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センセイ

.゚・*.

 辞めるか、続けるか。

 私に与えられた選択肢は、その二つでした。


 どちらを選んでも嬉しいだけじゃないという事は分かっていたからこそ、辛かった。


 選んで辛いなら、選びたくなかった。


 それでも私は選ばなくちゃいけなくて、その日、私は数えられる程の人しか見ていない壇上から、そっと立ち去りました。


 それから、『売れない地下アイドル』でさえ無くなった私。

 私は、とても楽な気持ちになりました。


 毎日のレッスンも、作り笑顔も、好きでもない歌を歌うのも、何もかもやらなくて良くなりました。


 それでも私は、ちっとも楽しくなかった。


 辛い事が無くなっただけじゃない、たった少しでも見てくれた人は居て、それがとても嬉しかったのに、その人達はもう私を見ていない。


 でも、その人達が居なくなった訳じゃなくて、私が居なくなったんだから、その人達は何も悪くない。


 誰も悪くない……強いて言えば居なくなった私が悪いのに、きっと誰も幸せになんかなっていないんです。


 私は辛さを失う事と同じくして、伴っていた喜びまで失う方を選んだのです。


 でも、それを失う事が分かっても、私はきっと捨てていたんだと思います。


 だって……私はただ、好きな歌を歌いたかっただけだったから。


 好きな歌を、好きな歌い方で歌っていたかったのに。


 ふと思いついて飛び込んだ『人の目』のある世界で、きっと幸運にも拾って貰えた私は、たくさん褒めて貰いました。


 私の声が生きる歌、声の出し方、たくさん教えて貰いました。


 でもそれは、私の好きな歌では無くて、好きな歌い方でもきっと無かった。


 今なら分かります。

 その時は聞いてくれる人、好きだと言ってくれる存在が嬉かったんです。


 でも、気づけばそれとは遠く遠く離れたアイドルという存在……歌なんて自分のパートの少ししか歌わせて貰えない、そんな『アイドル』になっていました。


 そこまで進んでやっと気づいたのは、楽しくないという事実を、優しい言葉がそっと目隠ししていたからだと思います。


 人の見る世界に居るものの、その場所は端の端の影。

 下手だと言ってくる人さえ居ない場所で、それに気づくにはあまりにも暗すぎたんです。


 それでも……気づいてしまった私は、その場からそっと降りたんです。


 世界が広すぎて、きっとほんの少しの波も立たなかったでしょう。

 ここは影で暗いから、きっと、居たものが居なくなったことに気づくのだって難しいのだから。


 そう思うと、私は一体何の為にアイドルをしていたのか、分からなくなりました。


 分からなくなって、悩んで、やっと思い出したのが、歌を歌うのが好きだという事。


 ずっと、忘れていました。

 思い出した私は、私の好きな歌を歌い出そうとしました。


 ……でも、感じるんです。


 あの歌を……好きでも無いあの歌を歌ってる私の方が、きっと今歌う私より、何倍も素敵な歌を歌えている。

 今の歌より、皆に褒められる歌を。


 そう考えると、どうしても好きな歌を楽しく歌えないんです。


 歌は人に聞かせるものだと割り切れない。

 だけど、だからといって褒められない歌を一人で歌い続けるのは耐えられない。


 私は、段々と歌わなくなりました。


 歌わない日々は、歌わなくても当然回るけれど、やっぱりどこかで気がかりで、ふと思い出してしまってモヤモヤとする日々。

 それは、どちらからも逃げてしまったから。


 空は灰色で、どっちつかずで、辛い事から逃れたんだと思って居たここは、結局一番辛くて。


 好きな歌か賞賛か、選ぶか選ばないかで濁りに濁った私の心が歌を諦めかけていた時、私は知らなかった新しい選択肢を知りました。


 それは何よりも格好がつかなくて、中途半端で格好なんてつきはしないけれど、確かにあった道。


 白黒ハッキリつけられなかった私に見えた、分岐点で立ち止まって見る灰色とは違う、灰色の道。


 きっとその道は、最初から見えていた。

 それでも選択肢に出なかったのは、その灰色の道は、白黒どっちもの道にあるものが無いから。


 道なんて呼んでいいのかさえ分からない、白と黒の混ざった空間だから。


 それでも……それでも私は、うんと悩んだ末、ゆっくりとその道に足を踏み入れた。














 好きを気にせず心ゆくまで楽しんで、素敵だと思って貰えるだけのものを、それだけをそっと端の端の世界の人に見てもらう。


 選んだと言うには格好がつかないけれど、確かに私の選び取ったどっちつかずな灰色の道が、そこにはあるのだから。




 もう、白か黒かには立ち止まらせない。

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