第354話 早さの対価
昨日の事は、イナリが酒場でご飯を食べて機嫌を直している間に原因が特定されたようだ。エリック曰く、リズが引き金となって起きた不幸な連鎖事故らしい。
その辺の詳細な話は聞かされても半分くらいしか理解できなかったが、イナリも少し悪いところがあったらしい。きっと、神直筆の手紙は畏れ多すぎたとかそんなところだろう。
その辺は皆がうまいこと修正してくれたようなので、今度こそ本来あった魔の森の姿を取り戻す計画を実行に移せるはずだ。
「確認します!イナリちゃんはポーションを渡す係!私は聞かれたことに答えたりする係!リズちゃんは……何だろ。誤解を解く係?」
「うん……」
しゅんとした態度で頷くリズの首には小さな看板が提げられている。彼女曰く「私が依頼書を書きました」と書かれているらしい。
なお、エリスとエリックは三人を案じて、酒場の隅で動向を見守ってくれているようだ。そちらの方に目をやると、微笑みながら小さく手を振っている。
「じゃあ、改めて頑張って、今日こそリベンジするよ!おー!」
「お、おぉー……?」
燃え上がる炎の如く意気込むハイドラに、イナリとリズは若干気圧されつつ同調した。
そして迎えた二度目の挑戦。
幸いなことに、イナリ達が用意した机の前にはそこそこの行列ができていた。
「――この地図の中で印をつけている辺りに撒いてくれると助かります!結構効果が強めなので、まずは一本からでお願いします!」
「この黒っぽいポーションを撒くのじゃ。あと、この支給品も持って行くがよい。気を付けるのじゃぞ!」
「ああ、ありがとう」
隣ではハイドラが魔の森周辺の地図を指して説明し、イナリが支給品をまとめて渡し、見送る。これが大まかな一連の流れであった。
それを何度も繰り返し、最後の一組を見送ったところで、イナリはだらりと椅子にもたれかかる。
「ふう、やっと人が捌けたのじゃ」
「大きなトラブルもなくてよかったね」
両腕を上げて体を伸ばしながらのイナリの言葉に、ハイドラが小さく拍手して讃えた。
イナリの傍らにある、あらかじめ用意していた――万が一の時を恐れて、一日目より若干準備する数を減らしていた――ポーションや支給品が入っていた箱を見やれば、在庫は殆ど空と言ってよいほどにまで減っていた。
「時にハイドラよ。これを今後一人でというのは、ちと厳しくないかの?」
「そうだよね。分担の話は一旦忘れて、明日からも一緒に頑張らないとダメかも」
「となると、いつまで続けるかは考えねばならぬのう」
「そうだね。その辺はリズちゃん次第って話だったけど……昨日の事もあるし、一応エリックさんにも相談しておくね?」
「頼むのじゃ」
イナリは、首から反省看板を提げた魔術師の少女を一瞥して頷いた。
この依頼は表向きは魔の森のイミテ草の除去と銘打っているが、厳密には「村や森の外周側などの、燃やしたら拙い場所のイミテ草を除去する」というのが正確なところだ。同時に、勇者であるカイトがこの街を発つまでのつなぎでもある。
そして森を燃やすためには、特に人払いや消火方法について考えて、街やギルドからの理解を得ておく必要がある……らしい。
人間と共に暮らしている以上異論を唱えるつもりは無いが、相変わらず人間社会の如何に面倒な事か。
ちなみに、以前、イナリが雨を降らせることで消火することもできるとは言ったが、表向きの手法は別に用意しておかねばならない。「イナリが雨を降らせて消火するので……」などと説明したところで、誰も納得してくれることは無いそうだ。
魔法などという摩訶不思議な力が存在するのに、何故これは許されないのだろう?イナリには分からないことだらけだが、リズに教えを乞うても分からないことが増えるだけだ。そういうものとして理解しておくほか無いのだろう。
話を戻すと、森を燃やす方の計画の目途は一切立っていないのが現状だ。万が一計画がとん挫すると、魔の森の修復は、年単位の壮大な計画になりかねない。
こればかりは、色々と詳しいであろうハイドラ達がうまいことやってくれることを祈るばかりである。
「しかし、昨日とはうって変わって随分と繁盛したのう」
「受付の横でリズがお願いした成果だよ!……あ、脅迫とかじゃなくて、ちゃんと丁寧にお願いしたからね。ほんとほんと」
「別に、誰もその点は疑っていなかったと思うのじゃが……」
察するに、前科があるのだろう。深堀すると尻尾を踏むことになりかねないので、イナリもハイドラも言及することはしなかった。
「ま、何にせよ、うまくいって良かったのじゃ。さ、片付けて朝食でも食べるとするかの」
イナリは机の上に余っていた除草ポーションをいそいそと箱に戻し始めた。その様子を眺めていたリズが、ふと思いついたように声を上げる。
「そういえばハイドラちゃん、そのポーションってどれくらい効くの?」
「えーっと……大体一瓶でこのギルドの半分くらいのイミテ草が枯れるはず?」
「へえ、すごいね!こんな短期間で準備したのに、ちゃんと効果あるんだ」
「勿論!……まあ、ちょーっと他の植物も溶かしたりしちゃうかもしれないけど……その辺はイナリちゃんに、こう……ね?」
「まあ、何とかなるとは思うがの……」
「何とかしてくれますよね?」と言わんばかりにイナリを見るハイドラに、イナリはジトリとした目で返した。先日の件と言い、計画的なのか適当なのか何とも怪しい部分が見え隠れしている気がしてならない。
リズは机の上に残っていた瓶を一つ手に取り、軽く揺らしながら眺める。
「……もしかしてリズ達、結構ヤバいポーション配ってる?」
「早さの対価と思えば大丈夫!それに、ちゃんとギルドの認可は下りたから!ねっ?」
「そ、そう?なら、大丈夫、なのかな……?」
「我、また牢獄に入るようなことは御免じゃぞ」
茶目っ気たっぷりに声を上げるハイドラに対し、リズとイナリは各々反応を返した。
適当に休憩を挟んだ後、皆とはその場で解散することになった。
各々が帰ったり出かけたりする中、イナリはギルドの玄関横に設営した場所に戻り、隅に寄せて積まれた小道具の中から、立て看板を引っ張り出した。
「イナリさん、手伝いますよ」
「感謝するのじゃ」
イナリに付き添って様子を見ていたエリスが、立て看板を持ち上げて配置し、そこに書かれた内容を眺める。
「『魔の森の情報募集』ですか。言うまでもなく例の件ですよね?」
「うむ。静観を提案していたお主には悪いが、何もせんのは落ち着かんのじゃ」
「イナリさんが決めたことなら、無理に引き留めたりはしませんよ。でも、何かするときは私にも相談してくださいね?」
「当然じゃ」
「イナリさん、たまに私の知らないところでとんでもないことを始めますからね。本当にお願いしますよ」
「わかっておる」
頬を軽くつまみながら念押しするエリスに、イナリは適当に返事を返した。
思い返してみてほしい。今までだって、伝えられない事以外は大体相談してきたはずだ。……言い換えれば、伝えられない事がちょっとだけ多かっただけだ。
「……イナリさん、変な言い訳を考えたりしてませんよね?」
「考えてないのじゃ」
勘が鋭いエリスに対し、イナリは首をぶんと振って返した。
「……誰も来ないのう」
「誰も来ませんねえ」
エリスの膝の上に座るイナリがぼやくと、エリスもそれに呼応する。
時刻は既に夕方に差し掛かっていて、既にそこそこの冒険者が出入りしている。にも拘らず、イナリに有力な情報をもたらした者は誰一人としていない。
「次来た冒険者が目の前を通り過ぎて行ったら、今日は帰るとするのじゃ」
「そうしましょうか。……あ、丁度誰かが来ましたね」
「む」
エリスの言葉に扉の方に目をやると、そこには見覚えのある男が二人と、狐少女が立っていた。彼らは玄関横に場所を取っていたイナリを見て怪訝な表情をつくる。
「……お前ら、また変な事してんのか?」
ちょうど戻ってきたのは、訓練に明け暮れていたであろうディル、カイト、イオリの三人組であった。
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