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霊安室で変わり果てた妻を呆然と見下ろしていると耳元で低い声が響いた。
「村上、所轄から報告が入った。容疑者と思しき人物を二名確保したそうだ」
僕は微動だにせず、ただ肯く。
そして立ち去りかけた先輩の刑事に譫言のような声を向けた。
「取り調べ、自分にやらせてください」
無言。そして首を振る気配。
「無理だ。分かるだろう。これは一課の仕事だ」
「分かりません。立ち会うだけでもいいです。やらせてください」
「駄目だ」
うなだれ、拳を強く握りしめる僕の背中に彼はやるせなさを込めたため息をひとつ吐いて、それから静かに去って行った。
一連の捜査に僕は関わることを許されなかった。
しばらくの間、デスクワークのみを命じられ、ただ被害者の夫として仲間から情報を受け取るだけの日々が続いた。
逮捕、起訴された男たちはともに消費者金融に多額の借金を抱える若者だった。
返済に窮していた二人はいずれも裏サイトでノワルーナと名乗る人物に持ちかけられた簡単な仕事で多額な報酬という話に飛びついたのだという。
その詳細はある組織から大金を持ち逃げした女を拉致してほしいというものだった。そして組織絡みなので決して表沙汰にはならないから、警察が介入することもないとも伝えられていたようだ。
請け負うと後日、送り主不明でスタンガンや薬品など拉致に必要な道具が届けられた。また事件の数日前には共謀相手の顔写真や細かい指示がメールで送られてきて、同時に前金として報酬の半額が通帳に振り込まれた。
そして彼らは事件当日に温泉街で顔合わせをした後、指示通りにあの山小屋に隠れ、登ってきた女をスタンガンで気絶させて拉致したのだという。
山小屋から別の山道を十五分ほど降ったところに廃墟となった別荘があった。
ノワルーナのメールには女が目覚めたら手元に送った薬を飲ませるようにとあったようだ。そのカプセルは自白剤だから、それを使って金の在処を聞き出すように、そう命じられていたらしいが、彼らは拐った女が若く、あまりにも美しい容姿をしていたので欲情を抑えきれずに散々犯したのだと自白した。
供述書によると妻は……結衣は泣き叫び、何度も気を失い、それでも彼らは犯し続けたのだという。
ノワルーナから郵送されてきていた薬を言われた通りに口に詰め込んだのはその後で、するとたちまち女が泡を吹いて動かなくなったので怖くなり、そのまま逃走したのだと二人とも証言した。
二ヶ月後、両名の裁判員裁判がほぼ同時期に開廷された。
二人とも起訴事実を認めたが、動機についてはいずれも未だ正体不明であるノワルーナの指示に従っただけと証言した。
一人は背が高く極端な撫で肩をしていて、何度会っても忘れてしまいそうな平凡な顔をしていた。
もう一人の男は中肉中背、けれど異様に目と口が大きい男だった。
二人とも坊主頭で髭も綺麗に剃られていた。
二つの初公判を傍聴席から眺めていた僕は怒りの声が吹き出してしまいそうな喉を硬く閉め、浮き上がりそうな膝を握り拳で制してただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
第二回公判はともに数日後。
証言台に立つ予定の僕は果たして理性を保ち続けることができるのだろうか。
自信はないし、むしろ妻への手向けに夫としては暴発しなければならないような気さえしていた。
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