第355話 何しとるんじゃお主
「変な事ではありません。魔の森に蔓延る、イナリさんの敵に関する情報を集めているのです」
「そうじゃ」
エリスがしれっと異教徒を敵と言い放っているが、イナリもその認識に異論はないので便乗して頷いた。その様子に、ディルがさらに怪訝な表情をつくる。
「敵?また人攫いに狙われでもしたのか?」
「またって……イナリさん、狙われたことがあるんですか!?」
ディルの言葉にカイトが声を上げる。それを見たイオリは、胸に手を当てて口を開く。
「勇者様、私やイナリのような『薄い』獣人は、奴隷や人身売買の商品としてしばしば狙われるんです。獣人も決して弱くは無いですが、策略を巡らせれば捕えるのはそう難しくありません。奴隷時代、何人もそういう獣人を目にしてきました」
「そういうことじゃ。我の美貌に魅入られてしまったら無理もないであろうが、罪なものじゃ」
「本当ですよ。私のイナリさんに手を出そうなんて許せません!」
「勇者様、こういう変態が買い手の典型です」
イナリを抱きしめて拳を握るエリスに対し、イオリは冷ややかな目を向けた。
「しかしのう、今回はちと話が違うのじゃ。狙われておるのは我ではなく、や……家じゃ」
イナリは危うく社と言いそうになったところ、既のところで飲み込んだ。しばらく会っていなかったので油断していたが、カイトの前では神の片鱗も見せてはならない。
イナリは慎重に言葉を選びつつ、言葉を続ける。
「何やら、我の家が『土地神』とやらを奉る場所にされているようなのじゃ」
「なんじゃそりゃ」
「我もよくわからぬ。しかし不快なことこの上ないのは確か。故に、こうしている次第じゃ」
「最初は魔の森で生活するなんて成立しないでしょうし、聖女様とお話したうえで静観でいいという結論に落ち着いたのですが……今思えば、イナリさんを悲しませる者は、全員消さないといけませんよね」
エリスは若干眼を濁らせながらイナリを抱く力を強めた。ちょっと苦しい。
「消さないといけないかは置いておくとして、きな臭えのは確かだな」
「そうであろ。お主ら、何か思い当たることはなかったかの?」
イナリが問うと、ディルたちは目を合わせる。
「そういえば、一回変な人に会いましたね」
「ほう!」
イナリは笑顔で身を乗り出した。
「一昨日とかだったかな。木を切って倒してたら、怒られたんですよね」
「何しとるんじゃお主」
ウキウキしていた態度から一転、イナリは真顔で返した。
恐らく、以前イナリを震撼させたトレント討伐よろしく、その辺の木を剣で切り倒していったのだろう。
しかし、そんな環境破壊をしていたらそれは怒られるに決まっている。よくもまあ、豊穣神を前にしてそのような事が言えたものだ。
……まあ、イナリもこの世界に来てから幾度と森に火を放ったことがあるが、そこは一旦棚上げしておこう。
「魔王の力が籠った頑丈な木が多いので、丁度いい的になると思って。ディルさんが居ない間、自主練してたんです……」
「うわあ、カイトさんもディルさんみたいな思考回路になり始めましたね」
「『うわ』って何だ。ほら、カイトをよく見ろ。前よりも逞しくなっただろ?」
ディルがカイトの両肩を掴み、誇らしげにイナリ達の前に押し出して見せる。
「エリックに協力してもらって遠方の腕利きにも声をかけて、数日で叩き上げたんだ。師匠が来れたらもっとよかったかもしれないが……いや、それは碌な事にならねえか」
「ああ、それでエリックさんはいつもより忙しそうにしていたんですね」
「……我、全然気づかなかったのじゃが……?」
「長く付き合ってれば自然とわかることさ」
イナリから見たエリックは「いつもギルドに行ってる人」くらいのものだが、ここ数日の間は実は微細な変化があったらしい。いくら長い付き合いがあるとしても、そんなことが分かるものだろうか。イナリには分からない世界の話である。
「でな、カイトが想像以上に飲み込みが早くて、短期間の割にかなり成長したと思うんだが、どうだ?」
「どうだと言われましても」
「疲れているのは見て取れるが、それ以外は正直……ああいや、確かにそんな気がするのじゃ……?」
以前までのなよなよ感が無くなったような気はするが、筋骨隆々になったわけでもなし、分かりやすい変化はどこにも見られない。
しかしその辺を否定すると、ディルとイオリがリズの魔術談義ばりに長々と語り始めそうな気がするので、ここは適当に頷いておくことにした。
「話を戻すのじゃ。カイトよ、その者ら、祟りだなんだと言うておらんかったか?」
「イオリが対処してくれたので、僕は知らないですね。イオリ、どうだった?」
カイトがイオリに目をやると、彼女は小さく頷く。
「確か、それらしい戯言を口走っていたと思います。普通に煩かったので、一番偉そうにしてた奴を殴り倒して、取り巻きに連れて帰らせました」
「何しとるんじゃお主」
イナリは再び真顔になった。
「仕方ないだろう!?勇者様と二人きりの時間を邪魔されたんだ、八つ裂きにしてないだけありがたいと思ってほしい」
「それはいいがの、話を聞いてから殴り倒すのが筋じゃろ!?」
「イナリさん、それもちょっとズレてる感じがします。そもそも殴り倒したらダメです」
冷静に指摘するエリスの言葉に、イオリが顔を青ざめさせる。
「はっ……私、何かの罪に問われたりしないよな?」
「街の中ならともかく、魔の森だろ?死なせたら話は変わるが、撃退程度なら不審な事をしてるやつが悪い」
「そ、そうか。これからも勇者様の隣を歩けるんだ、よかったあ……」
ディルの言葉に安堵のため息を零すイオリをよそに、イナリはわかりやすく意気消沈していた。
「ううむ、結局、目新しい情報は無しと言うことじゃな……」
「手ごたえからして碌に戦ったことがない奴が殆どだったし、あの一回きり絡まれることも無かったから、追い出すくらいなら簡単にできる気がするぞ。……その、今度からは注意するよ」
「いや、謝る必要はないのじゃ。知らねば詮なきことよ……」
ひとまず、静観していても問題ないと判断する材料が増えたとでも思っておこう。見方を変えれば、イオリの話も無益なものではないのだ。
こうして話に一段落ついたところで、エリスが話を切り替える。
「……ところで、皆さんはどうして戻ってきたのですか?」
「そろそろ転移の日も近づいてきただろ?」
「そうですね。ええと、あと一週間を切って……三、四日くらいでしたっけ?」
「そうだな。ある程度形にはなったから、旅立ちまでの間はゆっくりさせてやろうと思ったわけだ」
ディルの言葉を聞いたエリスは、椅子をがたりと鳴らし、目を見開いて声を上げる。
「ディ、ディルさん、遂に『休む』という概念を知ったのですね……!?皆さんに知らせないと!」
「知らせなくていい。……なあ、もう行ってもいいか?」
「あっ、はい。すみません、うっかりいつもの感覚で話してましたけど、皆さんお疲れですよね」
「いや、俺はまだ全然いけるがな」
「休んでください」
エリスは食い気味にディルの言葉に返した。
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