第374話 ポーション取り立てエルフ ※別視点
<ハイドラ視点>
以前イナリちゃんと会ってから数日後。
私の研究室に、魔術師のエルフが訪れるようになった。検討の末、正式に冒険者ギルド経由で個人依頼の契約を結んだ、スティレさんだ。
「――ハイドラ、森を守る同志よ。今日も私は来た。ポーションを要求する」
スティレさんは毎朝、やたらと仰々しい挨拶を私の部屋の前で告げてくる。隣室から何かしでかしたのかと心配されてしまったのは記憶に新しい。
私は眠い目を擦りながら、部屋中にある道具を落とさないように注意しつつ扉へと向かい、ゆっくりと押し開ける。
「あの……昨日もお伝えしたと思うんですけど、もう少し遅く来てくれてもいいんですよ?」
「む。今日は前より三十分は遅く来たはず」
「訂正します。少しじゃなくて、もっと、もっっっと遅くていいです。外を見てください。まだ真っ暗です。日が昇ってから来ていただけると嬉しいです」
私が指した先には、薄ら明るくなっている空と、ギリギリ紫色に染まり始めている街並みが見えている。
エルフは時間感覚が狂いがちという話はよく聞く話だけれども、スティレさんの狂い方はちょっと方向性が違う気がする。はっきり言って、早起き過ぎる!
私の想いが伝わったのか、スティレさんは僅かに口をむっとさせる。
「……他の錬金術師を見て、これが普通と思って来たつもりだった。善処する」
「お願いします。私もそうですけど、錬金術師って、動きたいときに動いて、寝たいときに寝る人も多いんです。私みたいに」
「そうなんだね」
私の言葉にスティレさんが理解を示してくれて心底安堵した。ああ、これでやっと、明日からゆっくり眠れそう……。
私は安堵のため息をこぼしながら、部屋の出入り口の近くに置いておいた瓶をまとめたベルトを手に取り、スティレさんに差し出した。
「それではスティレさん、今日もよろしくお願いします」
「ありがとう。今日の場所はどこ?」
スティレさんは私が渡したベルトを腰に巻きつけると、鞄から地図を取り出して両手で広げる。私はそれを隣に回り込んで覗き込む。
結局、スティレさん個人に依頼する形になって、ポーションの受け渡し場所が私の研究室になったこと以外は、以前と何も変わっていない。
「ええと……地図で言うとここ、ヒルダ村跡地辺りです。少し広いですけど、今お渡しした分で足りると思います」
「うん、貴方のポーションの効果は知っている。私でもいい仕事をしているとわかる」
「あはは、ありがとうございます。ウサギ印のポーションをご愛顧いただけると嬉しいです」
「抜け目ないね」
無表情なスティレさんの口元が僅かに弧を描いていることに気が付いた。エルフは容貌が美しいとはよく言うけれど、スティレさんの独特な雰囲気も相まって、一層絵になっているような気がする。
「ところで、魔の森の様子はいかがですか?あらかじめお伝えした通り、魔の森の様子次第で、いつでも打ち切って大丈夫ですからね」
「それは理解してる。森は……少し変だけど、大丈夫」
「少し変というのは、どのように?」
元々はスティレさんの発意によるものとはいえ、実態が私がお願いしている立場である以上、無理をさせることはできない。魔の森に起きている変化がイナリちゃんの手によるものとわかっていても、そこは譲れない。
私が身構えつつ尋ねるも、スティレさんは表情一つ変えずに答える。
「ブラストブルーベリーとテルミットペッパーが異様に増えている。それを取り込もうとしたイミテ草がブラストブルーベリーを潰して、何の前触れもなく爆発することがある」
「あ、危なすぎませんか……!?」
森を歩いていたらいきなりあちこちからバカボコと爆発音が響く森を想像して、私はすくみあがった。そんな危険な森はもはや森じゃない。
「幸い小爆発だし、森の木々が遮蔽になるから、十歩程度離れていれば大丈夫」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ただ、うっかり茂みに突っ込んで爆発するときは危険。冒険者の犠牲は今のところないけど、しばしば魔物が突っ込んで自爆する現場が目撃されている。というか私も見た」
「危険には変わりないんですね。やっぱりこの依頼、止めますか?当初想定した時とは別方向で危険な気がしますし」
「いや、逆に言えばゆっくり歩けばいいだけだから。それだけで新人でも魔物の死骸を持って帰れることもあるし、寧ろボーナスタイムって言う人も居る」
「……冒険者ってそんな人ばっかりなんですか?」
「少なくとも、私がたまに組む人間はそっち側。激レア魔物とかいう幻想を追い求めて貴重な人生を浪費した、悲しい男」
最初こそ呆れていた私も、顔も知らぬスティレさんのお仲間さんのあまりにひどい言われ様を哀れんだ。どうかその未来に幸あれ。
「で、スティレさんもそんな場所に行こうとしているんですよね?」
「うん。エルフにとって森は庭みたいなもの。ゆっくり歩く程度なら造作もない」
エルフは森と共存する者と言われている。大半の種族が森の中で狩りをして生活をする獣人とは対照的に、エルフは木の実に代表される自然の恵みを糧に生きる種族だ。その特性も相まって、森を渡り歩く術は獣人よりも秀でていると言われている。
……ちなみに、木の実しか食べないというのは伝統的な種族の話であって、スティレさんや人間社会で暮らすエルフたちは何も気にせず肉も食べるみたいだけど。
「それに。心なしか草木から感じる活力が強くなった。あんなに歩いていて楽しい場所があるのに、どうして行かないでいられる?」
「完全にピクニック気分ですね……」
「毎日少しずつ良くなっていくから、本当に楽しいよ。一緒に散歩する?」
「遂に散歩って言いきりましたね。……まあ、一回くらいなら考えておきます」
普段ならこの手の誘いは断らないけれど、爆死と隣り合わせの行楽は私にとっては些か高度すぎる。
「うん、一度は体験するべき。あんな場所を作るなんて、魔王もたまにはいい仕事をする」
「ちょ……神官の前でそんなことを言ったらダメですよ、絶対にですよ!」
「勿論。貴方を信頼している証だとでも思って」
「気持ちは嬉しいですけど、もうちょっと平和な形でお願いします……」
珍しく興奮した様子を見せたと思えば、とんでもない爆弾発言を投下するものだからびっくりしてしまった。錬金術ギルドなら誰も咎めはしないだろうけれど、場所が場所なら私もまとめて異端尋問されかねない。
まあ、一旦それは脇に置いておくとして。
ブラストブルーベリーとテルミットペッパーという言葉を聞いて一番に連想するのは、やはりイナリちゃんだ。
一人でどうにかするとは聞いていたけれど、いくらなんでも燃やす気満々すぎる気がするし、下手すると森ごと爆散しそうな気もするけれど、大丈夫かな……?
それに、エリックさんは気にしないでいいって言っていたけど、アルト神に神託で災い扱いされてたのってこれのせいなんじゃ?うーん、意図が分からない……。
私があれこれ悩んでいるうちに、スティレさんは私の部屋の前から去り、出口に足を向けていた。
「話していたら森に行きたくなってきた。私はもう行く」
「あっ、はい!スティレさんなら大丈夫なのかもしれませんけど、本当に気をつけてくださいね!」
「うん、ありがとう。これからもよろしく、森を守る同志」
スティレさんは杖を片手に立ち去り、後には他の研究室から漏れてくる、魔道具の動作音が響く。
「――またマンドラゴラが脱走した!窓を閉めろ、絶対に逃がすな!!」
「……うん。寝るか」
私はあくびをしながら開けっ放しにしていた部屋の扉を閉め、軽く群青新薬を口にしたところで、床に敷き詰めた布の上に横になり、毛布を被った。
この感じ、多分起きるのは昼過ぎかな。まずは昨日の作業の続きをして、それから――。
私は眠りに落ちたのは、一瞬の出来事だった。
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