第364話 勇者出立の儀(2)
イナリ達が校舎内を歩いていると、偶然向かい側から歩いてきたウィルディアと鉢合わせることになった。普段は殆ど自室に籠っているはずの彼女だが、今回は色々な道具が入った籠を抱え、能動的に活動しているようである。
そんなウィルディアは、イナリ達の姿を見るなり怪訝な表情をつくる。
「君たち、ここで何をしているのだね?」
「勇者出立の儀の会場へ向かっています。第二部……神器授与式の待合室って、この先ですよね?」
「ああ。だが、その式ならとうに始まっているぞ」
「えっ」
意表を突かれた様子のエリスをよそに、ウィルディアは言葉を続ける。
「第一部がかなり巻きで終わった関係で、第二部の開始がかなり前倒しになったんだ。その様子だと知らなかったと見える」
「はい、私達は先ほど来たばかりで……。何かあったんですか?」
「同僚曰く、勇者の演説が予定よりもかなり早く終わったらしい」
「なるほど、そういうことですか」
合点が行った様子のエリスに対し、一人置いて行かれているイナリは、エリスの裾をくいと引っ張って声を上げた。
「エリスよ、我にもわかるように説明するのじゃ。第二部とか、何の話じゃ」
「順番に説明したほうがいいですかね。今回の勇者出立の儀は、三部構成なんです」
エリスは指を三本立てて示す。
「まず第一部は、カイトさんを紹介したり、演説したりするのが目的のものです」
「ふむ」
なるほど、イナリが二日酔いに苦しんでいなければ、大勢の前で意気込みを語るカイトやイオリの姿が見られたかもしれなかったようだ。
ウィルディアの話によればかなり短い物だったとのことだが、もしや、半ば無茶振り気味に演説させられたりしたのだろうか。イナリも以前、獣人の集落で一切の準備無しに演説をさせられた経験があるので、その大変さはよくわかる。
人知れずカイトに同情していたイナリだが、ふとあることに引っ掛かりを覚え、顔を上げる。
「いや待つのじゃ。お主以前、勇者の名前を秘匿するみたいな話をしておったよの。紹介などしてよいのか?」
「ええと……例外中の例外とでも言いましょうか。アルテミアでの騒動で一気に有名人になってしまいましたから、秘匿する意味も無くなったのでしょう」
「そも、勇者選定の段階からして通例から逸脱しているからな。ここだけ律儀に伝統に倣う意味も無いだろう」
「無茶苦茶じゃ……」
伝統と何かと所縁のある身のイナリは慄いた。理屈は理解できるが本能が受け入れるのを拒む、そんな感覚である。
「それで、今執り行われているのが第二部、神器授与式ですね。ここで神器を渡したり、教会から正式に勇者へ魔王討伐を任命します」
「一番伝統的な勇者出立の儀の内容だな。一般的にはここだけ執り行って見送りするケースが一番多いはずだ」
エリスの言葉にウィルディアが補足する。
「つまり、一番大事なところではないか。ううむ、見に行けなかったのが悔やまれるのう」
彼女らは知る由も無いだろうが、歪み改め魔王は今後出現しない。それ即ち、この世界でこの儀式が行われるのは今日で最後ということだ。どうせなら一目見てみたかったというのが本音である。
「イナリ君、そこまで残念がらなくてもいい。何度か出席したことがあるが、権力者が当たり障りないことを言って神器を渡すだけだ。期待するほど面白くはないぞ」
「ウィルディアさん……」
あまりに元も子もないことを告げるウィルディアに、エリスは手で顔を覆って項垂れた。
ウィルディアなりの気遣いなのだろうが、あまりに直球過ぎる物言いに、イナリもやや面食らった。
「ま、過ぎたことを悔いても仕方があるまいな。して、第三部は何なのじゃ?」
「ふふふ。今回の目玉とも言える、転移魔法による転送だ。君たちは招待されているのだろう?一緒に来るなら案内するが、いかがかな」
エリスの解説を待たず、珍しく興奮した様子のウィルディアの言葉に、イナリとエリスは顔を見合わせた後、頷いて返した。
「おお、広いのじゃ!」
ウィルディアに率いられ大競技場に立ったイナリは、全体を一望しながら両手を広げ、大きく声を上げた。
地面には巨大な魔法陣が描かれており、何人もの魔術師が念入りに点検を重ねていた。周りを見ると、円状に広がる観客席に、既にたくさんの人間が入ってきているのも見える。
そんな風に周囲を見ている傍ら、エリスは魔法陣を眺めて感嘆の声を上げる。
「これが転移魔法ですか。すごいですね……」
「改善に改善を重ね、安全機構も何重にも施した代物だ。現代魔術の技術の結晶と言っても過言ではない。リズ君もよく頑張ってくれたよ」
「あやつ、ポーション配りと並行してこんなことをしておったのじゃな」
才能がある分野とはいえ、いくつもの物事を並行して行うのは決して容易ではない。リズの器用さが如実に現れていると言えよう。
イナリが感心していると、遠くから名前を呼びながら駆け寄ってくる魔術師の姿があった。
「――先生、イナリちゃん、エリス姉さーん!」
「む?……おお、リズか!」
イナリはやや遅れて声を上げた。
というのも、リズの装いがいつもとは違い、黒紅色を中心に、金色の刺繍や小さな橙色の宝石を飾り付けたものに変わっているのだ。リズが動くたびに反射して宝石が光る様は、まるで炎のようである。
「その衣装、よく似合っておるのじゃ」
「えへへ、ありがと!」
「リズさんって、こんな素敵なローブを持ってましたっけ?」
「先生がサプライズで用意してくれたんだ!人前に出るんだからちゃんとした服を着なさいって」
エリスの言葉に、リズは笑みを浮かべながら両腕を広げた。その様子を、ウィルディアは腕を組んで満足げに頷いている。
「よかったですね。……それはそうと、リズさんは式の方には行かなかったのですね?」
「うん。こっちの方が楽しいし」
「……そうですか」
師弟揃って同じような事を告げられ、エリスは天を仰いだ。
その傍ら、リズはイナリの顔色を窺うように覗き込んでくる。
「そういえばイナリちゃん、酔いはもう大丈夫なの?」
「うむ、おかげさまでの。色々と迷惑をかけたと聞いたのじゃ。すまなかったのう」
「大丈夫。でも気を付けてね!最初、イナリちゃんが野生に返ったのかと思ったんだよ?」
「……肝に銘じるのじゃ」
野生とは何だと言い返したいところではあったが、己の痴態の数々を思い返し、言葉を飲み込んだ。
「さて、早速だが、私達は作業に戻らせてもらう。招待された者の席は向こうに設けられていたはずだから、そこから眺めているといい。特等席だし、きっといい暇つぶしになるはずだ」
「ほう、特等席。実に甘美な響きじゃ」
ウィルディアが指した先には、他の観客席から隔離された場所に個室のようになっている場所があるのが見える。イナリはあそこから会場全体を見渡すことができるのだろう。
「エリスよ、疾くあそこへ行こうぞ!」
「わわっ。イナリさん、走ると危ないですよ!」
「……イナリ君はいつでも予想に違わない反応をしてくれるな」
エリスの両手を掴んで引っ張るイナリを見て、ウィルディアは感心したように呟いた。
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