。

今日も兄ちゃんは建物前で待っているはずだ。

 あまり待たせたくはないと私は急いで帰り支度をし始めた。







































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