14

「でもね、第二種はまた別物」


 カクテルグラスをコースターに戻した志摩は片肘で頬杖を着き、こちらを見遣る。


「……というと」


 肩をすくめて胡乱な視線を受け止めると彼女はそこでめずらしく眉を寄せた。


「あれはね、もう人間とは呼べないのよ」


 彼女の知るところによると第二種リーパーの役目は軍隊における特殊部隊のようなものだという。

 

「彼らは処刑のための手段を選ばないわ。大事故や大惨事を装うことだってある。そして無関係な命を巻き込んでしまうことに躊躇しない」


 なるほど。

 

 僕は得心する。

 それならたしかに人間としての感情などさらに無用の長物になるだろう。

 けれど……。


「もしかして、というか考えてみれば今更なのかもしれないけれど、死神の処罰対象が悪人とは限らない、そういうことだろうか」

 

 眉根の険しさを消した志摩が人差し指を立てた。


「ピンポーン。だってそもそも現世と冥界では根本的に善悪に対する基準が違うんだもの。正義の味方も敵対勢力からみれば悪の権化。聖人と悪魔は紙一重ってところかしら。冥界はその呪詛の脹れ具合で処罰対象を決めているのよ」


 今度は僕の眉間に皺が寄る。


「つまり第二種リーパーは多くの一般市民を犠牲にして一人の善人を狩ることもある、と」


 その僕の目線をかわすように志摩は再びカクテルグラスを持ち上げた。


「ま、そういうこと。だから辞めておきなさい。ただの殺戮マシーンになりたくなければね」


 きらめく彼女の唇がそう言い置いてから真っ赤なジャックローズを啜る。

 つられるように僕もショットグラスを口に運んだ。

 ズブロッカを舐めると舌先が痺れた。

 そして飲み下すと喉が焼けるように熱くなる。

 チェイサーに手を伸ばそうとすると不意に志摩が指先を僕に向けた。


「ねえ、いい話があるの。聞きたい?」



 **********



「ルキフェルの名において命ずる。出でよ、サーバント」


 刹那、証言台のすぐそばに黒い瘴気のような淡い影が現れた。

 同時に無数の蟲が飛び交うような不快な重低音があたりに響き渡る。

 そして瞬く間に影は漆黒へと濃度を増し、やがて仁王立ちの死神へと変じた。


 真っ黒で無骨なロングコート。

 青白く痩せこけた顎が覗くフードのそばに、柄尻を床に突き立てた大鎌デスサイスの刃が鈍い煌めきを放っている。

 そして微かに立ち込めた臭気に僕はひとつ肯き、囁くように僕は命じた。


「まずはこの者に耐え難き苦痛を与えよ」


 標的を指し示すように砂時計を軽く揺すると銀細工の二匹の蛇が蠢き、それぞれに僕の手首へと体を絡みつかせ、やがて息を合わせたように同時にその鎌首を血管へと突き立てた。

 痛みはない。けれど氷を押し付けたような冷たさがそこから肩口へと走った。

 砂の色が赤黒く変わった。

 そして血液と化したそれはポタポタとそのくびれ部分から滴り始める。

 次いでサーバントが被告人席の方にゆっくりと歩み寄っていく。

 彼の息遣いがうっすらと聞こえてきた。

 それは苦しげで、苛立たしげで、どこか悦を帯びた興奮の音色。

 けれど佐伯にはやはり剣呑なその姿がまるで見えていない。

 目前に立ちはだかる黒衣の巨人を素通りさせた目線がやがてヘラリと歪んだ。


「なんだよ、訳の分からないことをブツブツと。でも、まあいいや。夢の中だったらぶっちゃけても問題ないよね。ごめん、本当は言いたいことあるんだよ。あんたと死んだ奥さんにさ」


 僕は死神の背に右手を挙げて、いままさに佐伯の頭部に宛てがわれんとしていた大鎌の刃先を制する。


「そうか、それじゃ念のために聞かせてもらおうか」


 すると佐伯は得意げに鼻を啜り上げ、それから顔をほころばせて会釈でもするように軽く頭を下げた。


「あはは、まずはあんたに。この度はご愁傷さまでした、と」


 軽口を放つ彼を僕は無表情に見つめる。


「でもさ、結果的に良かったじゃん。子供ガキもいなかったんでしょ。しがらみなんてないじゃない。それにまだ若いんだから全然やり直せるっしょ。新しい女見つけてさ、また楽しく暮らせばいいんだって。これってリアルリセマラって奴?あはは。何年か刑務所に入んなきゃなんない俺に比べりゃ天国じゃん。いやいや、おめでとーって感じ」


 こめかみに微かな痛みが走った。

 けれど僕はそれでも表情を変えることなく佐伯を見詰め続ける。


「それと奥さんね。いやあ、お気の毒だったね。でも元はといえば旦那が危ない組織に目を付けられたのが運の尽きだったんだよ。ホント気の毒、かわいそ。死んじゃったのは残念だったなあ。いいカラダしてたのにさあ。それに可愛い声でずっと泣き喚いて、あんたの名前叫んでさあ。ああいうの興奮するよね。いやあ、もっと楽しみたかったし、マジ惜しかったわ」


 血時計を握る左手がわずかに震えた。

 赤銅色になった蛇が吸い口を離すまいとその冷ややかな身体をさらに強く絡み付かせる。僕は胸の奥底で怒りの炎が揺らめくのを感じて安堵の息を細く吐いた。


「ありがとう、感謝するよ。これで心置き無く晴らせる」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る