本家の存続をかけて、俺が挑んだ妊活

春風秋雄

本家の一人っ子が妊活に挑む

お袋が部屋を出て行ったあとに、俺は妻の早紀に聞いた。

「早紀は、本当にそれでいいのか?」

「仕方ないです。私に子供が出来ないのは事実ですし、この家のことを考えれば、そうするしかないと思います」

「出来ないといっても、病院の検査では二人とも異常はなかったのだから、これから出来る可能性だってあるじゃないか」

「でも、今まで出来なかったのですから、私は子供が出来にくい体質なのだと思います。それに、時代が時代であれば、子供が出来ない嫁は離縁されて当然なのに、私はこのままこの家に置いてもらえるのですから、私はそれだけで充分です」

「そんな、いつの時代のことだよ。昭和の時代でもそんな風習はなくなっていただろ」

俺はやりきれない気持ちだったが、子供の頃から親の言いなりに育ってきた俺は、お袋や親父にこれ以上反論して逆らうことも出来なかった。


俺の名前は古賀達也、34歳。俺の家は福岡県の片田舎の地主だ。古賀家は明治時代に林業で財を成して、様々な事業に出資して成功を収めてきた。そして、現在では全国に古賀家が出資して成功している企業がいくつもあり、いわゆる古賀グループを展開している。本家当主である俺の親父は、そのグループの大株主ということだ。そして、いずれは俺がそれを継ぐことになる。

古賀家は、それだけの財を成しながら、代々、福岡から出ようとはせず、この片田舎で暮らしている。

妻の早紀とは10年前に見合いで結婚した。見合いと言っても形式的なもので、親が選んだ相手との結婚は既成事実で、見合いはそのプロセスに過ぎなかった。家の仕来りに、俺は歯向かうことはできない。父も祖父も、代々そうやって結婚してきたと子供の頃から言われてきたので、俺は学生時代から彼女はつくらないことにしていた。

俺より2つ年下の早紀は大人しい性格で、器量も良く、一緒に暮らしているうちに俺は早紀を大切に思ってきた。しかし、なかなか子供が出来なかった。俺は一人っ子だったので、早紀へのプレッシャーは大変なものだった。結婚して2~3年も経つと、お袋から色々言われていたようだ。病院へ行って検査してもらったが、二人とも問題はなく、自然に妊娠することを待ち望んだが、結婚から6年経っても子供は授からなかった。4年くらい前から妻は不妊治療に通い妊活を始めたが、一向に結果は出ない。その頃になると早紀は精神的に追い込まれていたのではないかと思う。2年くらい前から人工授精を4度試みたが、妊娠には至らなかった。

そこで、お袋が提案したのは代理出産だった。ただし、お袋が言う代理出産は医学的なものではなく、簡単に言えば妾を作れということだった。外で産ませた子供を引き取り、俺たち夫婦で育てるという、江戸時代かと思わせる発想だった。さすがの俺もその提案には異を唱えた。俺は早紀を愛している。他の女性とそういう行為をするつもりはない。子供が出来なければ養子をとれば良い。そう反論した。しかし、お袋が言うには、赤の他人に古賀家を継がすわけにはいかない。それでは親戚が納得しない。あくまでも本家の血を受け継いだ子供が必要なのだというのだ。このままでは押し切られると思ったとき、早紀がお袋に提案した。

「お話はよくわかりました。でも最後に体外受精を試させてください。それでダメならお母様の言う通りにします。どうか、お願いです」

その言葉にお袋も折れた。俺たちは最後の望みで体外受精にチャレンジした。しかし、先日結果が出て、結局ダメだった。

そして、今日、お袋が今後の段取りを伝えるために俺たちの部屋にやってきたというわけだ。

「早紀さん、あなたには申し訳ないけど、この前言ったとおりにさせてもらうよ。もちろん、あなたがこの家の嫁であることには変わりはないから、子供が出来たら自分の子供だと思って育ててやってくれ」

「わかりました。ただし、お願いがあります」

「何だね?」

「子供が出来てからは、達也さんとその女性は一切会わせないと約束してください」

「わかった。約束しよう」

「それと、子作りの行為はこの家で行って、外では一切会わないようにさせてください。達也さんがその女性に会うのは、この家だけで、それもその行為のためだけということにしてください」

お袋はジッと早紀を見つめた。

「あなた、それで辛くはないのかね?」

「私の知らない場所で、どんなやりとりがされているかわからない方が辛いです。この家でしか会わないのであれば、あくまでも子供を作るためだけに会っていると納得できます」

「わかった。じゃあ、奥の部屋で行うことにして、食事なども一切出さず、外では絶対会わないようにさせよう。そのために相手の女性は県外から連れてくることにしよう」

お袋はそう約束した。

俺は二人の会話にまったく入っていけなかった。二人の静かだが、火花が散るような会話に俺の意見を挟む余地はまったくなかった。


いよいよその日が来た。すでに相手の女性は奥の部屋に待機しているとのことだ。俺は背中を向けている早紀に「じゃあ、行ってくる」と言って部屋を出た。早紀は何も言わなかった。

部屋に入ると、女性は寝間着の浴衣姿で布団の横に座っていた。

「初めまして。千恵美といいます。よろしくお願いします」

「達也です。こちらこそ、よろしくお願いします」

俺はそう言って布団を挟んだ反対側に座った。千恵美さんはまだ20代前半だろうか。とても可愛らしい顔をしている。

「事情は聞いていると思いますが、本当によろしいのですか?」

「はい」

「やはりお金のためですか?」

「ええ、母が病気でお金が必要なのです」

「まだ独身ですよね?」

「はい」

「付き合っている人はいないのですか?」

千恵美さんは黙り込んだ。彼氏はいるようだ。

「彼氏はこのことを知っているのですか?」

千恵美さんは悲しそうな目で俺を見た。

「知りません。今回の件を引き受けることにしたときに、彼とは別れました」

なんということだ。古賀家のことで、例えお金のためとはいえ、愛し合っている男女を不幸にして良いのか。

「そろそろ始めませんか?」

千恵美さんはそう言って浴衣の帯を解きだした。


シャワーを浴びて部屋に戻ると、早紀はベッドに入って背中を向けていた。布団に入り、後から早紀の肩を抱くとビクッと反応した。どうやら寝ているわけではなさそうだ。無理やりこちらを向かせると、早紀は泣いていた。その顔を見た瞬間、愛しくて思い切り抱きしめた。こんな辛い思いをさせて申し訳ないという気持ちがこみ上げ、俺も目頭が熱くなった。それと同時に異常に欲情した。俺は我を忘れて早紀を抱いた。


千恵美さんとの妊活は妊娠の確率の高い5日間、毎日行い、それで妊娠しなかった場合は、翌月また行うことになっていた。翌日も同じように奥の部屋に行くと、千恵美さんが待っていた。

「今日もよろしくお願いします」

そういう千恵美さんは、昨日と違い緊張がほぐれていた。

千恵美さんの話では、お袋との話し合いで、この5日間の妊活でとりあえずお母さんの先進医療が受けられるだけのお金はもらえるということだった。俺はそれを聞いて安心した。妊娠し、無事出産したら、毎月の生活費を面倒みると言われているらしい。まったく、金持ちの発想だと俺は半ばあきれた。

妊活の時間が終わり、部屋に戻ると今日の早紀は泣いていなかった。その代わり、今日は早紀の方から積極的に求めてきた。


翌日、俺は仕事帰りに従弟の健一君に会った。親父の妹さんの息子だ。俺より3つ年下だった。健一君は福岡市にある古賀グループの会社で働いている。健一君のお父さんが社長をやっている会社だ。お祖父さんは健一君のお母さんに婿養子をとり、その会社の社長を任せていた。先々は健一君がその会社を継ぐのだろう。

「達也兄さん、久しぶりです」

健一君とは子供の頃、よく遊んだ。お互い働き出してからは、なかなか会う機会がなく、会うのは久しぶりだった。

「元気そうだね」

「僕に相談って、何ですか?」

「君のところの健吾君を、俺にくれないか?」

健一君は何を言われているのかわからず、きょとんとしていた。俺は今俺たち夫婦が置かれている状況を説明した。健一君のところには男の子供が二人いる。そのうちの長男の健吾君を俺にくれと、もう一度言った。

「事情はよくわかりましたけど、さすがにそれはお断りします。健吾を手放すなんて考えられないですよ」

「だろうね」

「そもそも、養子なら次男の健斗というのが普通ですが、どうして長男の健吾なんです?」

「養子にもらうということは、将来古賀グループの総帥になるということだ。その時、弟の健斗君が総帥になったら、長男の健吾くんはどう思う?」

「そういうことですか」

「どうだろう?健吾君を古賀グループの総帥にしたいとは思わないか?」

「まったく思いませんね」

「どうして?」

「苦労が目に見えていますよ。それに、その話は達也兄さんのお母さんが許さないでしょう」

確かにそうだ。お袋としては自分の血筋で後継者を作りたいはずだ。健一君の子供だと、本家の血筋といっても、お袋とはまったく血がつながっていない。それでは古賀家の嫁としてのプライドが許さないだろう。

「伯母さんの気持ちはわかるけど、俺が達也兄さんと同じ立場でも他の女性に子供を産ませるのは嫌だな。嫁さん公認で他の女性と出来るのは嬉しいかもしれないけどね」

「何言ってるんだよ。そういうのはバレないようにやるのが楽しんだよ。じゃあ行ってきますと言って、他の女性が待っている部屋に行くのは本当に嫌なものだよ」

「達也兄さん、とりあえず今日の話は聞かなかったことにするよ。達也兄さんも早紀さんも検査の結果は異常ないんだろ?だったらまだ可能性あるじゃない。それで、どうしても子供が出来ずに、達也兄さんが年取って引退しなければならなくなった時に、もう一度相談しようよ」

健一君は別れ際に「僕は本家に生まれなくてよかった」と言って笑っていた。


千恵美さんとの妊活の5日間が終了した。部屋に戻ると、早紀は待ち構えていたように俺に抱きついてきた。俺はそのままベッドに倒れこみ、昨日までと同じように早紀を抱いた。

「ねえ、千恵美さんとは、ちゃんと妊活していたの?」

「どうして?」

「だって、この5日間、毎日2回していることになるじゃない。今までのあなたから考えたらおかしいもん」

「やはりバレたか。千恵美さんには指一本触れていない」

「どうして?」

「最初はちゃんとするつもりだった。でも彼女には付き合っている人がいて、今回の件で何も言わずに別れたと聞いた。古賀家のゴタゴタで、他人を不幸にするなんて、俺にはできないよ。そう思ったら、早紀のことも頭に浮かんで、親の言いなりになって、こんなことはしてはいけないと思ったんだ。だから、千恵美さんにはお袋に内緒で、ちゃんとしたことにして、お金だけもらいなさいと言った」

「どうして言ってくれなかったの?私が毎日毎日どんな気持ちでいたか…」

「言おうとは思ったが、俺自身、翌日もやり過ごせるか自信がなかった。お袋は子供ができた場合、千恵美さんの今後の生活の保障もしていたみたいだから、相手が本当に妊娠したいと思って迫ってきたら、それを跳ねのける自信がなかった」

早紀はジッと俺を見た。何か言いたそうだったが、何も言わない。

「それに、部屋に戻って来たときの早紀を見ると、異常に欲情してしまうので、それも捨てがたかった」

早紀は「バカ」と言って俺の胸に顔をうずめた。そして、聞いてきた。

「でも、これからどうするつもりなの?今回妊娠していなかったら、来月また千恵美さんは来ることになるのでしょう?また同じことをするの?」

「さて、どうしようかな。千恵美さんでは妊娠は難しいから、他の女性にしてくれと言って、毎回それを繰り返して、世の中のお金に困っている女性を助けるか」

「それ、お金持ちの悪趣味だよ」

「やっぱりそうか」

「それに、色んな女性がくるうちに、本当にあなたが気に入る女性が現れたら、私は嫌だ」

俺は今後どうするべきか、真剣に考えた。


あれから1か月ちょっと過ぎて、お袋が俺たちの部屋にやってきた。

「千恵美さんは今回は妊娠しなかったと報告がありました」

そりゃあそうだろう。千恵美さんには妊娠しなかったとわかるまで、絶対に誰ともそういう行為はしてはいけないと釘をさしておいた。

「次の予定を決めます。達也はまた千恵美さんでいいですね?」

「母さん、それなんですけど、やはり僕は妊娠させづらい体質なのかもしれません」

「何言っているのですか。病院の検査では異常なかったのですから大丈夫です」

「じゃあ、医学的なことではなくて、僕のやり方が下手なんですかね」

隣で早紀が笑いをこらえているのがわかった。

「それで、提案なんですが」

「何です?」

「僕も精いっぱい頑張りますけど、保険をかけてはどうでしょう?」

「保険って、何です?」

「お父さんとお母さんが、もう一人子供を作ればいいじゃないですか。そうすれば僕の後は、その弟か妹に家を継がせられます」

お袋は真っ赤な顔をして口をパクパクさせてから、ようやく言った。

「私は、もう、子供を作ることは出来ない年です」

「だったら、お父さんにも代理出産の相手を探してあげてください。僕とお父さんの二人がかかりで頑張れば、どちらかが出来るでしょう」

お袋は俺を睨むように見据えた。

「そんなこと、出来るわけないじゃないですか」

「どうしてです?古賀の本家の血筋を守るためでしょ?」

お袋は、何も言わず俺を睨みつけている。

「お母さんが、本家の血筋を真剣に考えているのであれば、そこまでやるべきでしょう。お父さんには僕から言いましょうか?」

「結構です。この件は少し考えます」

お袋はそう言って部屋を出て行った。

俺は生まれて初めて親に楯突いた。


しばらくの間、お袋は何も言ってこなかった。その間、俺と早紀は自力の妊活を試みた。体外受精もあれから2回試みた。体外受精は早紀に大きな負担がかかる。体外受精では毎日のように注射を打つ。それがかなり痛いらしい。特に卵管像影検査はかなり辛いらしく、毎回ぐったりしている。それでも子供を作るために早紀は頑張った。

「代理出産は、もう懲り懲りだから、これくらいの辛さは何でもないよ」

早紀はそう言って耐えた。しかし、それを聞いて体外受精はあまりやりたくないなと俺は思ってしまった。2回目の体外受精が失敗したあと、俺は普通の行為で何とか妊娠できないかと、毎日のように愛し合った。千恵美さんが来ていた間、毎日愛し合っていたのが、いつの間にか習慣になってしまったようで、体外受精をしていない時は排卵日に関わりなく俺たちはどちらからともなく、毎日求めあっていた。それは子供を作るためというより、とにかくお互いが相手を求めるという純粋な行為だった。

ある日、早紀が友達から、ザクロジュースを飲んで、寝室にザクロの写真か絵を飾ると子宝に恵まれると聞いてきて、早速大きな絵を飾った。そして早紀は毎日ザクロジュースを飲みだした。迷信だろうと何だろうと、試せるものはすべて試そうという、藁にもすがる思いだった。


季節が変わったある日、早紀が真剣な顔で俺に言ってきた。

「ねえ、今日病院へ行きたいのだけど、ついてきてくれる?」

「どうしたの?どこか悪いの?」

「そうじゃないの。2か月近く来てないの。ひょっとしたらと思って」

俺はドキドキしてきた。あまり期待しないようにしようとは思っても、どうしても期待してしまう。早紀も同じなのだろう。ひとりで病院へ行って、違っていた場合の落胆を自分一人で抱えるのが怖かったのだろう。


その日の夜、俺は早紀と一緒に親父とお袋の部屋へ行った。

「今日は報告があって来ました」

改まって言ったので、両親はきょとんとした顔をして俺たちを見た。

「実は、今日病院へ行って、早紀に子供が出来たことがわかりました」

一瞬両親は固まった。そして、少ししてから顔がほころび、交互に「おめでとう」と言って喜んでくれた。

「これで無事出産すれば、古賀家の跡取りは出来るので、安心してください」

するとお袋が早紀に向かって

「早紀さんには、本当に辛いことをしてしまいました。この通りです。許して下さい」

と言って深々と頭を下げた。

早紀は思わずポロリと涙をこぼした。

「この前達也に言われて、自分に置き換えて考えたら、本当にひどいことをしたな、自分がその立場だったらどんなに辛いか、本当に申し訳ないことをしたと反省しました。達也もごめんなさいね。好きでもない相手に無理強いして」

俺は千恵美さんに一切触れていないことは黙っておくことにした。

「それで、あなたたちに話しておかなければいけないことがあるの」

お袋が改まって俺たちを見た。

俺は、また何か難題を言われるのではないかと身構えた。

「この前達也に言われたこと、お父さんに話したの。そしたら、お母さん、子供ができちゃった」

俺と早紀は、あっけにとられ、何も言えなかった。この前言ったことをお袋が真に受けるとは思ってもみなかった。それより、54歳のお袋が、まだ妊娠できたことの方が驚愕だった。

ただ、確かに言えることは、これからも古賀家は安泰だということだ。

ふと両親の寝室に目をやると、以前はなかったザクロの大きな絵が飾ってあった。

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