幸せにする手段と資格

「ちょっと静かにしろ」


 と小さい声で言う灰原さん。


 どうしたのかと思い、灰原さんの視線の方向を向けるとそこにいたのはストーカーのおっさんがいた。


 さらに言えば、さっきまでの俺たちと同じ姿勢をして、さっき唯華たちが向かった方向を見ていた。


 俺たちが驚いて、そしてばれないように息をひそめて固まっているとおっさんは唯華たちが向かった方向へ忍び足で向かった。


 俺は頭が若干フリーズした状態になっていたが正気に戻り、このまま唯華に接触するのではと思い急いでおっさんについていこうとした。

 しかし、灰原さんに腕を引っ張られて俺の足が止まった。


「なんで止めるんですか!このままだと唯華たちに接触するかもしれないじゃないですか。」


 俺はその感情のままに小声でそう言った。しかし、灰原さんは冷静そうな態度を崩さなかった。


「落ち着け。私たちの目的はあのストーカーを逮捕することだろ。このままだとこの前みたいにのらりくらり躱されるだけだ。」


「そ、そうですね。すみません。それなら、何したらいいですか?」


「まずはスマホで録画しろ。そして、私たちもばれないように忍び足で行くぞ」


「すみません。分かりました」


 俺は預かっていたスマホで録画を開始すると、先に忍び足で歩いて行った灰原さんについていった。さっきまでストーカーがいた角から顔を出し覗き込んだ。


 まだ、唯華たちには接触はしていないようで俺はほっと胸をなでおろした。さらに証拠もばっちりと押さえることができた。


「もう少しだけストーカーに近づくか」


「それがいいと思います。」


 今は唯華たちとストーカーと俺たちは1対1対1くらいの間隔で並んでいる。


 ストーカーも俺たちもばれないようにするためにかなりの間隔をあけているが、はたから見たらかなりやばい状況だろう。


 まぁ、この時間に人が少ないのが功を奏したわけだが、人に見られたら大事になるかもしれないので早く終わらせるためにも近づくことにした。


 なるべく音を立てないように近づき電柱の後ろに隠れることができた。


 多分、ストーカーが後ろを見たら終わるが前に集中しているだろうし、ここからだったらにげても捕まえることができるだろう。


 そう思っていたら、ストーカーが体を動かそうという動作をした。俺はそれを見た瞬間体が動いた。


 スマホを灰原さんに押し付けるように返し、急いでストーカーに向かって飛びついたのだ。


 ストーカーはさっきまで忍び足のように動いていたのに今度は走り出そうとしていた。さらに女子たちの中で唯華はなじめずに一番後ろでうつむきながら登校していた。それでストーカーは唯華を誘拐するつもりなのかと思ったのだ。


 後ろから「おいっ!」という声が聞こえたが一度動き出した足を止めることはできなかったし、しようとも思わなかった。


 結果、ストーカーに飛びついて捕まえることはできたが唯華に気づかれないように唯華の死角になる曲がり角に飛び込んだことが災いして俺の頭を思いっきりぶつける結果となった。


「っっっっっっっ!!!」


 俺は唯華に気づかれないようにできるだけ声が出ないように我慢したが、少し聞こえてしまったのか女子たちが振り向いた。


 そして、電柱から体を乗り出した状態の灰原さんと目が合う形となった。


「ま、まさかあなたがストーカー?男の人だと勝手に思い込んでたわ。」


「いや、あの別に私は怪しいものではないのだが」


「怪しい人はみんなそういうわ。ていうか怪しくないなら、電柱からそんな顔だけ出すような恰好をしなくてもいいじゃない」」


 女子たちのリーダーと思われる女の子は俺に対しても使った謎理論を使った。後半に関してはその通りなのだが。


 しかし、ちょっと焦っていった灰原さんだったが冷静になったのか


「私は警官だ。最近ここら辺に不審者が現れていると聞いてな。女の子たちが歩いていたから見張っていたら、おびき寄せれるかもしれないと思ってな。疑うなら警察手帳を見せるぞ」


 と言って、警察手帳を取り出して見せた。


「残念ながら収穫はなかったわけだが、気を付けて学校行くんだぞ」


「そうなんですか。勘違いしてごめんなさい。」


「いや、気にするな。勘違いされやすい恰好だった私に原因があるからな。」


「わかりました。お仕事頑張ってください。」


「ありがとうございます。」


 各々がそういうことを言って、再び歩き出した。その様子をしばらく見ていた灰原さんだったが、こちらをあきれたような顔で見下ろした。


「で、いつまでその格好でいるつもりだ?」


「あの頭を思いっきりぶつけていたい上に灰原さんが警官だと聞いて暴れているので声を出さないように口抑えているだけで精いっぱいだったんですよ。そこで見ているだけじゃなくて手伝ってくださいよ。」


 今の態勢はまるではたから見ると俺がストーカーを襲っているような恰好だろう。


 まったくもって心外である。


「私はそっちの趣味がないのだが」


「襲うのを手伝えって言っているんじゃないんですよ。早くしてください」


 そう言っている間にストーカーはすっかりとおとなしくなったため、口を押さえていた手を離した。


「で、どうしてこんなことをしたんだ?」


 俺と灰原さんは立ち、ストーカーおっさんを見下すような形になっている。


 それでも、おっさんは顔を合わせようとせずにそっぽを向いている。


「ふん、唯華ちゃんのためを思ってに決まっているだろう」


「は?」


 俺はその言葉に驚いたと同時に怒りを少し覚えた。


「何を言ってるんだ、おっさん。それが唯華のためになると思ってんのか?それで唯華が迷惑するとは考えなかったのか!」


「そりゃ思うに決まってるだろ」


「じゃあ、なんであんなことをしたんだよ。唯華の怖がってた顔を見てなかったのか!」


「すきだからに決まってんだろ」 


「好きな人なら嫌がってても何でもしていいとでも思ってんのか?好きな人が自分のせいで怖い目に会うんだぞ。かわいそうだとかやめようだとかは思わないのか」


 俺の怒りはMAXになっていた。

 意味わからないことばっかりだ。


 好きな人を幸せにするために選んだのがストーカー?誘拐?

 バカじゃないのか?


 そんな気持ちでいっぱいだった。


 しかし、おっさんはそれに対しても食いついてくる。


「今はそうかもしれない。じゃあ、それ以上にこれから幸せを感じさせてあげたらいいじゃないか。お前は唯華のことを思っているって言っている割に唯華ちゃんのことを出しにして逃げてばっかじゃないか!校門だってそうだ。反論すればいいだけなのにお前は逃げることを選んだ。唯華ちゃんが助けてっていう目をしていたのにだ。そんな奴が唯華ちゃんのことを幸せにできるっていうのか。」


「それならそっちだって、唯華のためにって自分の欲を満たしたいだけじゃないか。今の唯華を幸せにできないで怖い目に合わせて、大人になった唯華を幸せにできるわけがないだろ。」


「それはお前だってそうだ。今の唯華を幸せにできないってお前もできてないだろが。じゃあ、なんでだ?校門で逃げたのはどうしてだ。人に唯華ちゃんの顔を見ていなかったのかとかいう割に自分は全く見てないじゃないか」


「それは逃げてたんじゃなくて唯華の……」


「ためを思ってでもいうのか!!」


「っっっ!!!」


「そんな人と一緒にいて幸せと感じるわけないだろ。お前は男なんだろ、年上なんだろ、そして唯華ちゃんは人見知りなんだろ。さっきの登校している様子を見てなんも思わなかったのか、話もせずにさみしそうに後ろをついて行ってただっけだっただろ。それをお前は言い訳ばかりで逃げて。だから、俺はお前じゃなくて俺のほうが唯華ちゃんのことを幸せにできると思っているんだ。大事な人のために大事な人が一番してほしいと思っていることをできない男にあいつのことは任せておけない」


 俺は何も言い返すことができなかった。おっさんの言ってることは結局正しいのだ。


 結局そうだ。俺は逃げてばっかなのだ。


 校門の前でのことだって、今のことだって、もしかすると唯華からの好意もかもしれない。


 俺のせいであいつはあいつの家族は不幸になった。


 俺が巻き込んでしまった。


 俺があいつに好意を寄せられる資格がないと結局逃げてばっかりだったのだ。


「なんか感動的なことを言っているように聞こえるけど、ストーカーが父親ずらをしているだけだからな」


 そんな空気をぶち壊すようにあかりさんはその一言を発した。


 たしかに。ちょっと押されかけてた。


 おっさんの言ってることが正しいのは本当だ。


 でも、唯華のためにもここで負けるわけにはいかないのだ。


「……だが、それが唯華のためになるとは限らないじゃないか。唯華は自分で過去を乗り越えなければならない。そうじゃなければ、何の成長にもならない」


「じゃあ、お前はなぜサポートしようとしなかった。唯華ちゃんが過去に何があったのかは私は知らない。別にそんなことはどうでもいい。でも、お前は気にしているんだろ。唯華ちゃんが友達がいないことを。で、お前は今まで唯華ちゃんが友達できるように何か行動を起こしたことがあるのか」


「そ、それは」


「どうせないだろ」


 そうだ。唯華のためだって言って俺はいつも見てるだけだった。

 手伝うこともできたのにだ。


「お前のことは少ししか知らないがそれでもわかるぞ。お前は逃げてばっかだ。唯華ちゃんが一人でできるようにってお前は何か手伝いもしようとしない。校門の時だってさっきだってそうだどうせ唯華ちゃんのためとか言って逃げてたんだろ。本当は怖いだけなのに、それが逮捕されることがか、悪い噂が流れるのがか、唯華ちゃんに嫌われるのがかは知らないが。それを唯華ちゃんのせいにして。唯華ちゃんのために行動した男と唯華ちゃんのせいにして逃げた男、本当のクズはどっちだ!」


「それは」


 それに俺はやっぱり言い返すことができず、俯いてしまった。


「少なくとも本当のクズはお前だぞ。ほらぐだぐだ言わずさっさと立て。警察署まで連行するぞ。」


「ふん」


 そんな俺を見た、あかりさんはそう言っておっさんを無理やり立たせて、警察署に連れて行こうとして、足を止めた。


「唯人、犯罪者の言葉なんて気にするなとは言わないが、そんなに気に病む必要はないぞ。誰の言葉だろうが全部受け止めてたらキリがないからな。まぁ、だからと言って聞こうとしないのも論外だがな。結局、一番大事なのは自分がどうしたいかだ。お前はどうしたいかそれを考えろ。考えて考えて選んだ答えが最適解だ。わかったな」


「は、はい…」


 あかりさんはそう言葉を残し、警察署に戻ろうとした時、おっさんは俺の方を見て、こう言った。


「ちょっと待て、最後にいくつか言わせろ」

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