第367話 再始動の兆し ※別視点
<ハイドラ視点>
夕日に照らされる魔法学校、祭りから帰る親子連れ、数人がかりで出店のテントを片付ける人たち。行事が終わった後の、どこか寂しさを感じさせるような光景。
「――七、八、九、五十、一、二――」
それを後目に、私は一人、大量の銅貨をひたすら数えていた。
いつも思う。どうして金貨は十枚で大金貨になるのに、銅貨は百枚で銀貨一枚なんだろう。おかげでこうして、何百枚もの銅貨を延々と数える羽目になっている。
勿論、こういうことが嫌いな錬金術師が硬貨を数える魔道具を開発した事例はたくさんある。でも、大体がうまくいっていない。
酷いと、内部に硬貨が詰まって魔道具は壊れるし、硬貨もどこかへ消え去っていく、なんてこともあるし……リズちゃんの前で言ったら怒られるだろうけれど、産業廃棄物以外の何物でもない。
もし願いが叶うなら、まずはこの貨幣制度を考えた人間に蹴りを入れたい。そんなことを思ったのは、今日で何度目だろう?
「ふう、やっと終わったあ……!」
私は椅子にもたれかかって体を伸ばす。不満はいくらでも溢れてくるけれど、終わった後の達成感もひとしおだ。
さて、この後はどうしよう。撤収作業が終わったら、後はまだ学校に残っているかもしれないリズちゃんを探しに行こうかな……?
「――ねえ」
「はい?」
声がして顔を上げると、魔術師の格好をしたエルフの人が立っていた。ええと、この人は確か――。
「……もしかしてこの前、私の依頼を受けてくれた人ですか?」
「そう。私はスティレ、よろしく」
「あ、はい。ハイドラです」
スティレさんが自己紹介をしながら手を差し出してきたので、私もそれに倣って返した。
「それでスティレさん。私に何か用ですか?」
「うん、用がある」
スティレさんは頷くと、腰のポーチに手を入れ、拳くらいの大きさの袋を机に置いた。袋からは、じゃらりと重厚感のある小銭の音がする。
「例の依頼で余ったポーション、全部欲しい。お金ならある」
「ええと。ごめんなさい、それはできません」
私が袋を差し戻すと、スティレさんは目を丸くした。
「あのポーションはあくまでイナリちゃんに頼まれて私が作ったものです。この間脅迫状が出されましたし、私がポーションを売ったらイナリちゃんに迷惑がかかる可能性が――」
「それは大丈夫。あの脅迫状の差出人は、冒険者ギルドがポーションを配っているとしか思ってない」
「……そうなんですか?」
「犯人の自白いわく。だから、私が個人的にやる分には問題ない。気になるなら、ギルドなり兵士に尋ねてもいい」
「うーん……だとしても……」
私が答えに詰まるのを見て、スティレさんは不思議そうに首を傾げる。
「何が引っ掛かってるの?」
「いえ、その……全体的に、差出人があまりにも考えなしすぎて。逆に罠なのかな、と」
「確かに、その気持ちはわかる」
私の言葉にスティレさんは間髪入れずに同意して、さらに続ける。
「でも、多分あれはただの脅し。街まで来て暴れるつもりは無いと思う。私の故郷と一緒で、殆ど森に籠って外の情報を遮断したせいで、碌に頭も回らなくなってるように見える」
「く、詳しいですね」
「うん。エルフって、そういう人が多いから。別に森に籠るのが悪いとは思わないけれど、それに夢中になって、外が見えなくなってるよね」
スティレさんは、脅迫状の差出人とエルフが重なって見えるらしい。
「……ん?待ってください。何で森が出てきたんですか?」
「ん?差出人、最近話題の森で変な事してる集団らしいから」
「ああー……」
それってもしかしなくても、イナリちゃんの家を占拠してるっていう人たちの事では?
イナリちゃん、たまたま立地がよかったから家を占拠された挙句、別件で脅迫状まで受け取ることになるって、ちょっと不憫過ぎないかな……?
「一旦、この話は持ち帰らせてください。今度、冒険者ギルド経由で返答します」
「うん、それでいい。あの森を好ましく思わない人も居ると知っているけれど、私はあの森を守りたい。良い返事を期待してる」
スティレさんはそう言うと、硬貨が入った袋をポーチに戻し、魔術師のローブをたなびかせて立ち去った。
<アリシア視点>
エリスとイナリちゃんと別れた後、私はすぐに教会の自室へと戻ってきた。教会に居る皆を心配させてしまったら、二度とこういうことも許されなくなっちゃうからね。
手に持っていた紙袋を机に置いて、そこから一つ一つ、今日買った小物を取り出していく。
「……ふふ」
皆で買った小物を見るだけで、自然と頬が緩んでしまう。自分で買ったものもあれば、お互いに選んで贈り合った髪飾りもある。
これがあれば、いつでも今日の事を思い出せるし、エリスやイナリちゃんとの繋がりを思い出すことができる。
勿論、イナリちゃんはあくまで神ではなく、一人の友人としてだけれども。真剣に私のための髪飾りを選んでくれたし、少しずつ心を開いてくれている……と、思いたい。
私が今日の事を思い返して感傷に浸っていると、戸が叩かれる。私は居住まいを正してから返事を返す。
「はい、どうぞ」
「お休みのところ失礼いたします。聖女様、神託が下る前兆が確認されましたので、準備がお済みになりましたら、広間へお越しください」
「わかりました。お声がけ頂きありがとうございます」
私が声を返すと、声を掛けに来た神官さんと入れ替わるように、衣装を抱えた給仕が入ってきた。
今日は十分羽を伸ばすことができた。今からまた、「アリシア」ではなく「聖女」に戻ることにしよう。
何人もの神官に囲まれながら、私はアルト神に向けて祈りを捧げた。以前より神官の数がやや減ったように見えるのは、多分気のせいではない。
そんな思考は一旦隅に追いやって祈り続けると、ふとした瞬間、私と「何か」が繋がったような感覚に襲われる。
その後、私はいつものように口を開く。
「神託が下ります――」
――天より星降りし地に、災いの兆しあり。地上の者はこれに抗うことなく、ただその場を去るべし。これに抗う愚者は世を滅ぼすことになると知れ。
――歪みを正さんとするものの背後に潜むもの、「エーサン」の何たるかを探求し、神天星が天に浮かぶ刻に念ぜよ。その真実を解き明かした暁に、世の安寧が齎されることだろう。
「――以上になります」
私が神託を告げ終わると、この場に静寂が訪れた。私がそっと立ち上がって擦れた布の音だけがいやに響く。
きっと、この場に居る全員が理解している。これは、鳴りを潜めていた魔の森の魔王「樹侵食の災厄」が再び動き出すことを示唆している。よりによって、カイト君がこの街を去ったこのタイミングで。
「……聖女様、ありがとうございました。本日はお部屋に戻り、お休みになってください」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
重い空気の中、神官長の言葉に従って私はその場を後にした。
扉が閉まると、すぐに神官たちの慌てる声が耳に入ってくる。きっと、魔の森が生まれる直前の時よろしく、神託の内容に頭を抱えているんだろう。
今日みたいに気が休まる時間は、もう来ないのかもしれない。そんな予感を感じながら、私は重い足取りで自室へと戻った。
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