第359話 三神の宴
折角なので、イナリは久々に衣装棚から着物を取り出して着替え、ついでに最近買った魔道ランタンを携えて行くことにした。
そしてエリスに身だしなみを整えてもらって時間を潰し、約束通り日が暮れた頃合いを見てパーティハウスを出て、二つくらい適当に近所の曲がり角を曲がった後、指輪を使って天界へ転移した。こんな面倒な手順を踏んだのは、イナリが天界に行けることを秘匿するためである。
さて、転移先はアルテミアで一時的に滞在していたイナリの私室であった。掃除や庭の手入れはしていなかったが、綺麗な状態が維持されている。
そんな部屋の様子を一瞥しつつ二重扉を抜けると、星空が広がる幻想的な光景が広がっていた。イナリも何度か散歩がてら眺めたことがあるが、いつ見ても素晴らしいものである。
その下に、温かみのある照明に照らされながら、アルトとアースが座って待っていた。イナリは右手を上げながらそこに加わる。
「待たせたのう」
「狐神様、ご無沙汰しております。こちらにどうぞ」
「うむ」
アルトに促されるまま、イナリは手に提げていた魔導ランタンを脇に置いて椅子に座った。
「いい提灯ね。似合ってるわ」
「くふふ、そうであろ。人間もたまにはいい物を作るのじゃ」
イナリが魔導ランタンを褒められて気をよくしている傍ら、アースは杯に飲み物を注いでイナリの前に置く。丸机の中央側に並べられた料理の数々の中には、稲荷寿司の姿もある。
イナリの出所祝いの時と言い、聖女との対談の時と言い、最近は豪勢な食事にありつける機会が多くてありがたい限りである。
「それでは、何かとお疲れさまでしたということで、乾杯!」
「……もう少しまともな口上は無かったのかしら?」
「まあ、色々大変だったのは事実じゃしの。誘拐されたり、投獄されたり……」
「改めて考えると、普通に意味不明よね……」
腕を組んで遠くを見つめながら思い出の数々を回想するイナリを見て、アースが不憫なものを見る目を向けながら声を上げた。
「ま、そんなことは置いておくのじゃ。お主らは最近はどうなのじゃ?」
この後、イナリには色々と話すことがあるので、先に他の二人に話を振ることにした。単純に、イナリが色々としている間、何をしているのか気になったのもあるが。
「私は殆ど地球の管理をしているだけよ。…あ、そういえば最近新しい遊びを始めたの。イナリもやってみない?」
「遊びとな?」
「そうそう。一回が一か月くらいで終わる、短めのやつよ」
「遠慮するのじゃ」
最近めっきり人間寄りの時間感覚になったイナリは、丁重に誘いを断った。アースが始めた遊びが一体どういうものなのかは知らないが、俗にいう暇を持て余した神々の遊びというやつであろう。
「アルトはどうじゃ?」
「私ですか。今は回復のために休み中なので、殆ど何も……ああいや、最近、ゴミ掃除の頻度が増えていますね」
「ゴミ掃除とな?」
「別の世界に干渉しようとするゴミを取り除いています」
「ああ……」
ゴミというのはつまり、監獄に居た魔術師のような者の事であろう。酷い言われようではあるが、人間が強引に別世界に干渉したらどうなるのかは、カイトの例が全てを物語っている。世界にとって百害あって一利なし、唾棄すべき存在なのだろう。
それを抜きにしても、事あるごとにイナリが「異界の神」として世界のあちこちに呼び出されては、迷惑どころの話ではない。アルトはそれを未然に防いでくれているという見方もできるだろう。
イナリがそんなことを考えながら稲荷寿司を頬張っていると、アルトは言葉を続ける。
「この前、聖地を地上から消したでしょう。あそこの生き残りが、世界各地で研究を続けているようなのです。あまりに分散していて、対応が後手後手になっているのが実に癪です」
「だから滅ぼした方が良いと忠告したのに」
「ええ。神直々に釘を刺そうが、その名を借りているだけで信仰心も何もない、恥知らずの連中にとっては牽制も何もありませんでしたね。私の誤算です」
頬杖をついて呆れた声を上げるアースに、アルトは拳を握って後悔の念を露にした。
その様子に、イナリは恐る恐る声を上げる。
「アルトよ。もしや、お主でも適わぬ相手なのかや?」
「まさか。ただ、あの手合いは世界各地に潜んでいますから、纏めて潰すとなると世界もろとも持っていくことになってしまいます。なので、一番負担が少ない、あちらが決定的な挙動を見せたところを逆探知する方法を採用しているのです」
「なるほどのう。それで後手に回るのを余儀なくされるわけじゃな」
アルトは世界の修復が終わったと思いきや、今度は別の問題に追われているようである。しかも放置すると折角修復した世界を壊しかねないというのだから、本当に救いようがない。
「もう少し神を労ってほしいものじゃのう」
「全くです。本拠地を割れるだけでも話は変わるのですがね……」
アルトがぼやいたが、残念なことに、イナリもアースも力にはなれなさそうだ。
「時にアルトよ。転移者の件なのじゃが――」
しばらく食事や歓談を堪能したところで、イナリは話を切り出すことにした。
まずは一通り、カイトが転移魔法を使って魔王討伐に赴くことと、ディルの見立てでは魔王討伐が確実とは言えないことを伝えた。
「――というわけで、現地の者の話じゃと、ちと魔王……歪みを対処できるか怪しいやもしれぬらしいのじゃ」
「えっ、本当ですか?でも、これ以上加護を強めるとオーバーパワーだと思いますよ……?」
アルトはアースの表情を窺いながら言い淀む。
「一応強めることはできるのじゃな」
「はい。ただ、加護を剥がした後の生活に影響が出たり、体が耐えられない程に与えると――」
アルトは握った拳を掲げ、弾けるように手を広げた。
「こうなりますので……」
「それは拙いのう」
アルトの遠回しな伝え方を具体的に想像し、イナリは顔を青ざめさせた。その傍ら、アースは冷静な様子で口を開く。
「神器はどうなっているのかしら。当然、討伐に使うはずでしょう?」
「確か、アルテミアからそのまま持ち出した剣を使っていたはずじゃ」
「ああ。そういえば持ってたわねそんなの……」
その神器で巨大なトレントを瓦礫に作り替えていたのは記憶に新しい。
しかし、イナリに神器の良し悪しはわからないので、あれが数ある神器の中でどの程度の位置づけのものなのかは不明だ。操られていた状況下で魔王を一体討伐している実績こそあるが、素のカイトが魔王を討つのに十分なものかは、また別の話である。
アースは手に持っていた「パフェ」なる甘味を匙で掬い取って口に運んだ。
「ここは神器を強化する路線で行きましょう」
「……わ、私はどうしたらいいですか?」
アルトはごくりと唾を飲んで身構えた。アースが何を言っても受け入れる覚悟なのが見て取れる。
そんな彼を見て、アースは両手を空に掲げ、カイトの神器と瓜二つの剣を創り出し、そのままアルトに投げ渡した。
「とりあえず、この神器を限界まで強くしなさい」
「あ、これですか?確か六百番台の神器ですね。懐かしいです」
「よく覚えてるわねそんなの。というか作りすぎじゃない……?」
「歪みを対処する過程で壊れたり、管理が杜撰で紛失した例もたくさんありますからね」
呆れるアースをよそに、アルトは剣を手元に浮遊させ、周囲に浮遊する硝子のような物をぽちぽちと触りながら作業を進めていく。
イナリはそれを覗き込んで感心していた。何というか、神っぽい。
「何かよくわからぬが、器用なものじゃのう。大変ではないか?」
「案外そうでもありませんよ、伊達にたくさん神器を作ってませんからね。……できました!」
「……さっきと何が変わったのじゃ」
イナリはまじまじと神器の刀身を観察していたが、色々と細工を施していたように見えた割に、目に見えた変化は見られない。
「加護が付与されています。名付けて『殺傷力+999の加護』です!」
「私が指示しておいてなんだけど、これ以上ないほど頭悪そうな加護ね」
「そうなのかや?我はあまりそう思わなかったがの。して、『九百九十九』なる数値には何の意味があるのじゃ」
「特に意味は無いですよ。でも、この方が強そうでしょう?」
「すまぬ、普通に頭悪そうだったのじゃ」
誇らしげに神器を掲げるアルトに対し、狐姉妹は冷ややかな目を向けていた。
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